2008年度

「弱い相互作用と電弱相互作用によるμ粒子の崩壊率の計算」

本論文では、μ粒子の崩壊について議論する。この崩壊は弱い相互作用により起こるのだが、その現象論的なFermi理論では結合定数が次元を持ってしまい、くりこみ不可能な理論になっている。これを解決するために拡張して、弱い相互作用と電磁相互作用を統一したGWSモデル(Glashow-Weinberg-Salam model)が生まれた。この論文ではこれら二つのモデルでμ粒子の崩壊率を計算し具体的に数値を出し比較することで、弱い相互作用と電弱統一理論が粒子の崩壊にどのような違いを生み出すかを議論した。

「電子の磁気モーメントに対する量子電磁気学による補正」

電子はスピンを持ち、これにより磁気モーメントμを持つ。μは粒子の電荷、質量、スピンに依存し、それ以外の要素はランデのg 因子を用いて表される。ディラック方程式に従う粒子はg 因子の値が2である事が予言されるが、実験結果は2からの小さな差異を示す。これは異常磁気モーメントと呼ばれ、量子電磁気学(QED)により説明される。QEDではフェルミオンは自己相互作用を起こし、摂動の高次で様々な相互作用の過程を取り得る。この論文ではこれらを計算する事により、g 因子の実験データを正しく再現出来る事を学ぶ。

「電荷くり込み」

場の量子論を用いて散乱断面積などを摂動計算しようとすると、高次の項で無限大への発散が生じてしまう。この困難を回避するために、実際には観測不可能な量(観測対象の十分近い極限で観測されるような量)にこの発散をくり込むことによって、実際に観測される物理量に発散が現れないようにする。本論文ではQEDにおける電荷のくり込みを学び、Born近似を用いた電荷の相互作用ポテンシャル、電荷分布、有効結合定数の計算を行なった。その結果、電荷の中心に近ければ近いほど電荷の値が無限遠で観測される値よりも大きくなることがわかった。

「ヒッグス機構」

光子のようなゲージ粒子はゲージ対称性を考えるとその質量は0である。しかし弱い相互作用でのゲージ場の質量は約100GeVであることが知られている。そこでこの研究の目的はこの弱い相互作用でのゲージ場が質量を持つ過程を理解することである。この質量の起源は真空の対称性が自発的に破れることに起因していることがわかった。このときGoldston bosonという質量のない粒子が生じ、ゲージ場がその粒子の自由度を食べることによって質量を持つゲージ場のように振舞うことがわかった。

「Kerrブラックホール周辺での粒子の運動」

一般にブラックホールは、それ自身が持つ質量・角運動量・電荷の3つの物理量によってのみ特徴づけられる。本論文では、このうち質量と角運動量を持ったKerrブラックホールを研究対象とし、まずEinsteinの重力場の方程式を解析的に解いてKerr解を導出した。そしてKerrブラックホール周辺において、光子や質量を持った粒子がどのように運動するのかについてそれぞれ数値計算を行って調べた。また、我々から見てKerrブラックホールの裏側から向かってくる光がどのように観測されるのかについて考察した。

「月の軌道に対する多体効果」

地球と月の二体問題においては、月は地球との共通重心のまわりを楕円運動するが、実際は他の天体から様々な力を受けながら運動しており、その形態は非常に複雑である。本稿では月の精密な軌道計算を目的とし、定数変化法を用いて摂動計算を行った。運動を乱す力(摂動力)としては、月の公転に対する他の惑星からの力、および地球の剛体の効果を考慮した。この結果、太陽系内の各天体が月の軌道へ及ぼす摂動力の効果が、定量的に明らかになった。

「密度ゆらぎの非線形成長の数値解析」

現在の宇宙論では、銀河や大規模構造は、宇宙初期に存在した僅かな密度ゆらぎが成長して形成されたと考えられている。ゆらぎの成長は、その値が小さい時には線形近似によって解析的に扱えるが、非線形段階ではそれが困難である。本研究では、非線形段階でのゆらぎの進化をN体シミュレーションによって数値的に計算した。その結果、ゆらぎの成長が線形段階ではその分布は正規分布に従いながら進化するが、非線形段階に入ると、正規分布から徐々に対数正規分布に変化していくことがわかった。また、相関関数や分布関数の変化を調べることによりその原因について考察した。

「非線形成長期における密度ゆらぎの成長」

本研究では、宇宙の大規模構造がどのように形成されたのかを解析するためにN体シミュレーションを行った。その結果、初期ゆらぎの密度分布をガウス分布として与えたときに、非線形成長が進むと密度分布はガウス分布からずれて対数正規分布に近づくことが分かった。また、初期に同じゆらぎの値を持っていた領域の成長を個別に追うと、線形成長段階から値にばらつきが生じはじめ、非線形成長段階に入ると、そのばらつきが対数正規分布に近づくことが分かった。

「強い重力レンズ効果を用いた銀河・銀河団質量の測定」

銀河や銀河団の重力場の影響で、それらの背後にある天体の像が多重像や輪状、弧状に歪んだ像として観測されることがある。これを強い重力レンズ効果という。本研究では、この効果を利用して銀河や銀河団の総質量を測定し、さらに、バリオン成分の質量との差からそれらに付随するダークマターの質量を推定した。その結果、銀河団については、その質量の大半をダークマターが占めていることが分かった。また、銀河については、中心部より周縁部の方がダークマターの割合が大きくなる傾向が見られた。

「超伝導トンネル接合を用いたSISフォトン検出器の評価」

本論文は国立天文台で開発中であるサブミリ波カメラSISCAM-9の感度の向上を 目的としている。このためにはSISフォトン検出器の電流電圧特性を中心に評価し、リーク電流が最小になる環境の理解が必要である。電流電圧特性の磁場依存性の実験から、リーク電流が磁束トラップにより増加することと、交流ジョセフソン電流と検出器回路の共振によりリーク電流が過剰に流れることが明らかになった。SISCAM-9の磁気シールドを強化し、磁束トラップを排除することでリーク電流が最小になる環境を実現できることが分かった。

「サブミリ波カメラ開発 実験システムの立上げおよびSISフォトン検出器と CTIA回路の組合わせ評価」

国立天文台サブミリ波カメラグループは、広視野カメラの開発を行っている。 検出には、超伝導トンネル接合を用いたSISフォトン検出器を使用、2次元アレイ化を実現した。目標は1000素子カメラの開発だが、ノイズ低下や配線数削減のために、低消費電力で小型なGaAs-JFETを用いた極低温(CTIA)回路の開発を進めている。本研究では、低振動クライオスタットに0.3K冷凍器を設置し、極低温実験システムの立上げに成功した。さらには1K以下でGaAs-JFETを初めて評価し、素子と組合わせた評価を行った。