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社会の役割

今、家族が元気に生きるために-家族と当事者の関係-【中村 道子】

医師にとって患者さんとの出会いは貴重なものですが、それと同じほど患者さんのご家族との出会いも大変貴重なものです。先日私の外来に長年通院されている患者さんが見慣れない男性を二人同伴して受診されました。一人は会社の上司で、一人は患者さんの弟さんでした。その二人は外来でその日初めて会ったということでした。患者さんは高校生の頃にご両親を亡くされていました。長年会社に勤めてきましたが、繰り返す病気欠勤のためにその日会社上司は患者さんに解雇を言い渡しに来ました。一人住いで天蓋孤独のように患者さんから伺っていたため、弟さんの出現に私は驚きましたが、上司からの説明と私の病状説明の後、弟さんは兄である患者さんに実家に戻るように提案され、当面の経済的な支援の申し出をされました。主治医である私は本当に救われた思いでした。普段何気なく付き添ってくださっている他の患者さんの家族の存在が一際ありがたく感じられ、ご家族の応援があることのありがたさをしみじみ感じました。普段他の患者さんのご家族が付き添ってくださって、『変わりないです』と言ってくださることのありがたさを再認識したわけです。

ご家族の一人が病気になるとその家族はどのように変化するでしょうか。病気は心理的、社会的、経済的な様々な次元において家族に多くの問題を投げかけます。その結果家族それぞれの役割が変化することもありますし、地域からのサポートをどのように得るかという問題にも直面します。地域の保健師やヘルパーの援助を受け入れる必要にも迫られます。家族の社会や地域との連携が必要となり、家族の社会との境界が変化します。家族が無意識的に共有している病者やケアについての信念を変更せざるを得ない場合もあります。病気の出現によって家族は新しい適応を迫られるということがあります。その場合家族が病気に対応するべきことは何かを今一度、整理してみたいと思います。

第一は病気とその病気のケアについての正確な知識や情報を持つことです。充分な知識を持つことは、病気に取り組むための家族の支えになり、病気に対する不安に圧倒されることがなくなります。特定の家族だけではなく、家族全員で学ぶ必要があります。

第二はコミュニケーションを増やす必要があります。患者さんをご家族が抱えていくということは、そのご家族が病院の医師や看護師、地域保健師や地域の家族会のメンバー等とのコミュニケーションが増え、より密接な社会とのつながりの中で患者さんをケアしていくことができるということです。時によっては患者さんの状態を学校や職場の人とも適切な情報の共有が必要になります。

第三はご家族自身の健康管理やストレスへの管理、つまりセルフケアが必要になります。ご家族が患者さんを抱えると、よくあることは不安や怒り、悲しみなど否定的感情に支配されがちで、家族全体がストレス下に置かれます。ケアのストレスが身体的に現れると頭痛、腰痛、高血圧などの身体疾患や、心理的側面で現れるとうつ状態や不眠、不安障害などが出現することがあります。家族のストレスが具体的に何から来ているかを考え、他者と共有し相談することでも負担が軽減されます。ご家族が病気を抱え込みすぎず、地域でケアをしていくという考え方に変っていく必要があります。また否定的感情がどのような場面で生じるのかを把握し、その感情を第三者に話しをして、感情とうまく付き合っていくことも必要になります。自分のための時間と空間を作り、好きなことをする時間やリラックスする時間を確保することも大切です。この三つの点は特に精神病に関わらず、どのような障害にも共通する点です。

またこの三つの点全てに関して家族会や患者会の果たす役割は大きいと思います。まずご家族が病気に対するスティグマ(偏見)を乗り越えることです。統合失調症を恥ずかしい病気だと思い隠そうとすること自体が患者さんにプレッシャーを与えることにつながります。

患者さんは病気になると今までに体験したことがない不安な状態を体験します。妄想や幻聴により他人に不信感が増しているわけですから、ご家族は「私達はあなたの味方」というメッセージを送ることが大切です。

また患者さんは周囲の人の接し方に大変敏感になります。特にご家族をはじめとする身近な人たちの感情の表し方は病気の再発に大きな影響を与えると言われています。この感情の表し方は「感情表出」といい、英語でExpressed Emotionという頭文字をとってEEとも呼びます。患者さんに対して強い感情表出が向けられることを「高EE」と呼び、再発の危険性が高い人間関係と言われています。高EEといわれる感情表出には3つのタイプがあります。
  1. 批判的な感情表出;例えば「何もしないでごろごろしている」と患者さんに対して批判や不満をぶつけることです。
  2. 敵意のある感情表出;「いっそこの子がいなければよい」などの敵対的な感情をぶつけることです。
  3. 情緒的に巻き込まれている感情表出;「この子の気持ちは私しかわからない」など過保護や過干渉な状態であることです。
以上のような高EEのご家族では、患者さんの再発率が高いと言われます。逆に低EEの家族では再発率が低いと報告されています。しかし高EEのご家族が発病の原因になっているわけではないので、高EEの家族に社会的欠陥があるわけではありません。患者さんが発病したからご家族が高EEにならざるをえなかったと考えられます。

ご家族の役割は大きいわけですが、焦らず長い目で見守っていただくことが大切です。ほどよい距離感を保って、お互いに息抜きをしながら付き合っていきましょう。

参考
パトリック・D・マクゴーリ,ヘンリー・ジャクソン(編著) 鹿島晴雄(監修) 水野雅文・村上雅昭・藤井康男(監訳);精神疾患の早期発見・早期治療 金剛出版

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