下垂体腫瘍
トルコ鞍部腫瘍と経蝶形骨洞的腫瘍摘出術について
トルコ鞍部腫瘍の種類と病態について
トルコ鞍は鼻の付け根の奥で,両こめかみを結んだ正中にあり,頭蓋骨底面のくぼみの様な所で,ホルモンを分泌する腺(下垂体)が入っています。下垂体前葉からは成長ホルモン(GH),乳汁分泌ホルモン(プロラクチン,PRL),副腎皮質刺激ホルモン(ACTH),甲状腺刺激ホルモン(TSH),性腺刺激ホルモン(LHとFSH)と下垂体後葉からは抗利尿ホルモン(ADH) が分泌されます。またトルコ鞍の直上には左右の視神経とそれが交叉する視交叉があり,同部位に腫瘍ができることによって様々な症状を呈します。
また骨に囲まれた中にある為,CTスキャン等での通常の撮像方法(水平断)では見逃されることが有ります。下図の様に冠状断,矢状断を撮影するとはっきり分かります。
写真PA01
写真PA02
前後像(冠状断)の下垂体 側面像(矢状断)の下垂体
この部位で最も高頻度に発生するものは良性の下垂体腺腫(下垂体のホルモンを分泌する腺が腫瘍性に増殖)ですが,その他に頭蓋咽頭腫,髄膜腫,胚細胞腫,ラトケ嚢胞,類上皮腫,脊索腫,神経膠腫,下垂体膿瘍,癌転移などが発生することがあります。
下垂体腺腫という病気について
脳腫瘍の約15から20%がこの腫瘍でありそれほど稀な病気ではありません。全年齢層に発症しますが,比較的若い女性に多く発症します。この病気の原因は不明ですが,子孫に遺伝する病気ではありません。
症状は過剰に放出するホルモンの種類によって違い,また解剖学的位置関係による症状が出現します。
発生しやすい順に①:非機能性腺腫(有意なホルモンを産生していない),②:乳汁分泌ホルモン産生腺腫,③:成長ホルモン産生腺腫,④:副腎皮質ホルモン産生腺腫,まれに⑤:その他のホルモン産生腺腫です。
1:非機能性腺腫:臨床的な下垂体前葉ホルモンの過剰症候を示さない腺腫のため,自覚症状の無いまま大きくなり,直上にある視神経を障害して両耳側半盲(両目とも外側が見えない)が典型的症状です。また頭痛や,下垂体前葉の機能低下の為に全身倦怠感,性欲低下,脱毛,低血圧,元気が出ない,寒がりになるなどの症状が出現することも有ります。時に腺腫の中に出血をして急激な視覚障害(失明など)で発症することも有ります(下垂体卒中)。
2:乳汁分泌ホルモン産生腺腫:女性に約3倍多く発症し,無月経,乳汁漏出,頭痛,視覚障害などで発症します。男性の場合はホルモン症状が出現しづらく,頭痛,視覚障害,性欲低下などを起こします。周囲の正常組織に浸潤する傾向があります。
3:成長ホルモン産生腺腫:成長ホルモンが過剰産生される為,子供の時に発症すると巨人症,大人になって発症すると末端肥大症となります。浸潤性で巨大となることが多く,身体的特徴以外に頭痛,視覚障害,性欲低下,糖尿病等で発症します。放置すると高血圧症,脳卒中,心筋梗塞,悪性腫瘍などを合併しやすくなります。
4:副腎皮質ホルモン産生腺腫:クッシング病ともいわれ,中心性肥満,満月様顔貌,皮膚線条,皮膚の萎縮や皮下溢血,近位筋萎縮等が診断の手引きに記載されています。
5:甲状腺刺激ホルモンの過剰産生で,バセドウ病様の症状が出現し,性腺刺激ホルモン(FSH, LH)では性欲低下などの症状が出現します。
ごくごく稀ですが,下垂体前葉から下垂体癌(悪性腫瘍)が発生することも有ります。
次に腫瘍の増大と伸展方向によって,様々な症状が出現する可能性が有ります。
最も多い症状は腫瘍が上方に進展して視神経や視交叉を圧迫し,視野や視力を障害することですが,さらに上方に進展しますと視床下部を圧迫して精神障害や意識障害など生命に関わる症状となります。また脳脊髄液(1日に500ml 産生)の通路を閉塞又は狭窄し,脳脊髄液が脳室のなかにたまってしまう水頭症という状態を起こします。
写真PA Fig.03
側方に進展すると海綿静脈洞に浸潤し,その中を通る眼球の運動や顔面の感覚を司る神経が麻痺して,眼球運動障害(複視;物が二重に見える),顔面の感覚障害などが起こります。
写真PA Fig.04
時に腫瘍内に出血を来たし,脳卒中のように急激な頭痛と失明により診断されることがあります。 また,最近のMRIやCT検査の進歩により,無症状のうちに偶然発見されることが有ります。
【治療について】
過剰産生されるホルモンによって治療法が若干異なりますが,現時点では薬物による治療は一部のものに限られており,基本的には手術療法が中心です。ホルモンの過剰分泌,あるいは分泌の抑制,下垂体機能障害などはホルモン負荷テスト(約3時間半かかります)を行い判定します。
どのタイプの下垂体腺腫でも,視野・視力などの視覚障害がある時は,手術療法が第一選択です。
1:非機能性下垂体腺腫,偶然見つかり小さいものでは,大きくなるスピードも分かりませんので経過観察が中心です。比較的大きくて視神経に触れたり,また下垂体卒中の危険性が有る場合手術をする必要が出てきます。
