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【お問い合わせ先】

東邦大学医療センター
大橋病院 小児科

〒153-8515
東京都目黒区大橋2-17-6
℡ 03(3468)1251(病院代表)

教授就任に際して ~私のこれまでの歩みと今後の抱負~

 平成21年7月1日付けで東邦大学医療センター大橋病院小児科教授を拝命いたしました関根孝司です。私のこれまでの略歴を述べ、今後の小児科への抱負について記させて頂きます。

卒後の6年間: 小児科医としてのidentityの確立

 私は1987年(昭和62年)、東京大学医学部医学科を卒業いたしました。その後、東京大学附属病院分院小児科での初期研修後、都立八王子病院小児内科、千葉こども病院麻酔科・集中治療科、埼玉県立小児医療センター腎臓科、都立築地産院新生児科(現在の都立墨東病院新生児科)などで、小児医療の研鑽を積みました。この間、多くの専門病院で様々な小児領域(腎臓、新生児、小児麻酔・集中治療など)の研修をすることができたことが私の小児科医としてのidentityを形成してくれました。この間にお世話になった指導医、上級医には素晴らしい人格の方々が多く、現在の私の小児科医としての人格形成に影響を与え、その基礎になってくれました。

7年間にわたる基礎医学の経験

 1994年からは杏林大学医学部薬理学教室の遠藤仁教授のもとで、腎生理学、トランスポーターの分子生物学を学びました。幸いなことに、腎臓尿細管で薬物輸送を行うトランスポーター(OAT1: Organic Anion Transporter 1)のクローニングを世界に先駆けて成功することができました。OAT1は腎臓から排泄される多くの薬物(βラクタム抗生物質、利尿薬、抗ガン剤、ACE-IやARBなどの降圧薬など)、生体内分子(cAMP、prostaglandins、尿酸など)、100種類以上の薬物・化合物を輸送する大変興味深いトランスポーターです。遠藤教授のもとには7年間お世話になり、多くの大学院生との共同研究により、OAT2、OAT3、OAT4またカルニチントランスポーター(この欠損により全身性カルニチン欠乏症を発症します)などを次々に単離、同定しました。
 2002年にはOAT5とも呼ぶべき分子が尿酸輸送体であることが判明し、杏林大学からNature誌に発表されました。これらの成果は学術的に高く評価され、第1回分子腎臓研究会最優秀賞(1998年)、日本腎臓学会大島賞(1999年)、また日本薬理学会学術奨励賞(2000年)などを頂くことができました。同時に、腎臓学の代表的教科書であるThe Kidney 4th edition(Seldin & Giebish)の1st chpterを著述し、アメリカ生理学会誌(Am J Physiol-Renal)にも原著総説を書かせていただく機会を得ました。
 このように、この7年間はどっぷりと医学の基礎研究につかり、「医療」の土台には「医学」があることを強く認識した期間でもありました。

東大病院での9年間

 2000年からは東大病院小児科に戻り、再び小児医療について学び実践する機会を得ました。2000年7月には恩師である五十嵐隆先生(小児腎臓病学専門)は東大小児科教授に就任され、その元で、講師、病棟医長、教育担当、准教授を務めました。

 2009年7月に東邦大学大橋病院に異動するまでの9年3か月の間は実に様々なことを学びました。自分の専門とする小児腎臓病については勿論、小児ガン、重度の小児神経疾患、複雑型先天性心疾患の診療に指導的立場から関わることになり、「小児科医が関わる領域がなんと広いことか」と苦しんだ時期もあります一方で、common diseaseから稀な難病まで全ての領域をカバーする小児科の「総合診療医としての側面」も強く意識いたしました。
 診療のみではなく、病棟の運営や、学生・研修医教育に深く関わることにより、「大学病院の医育機関としての役割」も十分に勉強する機会を得ました。また国際学会を含め2つの大きな学会の事務を担当しました。研究面では、それまでの尿細管の生理・薬理学的解析に加え、様々の腎疾患、糸球体疾患の発症機序などの研究を新たに行って参りました。
 2000年からの約9年間は、小児医療、教育、研究、また人生について深く考え、成長できた年月であったと思います。

今後の抱負

 このような経験をした後、去年7月に東邦大学大橋病院小児科に責任者として異動して参りました。多くの経験をしてきましたが、部局の責任者ははじめての経験であり、その重責をひしひしと感じております。
 大橋病院小児科に赴任して第一に感じましたことは、医局の先生方がとても誠実で、優しく、懸命に小児医療に専念している姿でした。医局員の先生方のそうした姿を拝見し、私は大変に安心し、この医局の発展に出来る限り貢献し、地域の小児医療の中核になろうと決意いたしました。小児科医は誠実さ、優しさが特に求められる領域です。逆に言えば、こうした基本を備えている医師がいれば、発展のpotentialは極めて高いということになります。小児医療はいろいろな面で難しい局面を抱えており、その克服には、小児科という診療科の魅力を学生、研修医に伝え、育て、最終的には自ら成長していく小児科医を育成していかなければなりません。そのためには、翻って、私どもの小児科教室の魅力を高め、また充実させていかなければならないと考えています。

 現在はこれまでの私のさまざまな経験を大橋病院小児科の発展に生かせるよう、日々考えております。現在の医局員も皆、私と基本的に同じ方向を向き、将来を考えてくれています。大橋病院小児科、ひいては日本の小児医療全般が発展していけるよう、この場を借りて皆様にお願いする次第であります。どうぞよろしくお願い申しあげます。

関根 孝司  


(医学部ニュース「おおはし」2010年4月1日号より)