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東邦大学理学部
生物分子科学科
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研究紹介

 

環境変化が免疫に与える影響を分子レベルで探る

 感染や病気により体中で炎症が起きると、患部では栄養が不足したり酸化状態が亢進したり、細胞内外の環境が変化します。その変化が、免疫反応に及ぼす影響を分子レベルで明らかにするため、mTORC1シスチン/グルタミン酸トランスポーターという2つの分子に着目して実験動物や培養細胞を用いて研究を行っています(図1)。
図1:環境要因は免疫反応に影響を与える

栄養状態を感知するmTORC1と免疫

 酵母からヒトまで高度に保存された酵素であるTORは、哺乳類では、mTORと呼ばれ、複合体であるmTOR complex (mTORC)1とmTORC2として存在します(図2)。mTORC1は、細胞外の栄養状態やエネルギー状態を感知して成長や増殖、代謝を制御し、mTORC2は細胞の生存や運動を制御します。また、mTORC1は免疫細胞の分化や機能の制御に関わっていることが分かってきました(図2)。
図2:mTORC1はmTORを中心とした酵素複合体で環境変化を感知して細胞の様々な機能を制御する
 これまでの研究から、mTORC1は樹状細胞の抗炎症性サイトカインであるインターロイキン(IL)-10の産生を促進する働きをもつこと、そして、mTORC1が機能しない樹状細胞を持つ遺伝子組換えマウスではIL-10産生が減少することで腸炎が悪化することが分かりました(図3)。
 一方、mTORC1が機能しないB細胞を持つマウスでは、B細胞の成長が未熟で、体中のB細胞の数と血液中の抗体の量が激減していました。すなわち、mTORC1は樹状細胞のサイトカイン産生や、B細胞の分化・成長の調節に関わっていることが明らかとなりました。
図3:mTORC1は樹状細胞における抗炎症性サイトカインの産生を促し、炎症の抑制に働く
 現在、私たちは、皮膚の表皮の90%を占め、皮膚免疫反応の中心的役割を担う角化細胞におけるmTORC1の機能について調べています。マウスの角化細胞を皮膚炎誘導物質で刺激すると、GM-CSFやIL-1といった炎症性サイトカインの発現が誘導されますが、mTORC1阻害薬を添加したり細胞培養液中のアミノ酸の量を減らすことでmTORC1の活性を抑制すると、炎症性サイトカインの発現が増加しました。一方、mTORC1の活性を強めると炎症性サイトカインの発現が減少したことから、角化細胞においてアミノ酸-mTORC1シグナルはサイトカイン発現を負に調節していることが考えられました(図4)。
 また、マウスの刺激性接触皮膚炎モデルを用いた実験では、皮膚にアミノ酸溶液を塗布することで皮膚炎の抑制が見られました(図5)。
図4:mTORC1は表皮角化細胞における炎症性サイトカインの産生を抑制し、炎症の抑制に働く
図5:アミノ酸はマウスの刺激性接触皮膚炎を抑制した
 今後、アミノ酸による皮膚炎抑制メカニズムを解析するとともに、アミノ酸が皮膚炎の治療薬として利用できないかを考えています。

抗酸化機構を担うシスチン/グルタミン酸トランスポーターと免疫

 細胞内では、呼吸や炎症刺激によって活性酸素種(ROS)が産生され、過剰に蓄積されると酸化ストレス状態となり、細胞が損傷して炎症の慢性化やがんにつながることが知られています。そのため、細胞はROSを除去する抗酸化機構を備えており、その一つにシスチン/グルタミン酸トランスポーターがあります。シスチン/グルタミン酸トランスポーターはxCTと4F2hcで構成され、細胞外からシスチンを取り込むことで抗酸化作用を持つ還元型グルタチオンの合成に寄与します(図6)。
 xCTの遺伝子は、脾臓などの免疫組織やマクロファージで発現が高いことや、炎症反応によって発現が上昇することから、シスチン/グルタミン酸トランスポーターの炎症を伴う免疫反応への関与が考えられました。
図6:シスチン/グルタミン酸トランスポーターは還元型グルタチオンの合成を介してROSの産生を抑制する
 そこで私たちは、xCTを欠損させてシスチン/グルタミン酸トランスポーターが機能しない遺伝子組換えマウス(xCT KOマウス)を用いて、さまざまな皮膚炎に対する影響を調べることにしました。その結果、野生型と比べてxCT KOマウスでは、刺激性接触皮膚炎やアレルギー性接触皮膚炎が悪化することが明らかとなり、xCT KOマウスの皮膚では、炎症性サイトカイン発現の増加や免疫細胞の増加が観察されました(図7)。
 皮膚炎時に産生されるROSは、炎症性サイトカインの発現を誘導する働きがあることが知られているため、xCT KOマウスではシスチン/グルタミン酸トランスポーターを介した抗酸化機構が働かずにROSが蓄積し、炎症性サイトカイン発現が増加した結果、免疫反応が暴走して炎症が悪化したものと考えられました。
図7:シスチン/グルタミン酸トランスポーターが機能しないxCT KOマウスでは刺激性接触皮膚炎が悪化した
 現在、その詳細なメカニズムを解析しているとともに、アトピー性皮膚炎や乾癬といった他の皮膚炎や、敗血症のような全身性の免疫反応におけるシスチン/グルタミン酸トランスポーターの関与を調べています。

 以上の研究は、共同研究者との成果を含んでいます。

キーワード

mTORC1

 TOR(トア)の正式名称はtarget of rapamycinで、酵母の増殖を抑制する抗生物質rapamycinの標的分子として発見された。
 哺乳類(mammalian)のTORホモログは頭文字mを付けてmTOR(エムトア)と呼ばれ、2つの複合体はそれぞれ、mTORC1(エムトークワン)、mTORC2(エムトークツー)と呼ばれる。

シスチン/グルタミン酸トランスポーター

 シスチン/グルタミン酸トランスポーターは、xCTと他のアミノ酸トランスポーターに共通の4F2hcと2量体を形成し、細胞外シスチンと細胞内グルタミン酸を1:1で交換輸送する。細胞内に取り込まれたシスチンは還元されてシステイン(x2)となる。
 抗酸化物質グルタチオンはシステイン、グルタミン酸、グリシンから成り、その合成はシステインの量に依存する。そのため、細胞内のグルタチオンが減少した場合、シスチン/グルタミン酸トランスポーターによるシステインの供給がグルタチオン合成に重要となる。

サイトカイン

 細胞で作られる低分子タンパク質で、自身もしくは他の細胞に作用して主に免疫調節に関わる物質の総称。ホルモンは臓器・器官同士のコミュニケーションツールとすると、サイトカインは(免疫)細胞同士のコミュニケーションツールと言える。
 炎症を促進させるサイトカインは炎症性サイトカイン、炎症を抑制する抗炎症性サイトカインと呼ぶ。

活性酸素種(ROS)

 活性酸素種(reactive oxygen species; ROS)は、スーパーオキシドアニオン(O2-)や過酸化水素(H2O2)、ヒドロキシラジカル(・OH)などがあり、化学的に不安定で高い反応性を持つため、タンパク質やリン脂質の酸化、DNA損傷を引き起こす。