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加齢速度と環境因子(生物時間)

はじめに

いろいろな動物の寿命は遺伝的要因によって決まっていることは間違いありません。 しかし、寿命は環境要因によって大きく変化することも事実です。例えば、ショウジョウバエの飼育温度を上げると寿命は短くなります。 高温飼育による寿命短縮は、代謝活性促進による酸素消費量増加に伴って起こるDNA、タンパク質や脂質などの生体高分子の傷害によると考えられています。 しかし、環境温度や食餌制限の寿命に対する効果には酸化などによる傷害分子蓄積では説明しにくい現象がみられます。 例えば、若齢期に高温飼育や食餌制限を短期間実施した場合でも寿命は変化します。 仮に、若齢期の高温飼育がDNA、タンパク質、脂質などに傷害を与えていたとしても、生体はこれらの傷害分子を修復あるいは分解除去し新しい分子を合成する機構を備えているので若齢期で受けた傷害をその後も生涯にわたり引きずり寿命が変化しているとは考えにくいです。
ここでは、飼育温度、食餌制限および冬眠が寿命に与える影響を紹介しながら動物の誕生から死に至るまでの生物時間の流れについて考えて行きます。

キイロショウジョウバエの寿命と環境温度

昆虫、魚類などのような変温動物の寿命は環境温度によって大きく変化します。例えば、キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)の飼育温度を10℃下げると、約10~30℃の範囲で平均寿命、最長寿命ともに約2~3倍延長します(図1)。
図1
図1

キイロショウジョウバエの卵(胚)発生速度は、環境温度が10℃下がると約2~3倍遅くなります。キイロショウジョウバエの羽化から死に至るまで時間、すなわち寿命も卵(胚)発生に要する時間も環境温度に依存する点では両者はよく似ています(図2)。
図2
図2

とても興味深いことは、飼育温度の寿命に対する影響は生涯のどの時期でもみられ、寿命の延長日数は高温(27℃)飼育された期間と逆相関を示します(図3)。
はじめに述べたように、若齢期で高温飼育により傷害が起きたとしても、その影響が生涯続くとは考えにくいです。むしろ、若齢期の高温飼育により生物時間の流れが早まったのかもしれません。
図3
図3

ラットの寿命と食餌制限

食餌制限によりラットやマウスの平均寿命および最長寿命が延長することは古くから知られています。ショウジョウバエ、線虫などの昆虫や魚類などの多くの動物でも食餌制限により寿命延長することから、食餌制限は寿命のメカニズムと密接に関連していると考えられます。
食餌制限に関する実験の多くは、離乳期あるいは成熟期以降から生涯にわたるものですが、若齢期に短期の食餌制限を行っても寿命は延長します。例えば、Yuらは雄ラット(F344)に対し食餌制限(60%給餌)を42日齢から180日齢まで行い、その後自由摂食に戻しても寿命が延長することを報告しています。短期食餌制限の寿命延長効果は、生涯にわたり食餌制限を行ったものと比べ小さいですが、食餌制限期間と寿命(平均寿命および10%生存日数)との間には正相関がみられます。 このことは、食餌制限を若齢期のみ、あるいは若齢期から生涯にわたり長期間行っても食餌制限日数あたりの延命日数は同じであることを示しています(図4)。
図4
図4

食餌制限によりラットの性成熟(膣開口)、マウスの生殖腺機能成熟および生殖可能期間の延長、加齢に伴うアンドロゲン依存の遺伝子発現低下が延長あるいは遅延します。食餌制限には、離乳期から生殖可能時期終了、おそらく死亡するまでの生物時間の経過速度を低下させる効果があるようです。

カレンダー時間と生物時間の流れ

環境温度と食餌制限は、動物の寿命に対して生涯のどの時期でもほぼ同じ効果で寿命に影響を与えているようです。ハムスターの冬眠でも同様な現象がみられます。すなわち、同一環境下では誕生-発育-成熟-老化-死の過程はある決まった速度で進行していることを意味するのかも知れません。前述のキイロショウジョウバエの飼育温度とラットの食餌制限の実験結果を例に取り「カレンダー時間」と「生物時間(50%生存日数または平均寿命=100とした相対値)」との関係を線形モデルで表すと図5のようになます。
例えば、キイロショウジョウバエを生涯21℃と27℃で飼育した時の平均寿命はそれぞれ約100日、約40日であることから、生物時間の経過速度は21℃に比べ27℃で約2.5倍となっていると考えられます(図5左、細い実線直線矢印)。21℃で飼育しているキイロショウジョウバエを若齢期あるいは中年期に27℃に一定期間(3週間)おいた場合は、その期間は27℃飼育の速度で生物時間が経過し、その後21℃に戻すことによりまた元の緩やかな速度にもどると予想されます。すなわち、27℃飼育の短命効果は、飼育された時期が異なっていてもその期間が同じであるので、両者の死亡日は同じ70日となります。同様に、ラットの食餌制限の延命効果についても同じような線形モデルで表すことができます(図5右)。
図5
図5

おわりに

「あの人は若い頃の無理がたたり早死にしたんだよ。」などと耳にすることがある。それは、若い頃の無理が生物時間の経過を速める方向に働いた結果なのかもしれない。すなわち、中高年になってから健全な生活を送ったとしても、その人が生涯健全な生活を送ることで期待される寿命に到達できないことを意味しているのかもしれません(図6参照)。
図6
図6

最後に、飼育温度、食餌制限、冬眠による寿命に対する影響は、酸化傷害や生体防御機構などだけでは簡単に説明できないように思われます。最近、離乳期あるいは成熟期から長期間食餌制限を行った動物と同齢の自由摂食群との比較から得られた結果から食餌制限による寿命延長効果を酸化傷害や生体防御機構と関連付けて議論した報告が多く見られます。 しかし、このような長期にわたる動物実験においては、得られた結果が寿命延長に伴う“遅延”による影響なのか、あるいは寿命とは切り離される環境因子に対する生体の“応答”による影響なのか、あるいはその両方の影響によるのかを慎重に判断する必要があると考えられます。