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日本の土壌と文化へのルーツ⑥ 香辛料 胡椒、生姜など

 

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

香辛料の歴史

古代よりスパイスは、薬用、香料、神事祭事、媚薬、保存料に用いられる希少で貴重な品であった。その中でも、シナモン、クローブ(丁子)、コショウなどは、主に熱帯の東南アジアを原産としているため、西洋では非常に希少価値があり、高価であった。東西の交易を通じて、香辛料は金銀に匹敵する物資として取引されていた。これらの商いには、陸路(シルクロード)、インド洋から紅海を経る海路が用いられることで、東西の境界となるイスタンブール、地中海沿岸のベネチア、ジェノアといった都市が1200年頃から300年もの間、繁栄を極めていた。
1492年のコロンブスに始まる新大陸の発見に続く大航海時代は東西交流の様相を大きく変化させた。1499年のバスコ・ダ・ガマによるアフリカ南端を回ってインドに到達する新航路の発見により、インド洋から紅海を経ずに、アフリカ南端の喜望峰を経て、アフリカ大陸西端を北上し、ヨーロッパに入る海路が用いられるようになった。シナモン、クローブ(丁子)、コショウは、ヨーロッパに容易に手に入るようになり、盛んに食事にも利用されるようになる。
これらの新航路の発見により、東西交流の構図が大きく変わり、スペインやポルトガルが代わって繁栄を極めるようになる。
カルダモン、ジンジャー(生姜)などはすでに各地で栽培されていたが、クローブ、ナツメグは、インドネシアのモルッカ諸島(別名:香料諸島)など限られた地域にしか産出しなかったために、以後、オランダ、イギリスなどが加わって、激しい争奪戦が繰り広げられることになる。
フランスはこうした争いの中で、盗木という作戦に出る。クローブやナツメグの苗木をオランダ官警の目を盗んで、マダガスカル島、ブルボン島に移植したのである。以後、南米や西インド諸島にも栽培地が広がっていった。

香辛料と漢方薬

シナモン、クローブ(丁子)、コショウは、いずれも漢方薬でもある。これらは、温裏薬(裏:身体の内部)という、身体の臓腑、特に心、胃腸を温め、機能を高める生薬に分類され、現在でも用いられている。体質的な“冷え”や冷たいものの摂取、寒冷刺激による消化器機能の低下、例えば食欲不振、嘔吐、下痢、便秘、腹痛に用いられている。
温裏薬に属する生薬の多くは香辛料である。乾姜(乾燥させた生姜)、高良姜(こうりょうきょう)、があるが、いずれも熱帯原産のショウガ科の植物である。ショウガ科の植物はうだるような暑さ、湿気を好む一方で寒冷を非常に嫌う。この生き方は温裏薬の身体の芯を温めるという薬効をよく表現している。ショウガ科の植物が、高温多湿という気候(天の熱)の特性を自らが取り入れ、生薬として用いられる時は、一身に受けた天の熱を他の生物に与える事で発揮されるのだと考えられてきたのである。これを“天の余気を得る”と言う。
また、他の香辛料の生薬に、ミカン科の山椒、コショウ科のヒハツ、ヒッチョウカがある。コショウと同様、ヒハツ、ヒッチョウカは止痛作用も有する。ヒハツという聞きなれない生薬はインドのアーユルベーダ医学でよくつかわれる強壮剤である。インドナガゴショウと呼ばれ、沖縄でもピパツとして食べられている。コショウに似た刺激性の強い、辛みを有する。
温裏薬の多くは、中国の中原より遥かに南のアジアの熱帯、亜熱帯で育つ“輸入物”である。そして、それらはより南に位置する近隣のインドでもよく用いられてきたのである。

中国雲南省 シーサンパンナ(西双版納)

中国の雲南省の南、ラオスと国境を成す地域にシーサンパンナ(景洪)という町がある。ここでの少数民族は漢民族である。泰(タイ)族が最も多く、中国国内とは言え、東南アジアの “異国情緒”にあふれる町である。そこにアジアの熱帯植物を集めた西双版納南薬園がある。その入口の石塔群には中でも代表的な生薬の名前と図柄が刻まれている。その中でも、胡椒、肉桂は、東洋医学では代表的な温裏薬である。雲南省は、中国国内でも有数の生薬産地である。

日本の代表的な香辛料 生姜

生姜は温帯の日本でもよく育ち、山椒とともに代表的な香辛料であった。
「わが国においては、湿潤で豊かな自然に囲まれて生活してきたため、新鮮な海の幸や山の幸を比較的容易に入手することができた。そのため、必ずしも保存や強い香りづけ、消臭効果を求める必要がなく、比較的素材本来の持ち味をそのまま活かすような調理法が主流をなしてきた。また、かつおぶし、こんぶ、しいたけの味に代表されるアミノ酸や核酸系の旨味によって、日本人の繊細な味覚も培われてきた。従って伝統的な日本料理では、スパイスを用いるとしても、新鮮で味が比較的淡泊な素材にアクセントをつける程度に、ごく少量を添えるような使い方をしてきた。」1)
「そんな中で使われてきた和風スパイスが、しょうが、山椒、わさびである」1)
「四方を山で囲まれ、大小の川がいたるところに流れる日本の恵まれた風土のお蔭で、私たち日本人は古くから魚介類を多く摂取してきた。そのためスパイスも魚にまつわるものが多いことが特徴として挙げられよう。しかも新鮮故に素材の味わいを大切にした刺身や寿司のような食文化も発達し、そのため魚の生臭さを消し、スパイスの“薬味”的な使い方を一層促進してきた面もあろう。」1)

