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日本の土壌と文化へのルーツ㉖ ドイツの食材

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

伝統料理の変化の速さ

 現在言われる各地の“伝統料理”といっても、伝統医学ほどには歴史は長くない。伝統医学も変化するが、古典を土台にしている場合が多く、基本を変えずに強化していくスタイルである。食事はそのような古典を有していない場合も多く、歴史の中で大きく変化する。
 中国の伝統医学の古典とされる『黄帝内経』には、凡そ2000年程の歴史がある。知識体系が集約されるまでの年月を考えるとさらに長くなる。一方、中国の伝統料理とされる四川料理の唐辛子は、メキシコ原産で、コロンブスによってヨーロッパに持ち替えられ、中国では1700年頃、明代に伝わったとされる。伝統医学と比較しても、料理の進化・変化の速度は非常に速い。

寒冷地と肉食

 イヌイット・ユイット民族とは、かつてエスキモーと総称されていた狩猟民で、北極圏から北米大陸のツンドラ地帯を中心に生活していた民族である。
「イヌイットの食事というと、生肉を食べるというのが一般的な見方である。実際、彼らの伝統的な食生活では、生で獲物を食する割合が高かった。これは熱を加えると貴重なビタミンCが失われてしまうからで、野菜や果物といってものでそれを補うことが容易でなかった環境から行われるようになったと考えられている。事実、初期の北極探検隊たちの多く、そして一九四八フランクリン探検隊一二九名が全滅した大きな要因が、生肉を食べなかったことで起こった壊血病の蔓延であった。生肉を食べることは野蛮な行為ではなく、生き抜くために必要なことをしていたに過ぎないのである。」1)
このような事実を経験的に会得し、食事を組み立てていくのが、人類のもつ環境適応性である。
「イヌイットが主に狩る動物は、夏の獲物と冬の獲物の二つに大きく分けられている。冬の獲物はカリブーやホッキョクグマ、アザラシ、セイウチなどである。氷が厚く、海へ犬ぞりで出かけることができる時期であり、また寒さに向かって身体に脂肪を厚く取り込んだこれらの動物はイヌイットにとって欠かすことのできない獲物であった。」1)
 生肉ももちろんだが、寒帯で十分な野菜、果物が得られない地域では、動物の肉による食文化が発達している。例えば、チベットは仏教国である。仏教では殺生を好ましくないという考え方は当初からあったとされ、肉食が忌避される場合が多い。しかし、チベットはラサというチベット内の低地でも海抜3700m程度に及ぶ。日本国内の最高峰の海抜がチベットでは最も低い場所なのである。緯度は温帯から亜熱帯に属するとはいえ、多くは4000mを超える山岳地帯であり、寒さはもちろん、雪に覆われる時期も長く、十分な野菜の摂取が非常に難しい状況にある。樹木も針葉樹が主で、果実としての摂取にも不適である。そのような食事情もあるために、チベットは、仏教の流れはあるにせよ、肉食文化が必要性もあり、残っている。過酷な寒冷地域での肉食はイヌイットの生肉の摂取と同様に、不可欠といえるかもしれない。
 ドイツは南北に広いが、南はアルプスの山岳地帯に阻まれる。近隣国のイタリア、フランスに比べても寒冷であり、食材の豊富さでは及ばない。そこでは、肉食が発達し、肉を加工した保存食が発達している。

ドイツの料理 ~肉の保存食の発達~

「伝統的に、ハム、ソーセージやキャベツの漬け物のザウアークラウトなど、保存食品の加工技術を発達させてきた。ジャガイモの多用も特徴。春を告げる白アスパラガスの料理はなによりのごちそうとされる。」1)
 5月にドイツを旅行すると、白アスパラガスが店頭に並んでいる。晴れた青い空、草原の広大な大地、澄んだ空気に浸りながら、日中の日差しの中で乾いた咽を、ビールで潤しながら、白アスパラガス、ソーセージを楽しむ野外レストランも多くみられる。アスパラガスそのものはトルコが原産地である。

