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ドーピングとエリスロポエチン

まだまだ残暑が厳しい日々が続いていますが、暦の上では秋を迎えています。皆さんは秋といえば何を思い浮かべるでしょうか。食欲の秋、読書の秋、芸術の秋・・スポーツの秋!スポーツというと東京オリンピック開催までいよいよ2年を切りましたね。オリンピックでの活躍によりたくさんの選手が脚光浴びますが、過去には「ドーピング」が見つかり、不名誉な形でその名を世界に知られた選手もいます。そこで今回は、オリンピックだけでなくスポーツのあらゆる大会で度々問題となる「ドーピング」に関するお話です。

ドーピングとは競技力を高めるために禁止されている薬物や方法などを使用する、またそれらの使用を隠蔽する行為です。禁止薬物は風邪薬や漢方薬、サプリメント等にも入っていることがあり、本人が知らないうちにドーピングを行っていたという場合もあります。ドーピングにおける競技能力を向上させる物質や方法は多岐にわたり、また科学技術の進歩を受けて日々高度化・巧妙化されています。そんなドーピングの製剤のひとつに「エリスロポエチン製剤」というものがあります。

「エリスロポエチン(EPO)」とは赤血球の造血因子で、大部分が腎臓で作られている糖タンパクのひとつです。骨髄には体内に存在するすべての血液細胞の共通の起源ともいえる「造血幹細胞」が「赤芽球系前駆細胞」に分化(成熟)し、赤芽球系前駆細胞にEPOが作用することで赤血球の前段階である赤芽球となり、その後赤血球となります。そのためEPOは赤血球を増加させる機能を持つ、とても大切な存在といえます。しかし腎不全などで腎臓の機能が低下するとEPOの産生も低下し、赤芽球が産生されず体内の赤血球が少なくなっていくため、貧血状態が進行していきます。このような病態を腎性貧血と呼びます。貧血の症状には『組織の酸素欠乏に基づく症状』である易疲労感や倦怠感、狭心症、めまい、酸素欠乏を補うための『生体の代償作用に基づく症状』である呼吸数増加による息切れ、心拍出量・心拍数増加による動悸・頻拍・心拡大、および『赤血球の減少による症状』である末梢血管収縮による顔色不良、眼瞼結膜蒼白等があり、これらの症状は患者さんの貧血の経過や基礎疾患、年齢にも影響されます。腎性貧血の場合は徐々に貧血が進行していくため、自覚症状が乏しいとされています。腎性貧血の治療には産生が低下したEPOを補充するためにEPO製剤の投与を行います。

そんなEPO製剤ですが、ドーピングに使用すると末梢血中の赤血球が増加し、赤血球の役割である組織への酸素供給効率が上がり、持久力が向上するとされています。そのためEPO製剤は血液ドーピングの一つとして、ドーピング禁止物質に列挙されています。また、EPO製剤を使用することで高血圧症や血栓塞栓症等の副作用が危惧されます。腎性貧血の患者さんにとっては貧血治療への効果が期待できる薬剤ですが、ドーピングに使用することで副作用が現れる可能性も少なくありません。

選手の身体にも悪影響を及ぼす可能性のあるドーピングに対しては厳しい規制があり、ドーピング検査も日々進化しているため、EPO製剤も血液検査や尿検査を行うことで検出が可能となっています。しかし最近では、体内のEPOの発現を増幅させる特定の遺伝子を導入する遺伝子ドーピングが利用される可能性が指摘されており、それに対する検出方法は未だ確立されていないのが現状です。このようにドーピング検査は日々進化していますが、その検査を潜り抜ける新たなドーピング製剤も増え続けており、今もなお「いたちごっこ」の状況は続いています。

Vol.65, 2018.08

血液検査室 木場奈美恵

参考文献

病気が見える Vol.5 血液 医療情報科学研究所 第2版

公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会HP「アンチ・ドーピングとは」

慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドライン 2015年版:日本透析医学会雑誌 49巻2号:89-158.2016