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特発性正常圧水頭症

特発性正常圧水頭症について

脳CTやMRIにおいて脳室拡大があり、脳脊髄圧は正常で、脳室腹腔短絡術によって症状改善が得られるものとして、正常圧頭症があります。これは1965年に初めて提唱された概念です。高齢者に多く発症し、歩行障害、認知症、尿失禁を3大症状とし、治療可能な認知症として知られるようになりました。
偶然にとらえた7年間での変化
正常圧水頭症にはくも膜下出血や髄膜炎の合併症として生じる二次性水頭症と、明らかな原因が認められない特発性正常圧水頭症の2つがあります。二次性は診断が比較的容易で短絡術が古くから行われてきましたが、特発性はパーキンソン症候群、加齢による認知症、腰椎症、膝関節症等との鑑別が難しく、あまり治療されてきませんでした。しかし手術によって症状が改善するものが確実にあり、日本では1996年より研究班ができて2004年5月に、世界に先駆け『特発性正常圧水頭症診療ガイドライン』が発刊されました。
以下に特発性正常圧水頭症の病態と、治療などについて記載します(一部ガイドラインより抜粋)。
脳脊髄液は血液から1日に約500ml作られます。脳と脊髄をつつむ脳脊髄液の入れ物は(くも膜下腔や脳室)約150mlでありますが、500ml吸収されないと少しずつ脳脊髄液が頭蓋内にたまってきてしまいます。この状態が正常圧水頭症です。
特発性正常圧水頭症の発生頻度はわかっておりません。加齢による歩行障害、認知症として放置されている方が多くいるものと考えられています。「物忘れ外来」を受診する方の3.5%位との報告や、100万人に2.2人の発症等の報告もありますが、見逃されている方が多く存在すると予想されています。

症状

以下の3つが主症状と言われております。

歩行障害

歩幅の減少、足の挙上低下、歩隔の拡大が特徴で、歩行がゆっくりで不安定となり、外股、方向転換が困難となり転倒しやすくなります。90から100%の方に出現します。

認知障害

注意機能の障害、思考速度の低下、反応速度の低下、作業速度の低下、語想起能力の障害などがおこります。70から90%の方に出現します。

尿失禁

切迫性尿失禁(尿意をもよおした後、トイレ着く前に漏らしてしまう)が起こります。50から80%の方に出現します。
その他にも起こりうる症状はありますが、上記が3大徴候と言われています。

放置した場合

生命に直接関わる病気ではありませんが、上記症状が強くなり、最終的には寝たきりになってしまいます。また病状が進行してから治療を受けた場合、症状の改善が不良であったり、症状が改善しない場合もあります。

画像診断(70歳代のMRIでの比較)

年齢相応・アルツハイマー・特発性正常圧水頭症
現時点では画像所見で確定診断をすることは困難です。左に示した3枚の写真を比べると、年齢相応の方に比べ、アルツハイマーの方と正常圧水頭症の方では、脳室の大きさが大きいです。
アルツハイマーの方との比較では、特に頭頂部での脳溝(脳のシワ)の見え方が違います。
特発性正常圧水頭症の方では脳室が拡大されたため、正常の脳が外側に圧迫され、脳溝が詰まっているように見えます。
このような画像所見を認め、歩行障害のある方は、特発性正常圧水頭症の疑いがあります。

診断方法

上記のような画像所見と、臨床症状がある場合、診断の為に検査いたします。
残念ながら確定診断をできる確実な検査はありません。『特発性正常圧水頭症診療ガイドライン』において信頼できるものとして以下のものがあります。

1. 髄液排除試験 (CSF tap test 或いはTap test)

様々な排除試験の方法がありますが、ガイドラインで推奨しているものは身体に対する侵襲が最も少ない方法で、腰に針を刺して(腰椎穿刺)脳脊髄液を30から40mlを1回排除し(或いは脳圧を0cmH2Oにする)、歩行障害と認知能力を比較する。