多様なソーセージ ~ヴルスト~

 ドイツ語でソーセージの事をヴルストという。肉の種類だけでも、豚・鹿・豚・牛・鳥・羊・ラムの腸詰と豊富である。製法は、刻んだ肉に塩を詰めて作られる。塩を入れる理由は有害な微生物の増殖を抑制することと、筋繊維タンパクを溶解させ肉同士を結合させるためである。多くは羊や豚の腸などに詰められる。
「ドイツには数百種類のソーセージがある。白い色のヴァイスヴルスト(Weißwurst)、焼いて食べるブラーテンヴルスト、舌肉のツンゲンヴルストなど料理法や材料のわかるもののほか、ニューンベルガー、フランクフルーターなど地方名を冠したものも多い。」1)
 地名ではベルリンのベルリナーというものもある。
挽肉とスパイスで作られたブラートヴルスト(Bratwurst)、豚肉または牛豚を燻製にし冷水で調理されたヴィーナー(Wiener)、他に、血液(豚やガチョウが多い)で作られたブルートヴルスト(Blutwurst) 、シュヴァルツヴルスト(Schwarzwurst)がある。血液を使った食材は、中国でも見られるが、山岳地帯で食材が不足しがちな場合の鉄分や栄養素の補給に有効である。中国では、血液を食に用いる場合は、“瘀血”(おけつ)という末梢循環不良など病態をよくするという医薬としての側面をもっている。

肉料理と香草

 肉料理には、地元産と外来産のスパイス、ハーブが使われる。目的は、嗜好として風味付けなのであるが、東洋医学の眼から見れば、消化機能を高めるためとなる。ソーセージ、中でも白ソーセージを例にとってみてみよう。

白いソーセージ ~ヴァイスヴルスト(Weißwurst)~

 ミュンヘンなどバイエルン地方の伝統的な白いソーセージである。内容は、よく挽いた仔牛肉に牛乳を混ぜて作られる。
風味付けとして、パセリ、レモン、ナツメグ、タマネギ、ショウガ、カルダモンなどがさまざまなバリエーションで使用される。
原産地だけを見ても、パセリ(地中海沿岸)、レモン(インド北部)、ナツメグ(東インド諸島)、タマネギ(中東)、ショウガ(東南アジア)、カルダモン(インド、東南アジア)と、東西を超え、多彩なことが分かる。
カルダモンは小豆蒄(しょうずく)と呼ばれ、アーユルベーダでも漢方薬でも頻用される生薬でもある。小豆蒄は、“醒胃”、つまり、胃を目覚めさせる作用を有している。東洋医学では、肉、油ものなどの消化しにくいもの、外気の湿気、暑気に食欲が低下しているものに用いられている。小豆蒄のもつ芳香と味覚の刺激性により、眠った胃を刺激して動かすというものである。それにより停滞した重だるさも取るのである。
ショウガは生姜であり、通常の食卓に上りすぎるために、生薬としての認識は少ないかもしれない。生でそのまま使うと魚介類の殺菌作用、胃腸を温める吐き気止め、感冒時の悪寒を取る発汗作用を発揮する。生の生姜にはジンゲロールという辛味成分が多く含まれる。寿司に用いられるガリは酢漬けにより、ジンゲロールの分解を抑制し、寿司ネタそのものの殺菌作用と、生ものの摂取による胃腸の“冷え”を防止する。非常によくできた組み合わせである。
さらにヴァイスヴルストはよくバイエルン風の甘いマスタードを添えて供され、プレッツェルおよび白ビールと共に食される。マスタードは、カラシナ(イエローマスタードおよびブラウンマスタード、学名 brassica juncea)やシロガラシ(ホワイトマスタード、学名 sinapis alba、シノニム B. hirta または B. alba)の種子やその粉末を用いる。
 東洋医学では、シロガラシは白芥子(びゃくがいし)と呼ばれる。白芥子は、痰飲といって、局所に停滞した粘稠な体液を除去する生薬である。“局所に停滞した粘稠な体液”とは何であろうか?もともとは、肺から出される痰をイメージしてつくられた病的な産物の概念である。痰飲の中でも肺、関節部に溜まるものに対して用いられてきた。シロガラシの脳をつくような強い刺激が、停滞した痰飲を動かす原動力とされている。香草の香り、味が、胃の動きを目醒めさせるように、白芥子のつんざくような味の刺激は、脳を刺激し、肺、手足の関節に働くのである。
 ショウガ、カルダモン、マスタードはいずれも東洋医学の眼からみれば、風味以外に殺菌という実用性に加え、消化機能を高めることで肉料理に対する胃腸症状を未然に防いでいるともいえる。肉の消化に慣れたドイツ人の強靭な胃腸というよりは、旅行者として訪れた日本人の胃腸を守ってくれる。