生姜 加工により薬効が変化する

生姜は食用として、日本、中国、台湾、タイなどから輸入して用いている。薬用に使用する生姜は主に中国から輸入され、辛みが強い。東洋医学でも頻用される生姜だが、加工の違いによって、生姜、乾姜、炮姜、火畏姜(わいきょう)がある。日本と中国で定義に差異があるが、生姜は生の生姜、乾姜は乾燥させた生姜、炮姜は生姜を加熱して焼いたもの、火畏姜は生姜を焼いて表面を黒く焦がしたものである。これらは同じ植物を使うが、加工により性質が大きく変化するために、別の生薬として扱われている。
新鮮な生姜は、腸管を温めて機能を高める温裏作用以外に、香りが強く、発汗作用が強いため、感冒薬により向いている。感冒初期のぞくぞくした寒気、発熱は、身体を温めて発汗することで症状が軽減することが2000年前の中国ではすでに知られていた。そのため、葛根湯の生姜は生の生姜でなくてはいけない。また、生の生姜は、解毒作用が強いために、刺身におろし生姜、寿司にガリが使われる。また生の刺身は身体を冷やす性質を有している。そのため、生姜を使って胃腸を守ろうとする東洋医学の知恵が和食にも生きているのである。
乾姜は、生姜を日干し乾燥したものだが、これによって薬効は大きく変化する。そのため、東洋医学では生姜と乾姜は別の生薬と考えられている。乾姜は香りが落ちる分、辛みが非常に強くなる。増した辛さにより、身体の臓腑を温める作用が強化される。これも太陽の熱と光を受けたため、性質が変化したと考えられてきた。
炮姜は火にかけると香りが失われ、発汗作用はより失われ、身体の芯を温める作用が中心となる。また黒く焦がした火畏姜だが、何故黒く焦がす必要があるのだろうか?それは灰には止血作用があると考えられているからである。止血作用を高めるために敢えて生薬を灰にする方法がとられてきた。そのため、止血作用を期待する時は黒く焦がす、または完全に灰にしてしまうのである。火は広がる性質があり、東洋医学の陰陽論では陽の性質が強い。また、陽極まれば陰となるという考え方がある。これはある性質が限りなく強くなると、極限の点で性質が逆転するとするものである。火の陽の性質によって完全に焼かれて灰になると、止血という収斂作用、陰の性質が生まれるのである。火によって焼いて溶かすことで、より固い金属になるという冶金もまた同じ考え方である。人間もまた、業火に焼かれて、意志を強くするのである。

結語

香辛料は東西の貿易を盛んにした大きな要因であった。希少で高価であったシナモン、クローブ、コショウの中でも、クローブは東南アジアでも香料諸島と呼ばれるインドネシアの一部でしか育たなかったため、争奪戦が繰り広げられた。これらはいずれも漢方薬で、温裏薬という身体の臓腑を温める作用を有する生薬として使用されてきた。いずれも熱帯、亜熱帯の太陽の盛んに照る地域で育つことで、その太陽の熱が薬効に宿ると考えられてきた。生姜は熱帯、亜熱帯から温帯でも栽培可能な品種であり、古来より代表的な日本の香辛料であった。東洋医学では生姜の加工方法により大きく薬効が変わるとされてきた。生の生姜の芳香は発汗、解毒作用を有し、日干しすることで辛みが増し、身体の芯を温め機能を鼓舞する作用が強化される。さらに火にかけ、黒く焦がすことで止血作用が生まれる。灰には止血作用があるとされ、広がる陽の性質をもつ火によって完全に焼かれたものは、陰の性質、つまりものを固める性質をもつのである。陽極まれば、陰となるという東洋の思想はこうした自然観に裏付けられているのである。
このように食文化は、医学的知識に支えられ、その土地の気候を加味しながら、人々の健康に貢献してきた。食文化とは、医食同源であり、日々の料理から、特別な行事にまで、健康に加え、さらに味覚を楽しむという領域まで高められていった非常に高度な体系なのである。

参考文献

1)山崎春栄:スパイス入門、日本食糧新聞社,1973

Abstract

Japanese Traditional Herbal Medicines (Kampo) and Everyday Plants: Roots in Japanese Soil and Culture. vol.6;

Koichiro Tanaka, Toho University School of Medicine, department of Traditional Medicine 2014

Clinical & Functional Nutriology 2014; 6(2)
Spices in tropical-subtropical regions impelled western nations to explore the East, and particularly rare spices ignited fierce competition for aromatic, hot flavors. These spices have been treasured for their culinary and remedial properties.
Spices in the regions grow in warm sunlight. The absorbed heat dwelling inside the plants warms the intestines. Ginger (Zingiber officinale Roscoe), a topical-subtropical spice grows even in the temperate zone and has been popular in Japan from ancient times.
In traditional Eastern medicine (Kampo), ginger’s medical properties vary by its preparation: fresh, drying, roasting, and charring. Drying and roasting gradually transform fresh ginger’s mellow taste into pungent, increasing internal warming and digestive effects, and fade its aroma, decreasing sweat-inducing and detoxifying effects. Charred ginger stops bleeding; the preparation is based on the ancient Yin-Yang Theory from environmental observation. Extreme Yin or Yang, signifying two opposite concepts (particularly movement or stillness), transforms one into the other. According to this theory, charring with fire (Yang) generates a hemostatic effect (Yin).
Tropical-subtropical spices growing in a cradle of bright, warm sunlight give us the sun's blessing. Exalted and transformed by ancient wisdom founded on natural observation, spices have blessed us with healthy life.