2. 脳槽造影

腰椎穿刺をしてアイソトープや造影剤をくも膜下腔に投与し、脳脊髄液の流れや吸収を画像診断する。

3. 脳血流シンチ

放射線同位元素を注射し、脳の血流の量を測定する。
その他様々な方法が提唱されましたが、上記で最も信頼性の高いものは1.の髄液排除試験とされております。髄液排除後1から7日経過を見て症状の改善が(特に歩きやすくなる)あった場合、陽性所見ととらえ特発性正常圧水頭症の疑いが濃厚であると判断します。
我々は客観的な評価として、髄液排除試験前後に、簡単な知能テストとUp and Go Test(イスから立ち上がり3m歩いてUターンし、再度イスに戻って座る時間を計測する)ことを行っております。1回のテストで診断できない時は2回目を行ったり、2.3.のテストを組み合わせる場合もあります。
この時採取した脳脊髄液は生化学的検査を行い、髄膜炎(細菌性や癌性)などや、くも膜下出血の既往があるかなど確認いたします。

診断後の治療

現在の医療では薬などの内科的治療では、残念ながら直すことはできません。現代でも外科的治療が必要です。
一般的に行われている治療法は、吸収しきれない脳脊髄液を他の部位で吸収させることで、数種類の方法があります。頻度の高い順に列記いたします。

1. 脳室腹腔短絡術

拡大した脳室にチューブを挿入し、対側をお腹の中(腹腔内)に入れ、脳脊髄液を腹膜で吸収させる。頭部、腹部とチューブの通り道に数ヶ所の傷ができます。最も慣れた方法です。

2. 腰椎腹腔短絡術

腰の部分でくも膜下腔にチューブを挿入し、対側を腹腔内に入れて腹膜で吸収させる。この方法は脳に針を刺すことはありませんが、術後に腰痛や足のしびれなどが出現する可能性があり、また腰椎の年齢的な変形などでチューブ類の閉塞や断裂が起きることがあります。

3. 脳室心房短絡術

拡大した脳室からのチューブを、頚部の静脈から右心房内に挿入して脳脊髄液を血液に帰す。腹部の病気を合併している人などで腹膜吸収が困難な場合施行します。感染を合併すると血液に感染し、敗血症という重篤な病気になったり、心房には当然血圧がかかっているので十分に短絡術の効果が出ないことがあり、特殊な場合を除いてあまり行われません。
殆どは1.の方法で手術が行われておりますが、最近徐々に2.の方法も増えてきています(約10%)。
チューブはすべて皮膚の下を通りますが、若干皮膚が盛り上がります。またこのシャントシステム(短絡術の装置)は一生体内に埋め込まれます。 近年のシャントシステムは脳脊髄圧を1cmH2O刻みから数cmH2O刻みで変更できるようなバルブが使われております。これによって脳脊髄液の流れる量をコントロールし脳脊髄圧を適正に保ちます。(脳脊髄圧には個人差があり数回圧力を変更します)このバルブシステムには磁石が使われている為、いくつかの注意点があります。身体のどの部位でもMRIを施行した後に、バルブ設定をやり直します。バルブは右耳の後ろにありますので磁気ネックレスや磁気を帯びたものを近づけないでください。冷蔵庫のドア、折畳みの携帯電話なども近づけないでください。

特発性正常圧水頭症の手術後の予後

歩行障害は60から90%で改善され、認知症は30から80%、尿失禁は20から80%で改善が見られるとされています。高齢者に起こりやすい疾患であるため、他の病気を併発し長期的な予後をすべての人で判断することは困難ですが、5年間の間で70から90%の方に効果が持続すると言われております。 また歩行障害も2ヶ月で90%の方が改善、1年で95%の方が改善されると言われています。つまり手術直後より徐々に改善されてくるわけです。
このシステムは一生涯体内に留置されます。アレルギー反応等が起こることはほとんどありませんが、チューブが詰まったりバルブが故障したりチューブに沿って炎症が起こることが稀にあります。この場合水頭症が再発しますので、再度手術をしてシステムを取り換える必要があります。またごくごく稀に、チューブが腸管を穿孔し腹膜炎が起こったとの報告があります。 このような合併症もごく稀に生じますが(10年経っても起こること有り)、メリットの方が多いです。

その他の水頭症

特発性正常圧水頭症以外にも水頭症を起こす病気はたくさん有ります。
  • 外傷性を含めたくも膜下出血後
  • 髄膜炎によるもの
  • 先天的な脳の構造異常から悪化してきたもの
  • 脳腫瘍などに続発するもの
  • 脊椎の変形によるもの
など多数有ります。その原因に応じて、当院ではシャント手術や神経内視鏡による第3脳室底開窓術などを行っております。