酢の実用と嗜好

 酢は野菜、肉、魚の保存に非常に大きな役割を果たしてきた。収穫期に野菜を酢に漬けることで、一年中野菜を摂取できるようになった。15世紀には壊血病の予防に、酢が使用された。冷蔵庫の普及した現在でも、ドイツの酢の消費量は多く、実用性というよりは、すでに味覚として定着している。紀元前400年頃、ヒポクラテスはすでに酢を殺菌作用として利用したとされる。
 ザウアーブラーテンというライン川流域の肉料理がある。この地域では、もともと牛肉が高価で手に入りにくかった時代に、一般庶民は馬肉を食していた。馬肉の臭み、堅さが難点であったが、酢を用いれば柔らかくし、臭みを消すことが出来る。ワイン、野菜、酢で肉を一週間漬け込むと、肉は柔らかくなり、臭みも取ることができる。肉だけを焼き、その漬け汁で蒸し煮て、肉が柔らかくなったら、その汁でソースを作る。強い酸味を和らげるために、ブランデーに漬けたレーズンをソースに加えるというものである。2)料理とは、その土地において、実用性と味覚を追及し続けた結果として生まれたものなのである。

ザウアークラウト 乳酸発酵の保存食

 ザウアークラウトは、ドイツを代表する料理の一つである。ザウアーは酸っぱい、クラウトはキャベツなど食材となる野菜のことを指している。プリニウス『植物誌』によれば、キャベツはギリシャ時代には便通を良好にし、胆汁を除いて胃の機能を調整するとされていた。
 ザウアークラウトは酢漬けキャベツと訳されることがあるが、実際には酢漬けではなく、キャベツの千切りに乳酸菌を加えて、樽で発酵させたものである。食卓に上がる際には、一度水洗いして発酵で出来た酸味を流すため、酸味は薄くなっている。
 元祖は、ヨハンベックマンによる『西洋事物起源』によれば、トルコ人が18世紀以前から調理していたようである。食べるという行為は、万人の楽しみであり、国境を越え、発展していく。そして、本家よりも、ザウアークラウトのように定着していることが常となっている。

安中散という香草・ハーブの漢方薬

 東洋医学における漢方ハーブと言える、少し毛色の違った処方である。桂皮(シナモン)、茴香(フェンネル)、ショウガ科の縮砂、良姜といったスパイスやハーブが用いられ、辛味の刺激性と芳香成分によって腸管を温め、運動を促進する。原産地は、茴香が地中海沿岸で、他は東南アジアである。こちらは、冷食による胃もたれ、胃痛などに用いられてきた。まさに東西の香草・ハーブをつないだ漢方薬である。

結語

 医学に比べての食文化の変化の速さ、寒冷地における肉食文化について概観した。寒冷地で野菜が不足しがちなドイツでは、ソーセージやキャベツの漬け物のザウアークラウトなど、肉と野菜の保存食品の加工技術を発達させてきた。ソーセージには、スパイス、ハーブが使われる。嗜好として風味付けなのであるが、東洋医学の眼から見れば、消化機能を高めるためとなる。もう一つドイツの料理を特徴づけているのは酢である。保存という実用性から、酢の多用はすでにドイツの料理の味覚として、定着し不可欠なものとなっている。料理とはその土地において、実用性と味覚を追及し続けた結果として生まれたものなのである。

参考文献

1)21世紀研究会編:食の世界地図,文芸春秋,2004
2)野田浩資:野田シェフのドイツ料理,里文出版,2010

Abstract

Japanese Traditional Herbal Medicines (Kampo) and Everyday Plants: Roots in Japanese Soil and Culture. vol;26

Koichiro Tanaka, Toho University School of Medicine, department of Traditional Medicine, 2016 Clinical & Functional Nutriology 2017; ()

The changes in food culture has changed more quickly compared to medicine. As environmental adaptation, meat-eating culture is popular in northern or high mountain cold areas. Processing technology of meat and preservation of vegetable-based foods, such as sausage and sauerkraut, have developed in Germany, where they tend to lack vegetables in cold climates. Several spices and herbs are also used in the making of sausage. To add herbs in meat dishes is not only to give it flavor but also, when seen from eyes of Oriental medicine, to improve digestive function. Another characteristic of German food is vinegar. Vinegar traditionally had been used to preserve foodstuff in Germany. But nowadays, vinegar also have become an essential taste of German cuisine. Traditional food culture is born and developed as the result of how people kept pursuing practicality and taste.