2:乳汁分泌ホルモン産生腺腫,視覚障害が無ければ内服薬(カベルゴリン,週1回内服など)で治癒が期待できる唯一のタイプです。
3:成長ホルモン産生腺腫,手術が基本で,全摘出ができれば治癒も期待できます。しかし浸潤性の性格が強く,手術後ホルモン値が正常化しない場合,再手術・サンドスタチンの4週毎の注射・放射線療法などを追加治療する必要が有ります。
4:副腎皮質ホルモン産生腫瘍や他の性腺刺激ホルモン,手術療法が基本で,現在有効な薬剤は有りません。
手術治療を行うことで以下の利点が得られます。
腫瘍の病理組織が得られますので,正確な診断が可能です。頻度的には稀ですが,他の腫瘍である場合があります。この場合術後に放射線化学療法が必要になる場合が有ります。
良性の腫瘍では全ての腫瘍を摘出することにより治癒が期待されます。
全ての腫瘍を摘出することができなくても,腫瘍の周辺組織への圧迫を減ずることにより症状の改善が期待できます。しかし手術時期によっては,脳・神経の障害や下垂体機能が改善不能になっていることも考えられます。例えば先に示したような大きく伸展したものでは,1回での全摘出は困難です。
【手術治療について】
治療方針は腫瘍を全摘出あるいは可能な限り摘出し,視神経の圧迫や視床下部への圧迫を解除することです。近年では技術と道具の向上により経蝶形骨洞近接法による腫瘍の摘出が一番良い方法であると我々は考えています。
この方法は,開頭手術と違って,2つの利点があります.
第1に,上の歯茎か片側の鼻孔から鼻腔および蝶形骨洞と呼ばれる副鼻腔を経由して直接腫瘍に到達するため,手術操作は脳に触れることなく行われます。
第2に,手術による切開創は歯茎か鼻腔内ですので,頭部に手術による傷はできません。ただし,下腹部や大腿部に3cm程度の切開を加え,脂肪や筋膜を手術時に摘出することがあります。これらは腫瘍摘出後に空洞となったトルコ鞍に充満させることにより,脳脊髄液が漏れるのを予防したり,脳・神経組織がこの空洞に落ち込まないようにするために必要です。
近年手術の安全性の向上と,摘出率の向上を目指して,ニューロナビゲーターを使用したり,顕微鏡と神経内視鏡を組み合わせた手術をしています。
入院治療期間は通常手術前約4日,手術後約10日と,全体で2週間です。
下図は全摘出した下垂体腺腫です。
PA Fig.05 PA Fig.06
その他の治療法について
上記以外にも次のような治療法が考えられます.
1.開頭法による腫瘍摘出術。
視神経や内頸動脈などの重要な脳神経や血管を直接確認しながら手術を進めることができます。巨大な腫瘍や経蝶形骨洞近接法で充分な視神経の減圧ができなっかった場合などには,有効な方法です。
問題点:
下垂体腫瘍がトルコ鞍というポケット状の部位に存在する場合,この方法では腫瘍を全て摘出することは困難です。
腫瘍が脳の深部にあるため,手術中に脳をある程度圧迫します。この圧迫により脳障害を来すこともあります。
頭皮に傷が残ります。
視床下部から腫瘍を剥離することで,軽度の意識障害が遷延化することがある。
2.内服薬(カベルゴリン,ブロモクリプチン)による治療。
脳腫瘍を手術でなく内服治療で縮小できたら理想的な治療法といえます。下垂体腺腫の内,乳汁分泌ホルモン産成腫瘍と成長ホルモン産成腫瘍には,カベルゴリン等の内服が有効な場合があります。
3.放射線治療。
下垂体腺腫に対しては放射線治療が有効なことが報告されています。しかし,腫瘍以外の脳組織にも放射線が照射され,問題となるのは視神経損傷による視力障害(失明)や,稀に放射線壊死,悪性腫瘍の合併といった重篤な合併症が報告されています。また照射1〜2年後に高度な下垂体機能低下を生じる可能性があります。このため,放射線治療は手術的に摘出困難な部位に対して補助的に行われることがあります。
4.ガンマナイフ(特殊な放射線治療装置)による治療。
ガンマナイフによる治療は多くの脳神経外科施設にて行われています。そして下垂体腺腫に対するその治療効果も確認されています。現在我々の施設ではガンマナイフによる治療は行っていませんが,我々がガンマナイフ治療の方がより適切であると判断した場合や,特にガンマナイフを希望される方にはガンマナイフ治療が可能な施設を紹介しています。ただしガンマナイフ治療には次の問題点があります.
問題点:
ガンマナイフ治療後,効果がでるまで約1-5年の時間経過が必要と考えられています。また,1回のガンマナイフ治療では効果がでない場合もあります。
ガンマナイフ治療により,視神経や脳下垂体の機能障害が照射1〜2年後に生じる可能性があります。
大きな腫瘍では適応とはなりません。(視神経が分離できない為高率に視神経の障害を起こします。)




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