2012年度

「Goldstoneモデルによるヒッグス粒子」

ヒッグス粒子がなぜ物質に質量をもたせるのかを理解するために、場の理論でスカラー場の量子化と、電磁場の量子化を学んできた。そこから電磁相互作用やゲージ理論、自発的な対称性の破れを使い、最終的にヒッグス模型に行き着く。ヒッグス機構でのベクトル場は、複素スカラー場が持っていた2つの自由場のうち1つの質量のないベクトル場を取り込み、質量を獲得する。もう1つは質量をもつ実場としてヒッグススカラー粒子が残ることがわかり、そこでヒッグス粒子が質量をもたせるという仕組みが分かった。

「Higgs機構とHiggs粒子における散乱断面積の計算」

現在CERNでの実験により「Higgs粒子らしき粒子」の発見が発表されたが、まだはっきりとした結果は出てはいない。標準理論の正しさをさらに高めるために「Higgs粒子」の確認が必要である。本論文ではHiggs粒子の理論的な理解を得るためにHiggsモデルで自発的対称性の破れの機構を調べる。その結果、Higgs粒子がどのようにして質量を与えているのかが分かった。さらに、本論文のHiggsモデルを利用してHiggs粒子の生成・反応の散乱断面積の計算を行うことで、散乱の様子が分かった。

「ブラックホールに落ちてゆく粒子の運動」

ブラックホールは一般相対性理論でのアインシュタイン方程式の解として得られる。特に 球対称ブラックホールは、シュバルツシルド計量によって与えられる曲がった時空となる。ブラックホールは遠方からみると質量のあるニュートン重力源のように見えるが、ブラックホールの半径(シュバルツシルド半径)に近づくと、大きく異なってくる。ここではシュバルツシルドブラックホールの性質を明らかにするために、球対称ブラックホールへまっすぐ落下してゆく粒子の運動方程式を解き、ニュートン重力で落下する場合と比較し、議論する。

「強い重力レンズ効果を用いたハッブル定数の推定」

一般相対論から導かれる強い重力レンズ効果によって多重像が形成された場合、一般に像ごとの光の到着時間は異なる。これを時間遅延効果という。各像間の時間差は、各天体間の宇宙論的距離と重力レンズ天体の密度分布に依存する。本研究では、2個の像が現れている系について、レンズ天体の密度分布を特異等温球と仮定し、ハッブル定数を推定した。その結果、[km/s/Mpc]を得た。また、密度分布への強い依存性があることも分かった。したがって、より正確な測定のために、複雑な構造をしている銀河・銀河団の密度分布を、詳細に解析する必要があると考えられる。

「重力レンズ統計を用いたダークエネルギーへの制限」

近年、Ia型超新星爆発の観測から宇宙の加速膨張が示唆されている。この加速は未知のエネルギーが引き起こしていると考えられていて、ダークエネルギーと呼ばれている。本論文では、強い重力レンズ効果が起こる確率を計算し、ダークエネルギーの量を求めた。それにより、超新星爆発を用いた方法とは独立した制限が得られた。結果として、曲率のある一般の宇宙についてはダークエネルギーの下限が得られた。また、平坦な宇宙に対しては宇宙のエネルギーの約70%がダークエネルギーで占められていることが分かった。

「宇宙の構造形成におけるダークマターの速度分布の進化」

宇宙の大規模構造や銀河・銀河団等は、宇宙初期に存在した僅かな密度揺らぎが成長して形成されたと考えられている。その過程で、ダークマターの分布は一定の平衡状態へ近づいていくと考えられているが、実際には外縁部における物質の降着が続くため、孤立系とは大きく状況が異なってくる。本研究では重力多体シミュレーションを用いて、銀河団程度の大きさの天体中でのダークマターの速度分布の進化を調べた。その結果、速度分布は徐々にマクスウェル分布に近づきはするが、宇宙年齢に達しても平衡との有意なずれが存在すると分かった。

「SISフォトン検出器の安定動作条件の確立」

現在、国立天文台テラヘルツグループではASTE望遠鏡に搭載するサブミリ波カメラの開発を行っている。本研究ではSISフォトン検出器の電流電圧特性をデュワーとASTEに搭載するクライオスタットの二つで評価し、ASTEクライオスタットの磁場特性の向上を行うことが目的である。バイアス電圧を補正することでこれまでよりも正確に電流電圧特性を測定することができた。また、低リークの読み出しを実現するためにローパスフィルターを入れて、新たな読み出し回路を作成することで実験の安定化も図ることができた。

「SIS光子検出器と多素子読み出し回路の組み合わせ実験の評価と改良」

SIS光子検出器は、宇宙から来るサブミリ波をトンネル効果を利用して光電流として読み出す。本研究では0.8K以下の極低温下で、検出器と光電流を電圧にして読み出す電荷積分型読み出し回路 (AC-CTIA)を組み合わせて実験をする。そして、光を入れないときと光を入れたときの振る舞いを比較評価することが目的である。先行研究で課題とされていたSISの保護抵抗の変更により、印加磁場の変化の影響がより正確にわかると期待される。また、冷却性能向上のため冷却ステージに敷く銅板の設計についても行った。