命を救うという医療の原点~その熱き想い~
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第31回日本神経救急学会学術集会

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東京DMAT隊の活動

3月11日午後2時30分頃にM9.0の巨大地震が宮城県沖で発生し、すぐに大津波が青森県~茨城県の太平洋沿岸地域に到達し各地で甚大な被害が発生。地震による建物の倒壊に加え、津波による被害、火災、福島原発の被害などにより各地で大勢の死亡者、行方不明者が出ており、助かった人々も家を失い避難所生活を余儀なくされている状況である。

要請から現地到着

3月12日午前3時頃に東京消防庁より吉原医師のところにDMAT出動要請があり、前もって決定していたシフトにそって病院待機看護師2名にも4時頃に伝えられた。資器材2バック、トランシーバー3台を準備。迎えにきた市野倉DMAT連携隊3名とともに3号館前を5時45分に出発。
途中蓮田SAで多摩医療センター、東京医療センターのDMAT隊と合流し、さらに福島西SAで給油し目的地気仙沼を目指す。東北自動車道は地震の影響で陥没やひびなどがあり、一般車両は通行止めで災害緊急車両のみの走行であったが速度制限があったため、気仙沼の市街地高台の市営野球場到着は午後4時30頃、約11時間の往路であった。 一ノ関より一般道となったがその辺よりメールや電話は圏外となり使用不能。

3月12日の行動

現地でさらに7 DMAT隊と合流し10隊で活動することとなる。市営野球場は被災地の取り残された人々を乗せたヘリの発着に使用しており当日は日没までの飛行で、10人前後の被災者をトリアージし、避難所や病院に搬送。夜間は調子の悪くなった消防隊員やレスキュー隊員の救護班を8隊が1時間交代で対応することを決めた。

東邦はAM4時起床、消防隊救護を5時まで行い、気仙沼市立病院へ先遣隊として出動予定。

3月13日の行動

東邦は午前5時に気仙沼消防の車の先導で気仙沼市立病院へ。同病院の現状を把握し、活動ニーズがあるか調査、報告を行い今後の支援体制を整える目的である。同病院は440床の中規模病院。今回の震災で気仙沼市はほぼ全域で津波、大規模火災が発生し、この周辺ではこの病院のみが機能している状態であった。自家発電が保たれ、生活水も確保できている。医師は45名、看護師340名ほどであるが震災によりスタッフにも行方不明者がいるようだが詰めている医療者は帰らず交代で勤務にあたっているとのことであった。入院患者に被害はなく、ベッドをつめてもらい、さらに簡易ベッド40床+ソファなどで対応。透析可能、オペ室は1床なら可能であったが今後さまざまな物資が不足する、特に病院の自家発電の重油給油がどうなるか・・という状態であった。
スタッフの意気も高く、協力体制はできており良好機能していたため、院内での活動は不要と判断し、救急搬送や自家用車でやってくる患者トリアージを行い、スタッフの休養をとってもらおうということになった。

午前中のみで50人ほどのトリアージを行った。患者は高齢者が多く、タグでいうと緑がほとんど、ときどき黄色で重傷者はいないがCPA2名あり。慢性内科疾患が多く、内服薬がない、インスリンがないという患者も多かった。外傷は少なく、波に揉まれたための擦り傷、切り傷程度、骨折者は2名であった。
午後はヘリポートへもどりそこでのトリアージを施行。夕方に短時間で被災地を見学。
夜間は昨夜同様1時間~2時間交代で救護の救急車につめる。1歳2か月、40℃熱発、下痢患児診察。家にある解熱剤を使ってもらい、補水を指示。

撤収~病院着

本日より新しい場所の避難所からヘリで多くの人が搬送されてくるという情報であり2隊のDMAT隊のみ残し、他は10時に現地出発。それまでにヘリで搬送されてきた患者のみ対応。
東北自動車道、首都高ともにとくにトラブルもなく21:15に病院着。