2015年度

「銀河団外縁部における質量降着」

最近の研究でN体シミュレーションの結果を用いてダークマターハロー周辺の解析を行った結果、密度分布の勾配が急激に変化する位置(‘Splashback’半径)が確認された。先行研究では、複数の銀河団の平均的な密度分布における、’Splashback’半径と質量降着率の関係を調べていた。本研究では、個々の銀河団で先行研究と同様の結果が得られるのかを確かめた。結果、’Splashback’半径の存在は確認できたが、先行研究で得られたような質量降着率との相関関係は得られなかった。原因の一つは個々の銀河団で見た場合、’Splashback’半径の位置に大きなばらつきがあるためと考えられる。

「ダークマターの重力下でのバリオン密度揺らぎの時間発展」

宇宙の構造形成において、ダークマターの重力は重要な役割を持つ。バリオンとダークマターには存在量に大きな差があるためである。本研究では、バリオンとダークマターそれぞれの密度ゆらぎの時間発展を、互いの重力相互作用を考慮し、数値計算を用いて整合的に調べた。その結果、密度揺らぎが成長するための必要条件として解析的に導かれるジーンズ質量より、小さい質量スケールの密度揺らぎでも成長が可能であることが確認された。また、ダークマターとバリオンの速度差も考慮した揺らぎの発展についても考察した。

「光子計数型テラヘルツ干渉計の開発に向けて」

本研究は、テラヘルツ帯(300GHz~10THz)の天体観測において、強度干渉計を発展させた光子計数型テラヘルツ干渉計の実現に向けた基礎実験を目的としている。光子計数型テラヘルツ干渉計が広帯域(観測できる周波数の範囲が広い)かつ高感度、高角度分解能を実現し得る干渉計であることを紹介する。そして、SIS検出器を用いて光子計数を実現することを計画している。SIS検出器は0.8K以下に冷却することでリーク電流が減少し、ショット雑音が最小となる。実験では、この冷却に用いるヘリウム4吸着型0.8K冷凍器の評価を行った。

「REISSNER-NORTSTROM ブラックホール周りの粒子の軌道について」

ライスナー・ノルドシュトルム解は、電荷を持つ球対称ブラックホール時空を表す。本論文では、ライスナー・ノルドシュトルム解を導出し、ブラックホール周りの粒子の軌道を数値計算により求め、制動放射によるポインティングフラックスと光度を計算し、それらの電荷依存性を調べた。その結果、粒子は電荷の増加に依存して、よりシュバルツシルト半径に近づく軌道を取り、光度が増加することが分かった。さらに、銀河中心のブラックホール候補天体 SgrA*が電荷を持っているとした場合の地球に入射するフラックスの違いを調べた。

「地球の自転による相対論的効果のGPSの補正」

GPS衛星軌道の特殊及び一般相対論的補正について調べた。重力源が非球対称である場合や圧力や回転による相対論的効果を系統的に取り入れるためにポストニュートン展開法を採用してアインシュタイン方程式を近似的に解き、時空計量を求めた。得られた時空計量の下でラグランジアンを求め、GPS衛星の運動方程式を導き、球対称で回転と圧力のない場合には従来のシュワルツシルト計量から求めた運動方程式と一致することを確かめた。回転のある場合にその補正の影響を見積もり、地球以外の天体の場合についてもその影響を調べた。

「レンズ天体の質量分布が強い重力レンズ効果に与える影響」

銀河や銀河団の重力場によってそれらの背後にあるクエーサーなどの天体は環状や多重像等の像が現れることがある。これを強い重力レンズ効果と呼ぶ。強い重力レンズ効果による像の位置や数はレンズ天体の質量分布に依存している。本研究ではレンズ天体の密度分布や形状を変化させることで像にどのような変化が生じるのか調べた。その結果、密度分布のべき指数を1割程度変化させるとEinstein半径が1割程度変化し、さらに増光率も変化することがわかった。また、光源がEinstein半径内にある時、レンズ天体の形状を球対称から楕円度の大きい楕円へ変更した場合に像の個数は増えることがわかった。

「ダークマターハロー外縁部での速度分布」

最近のシミュレーションを用いたダークマターハローの研究により、多数のハローを平均した際に、密度プロファイルの傾きが急激に変化する場(Splashback Radiusと呼ばれる)がハローの境界として示唆されている。本研究では、まず、この半径の存在を個々のハローでも確認することができた。また、この半径付近では、特にハローの粒子の動径方向の平均速度が、急激に変化することが分かった。次に、この半径内外の速度分布を調べたところ、内側はほぼマクスウェル分布に従うが、外側では大きくずれることが確認できた。よってSplashback Radiusは速度分布の観点からも、ハローの境界としてみなすことができると考えられる。

「連星中性子星の合体による重力波の放出」

重力波とは質量をもつ物体の加速度運動により生じる光速で伝わる波である。重力波の直接検出は従来の観測手段では得ることのできない宇宙の情報をもたらしうる。本研究では、アインシュタイン方程式を近似的に解き、重力波生成の公式を導いた。その応用として、もっとも有望な重力波源である連星中性子星の合体に注目し、その形成過程を調べ、重力波放出による反作用を受けた軌道の進化を円軌道・楕円軌道の場合に導き、その際の重力波の波形を求めた。一般相対論の高次の補正を含めた重力波の波形についても考察し、その影響を調べた。

「一般相対論を用いた球対称星の構造の数値的解析」

白色矮星の構造を一般相対論の枠組みで調べた。一般相対論的重力平衡の式を用い、相対論的電子の縮退圧が卓越するポリトロープ型状態方程式を採用して構造を数値的に解いた。また比較のためにニュートン重力の場合も計算した。いずれの場合でも白色矮星の上限質量であるChandrasekhar質量を得る事ができたが、両者の値の間で差が生じ、また中心密度に対する質量の依存性が異なった。そこで一般相対論的重力を考慮した場合の影響を考察した。

「強い重力レンズ効果によるダークエネルギーへの制限」

超新星爆発や宇宙マイクロ波背景輻射などの観測によってダークエネルギーが要因とされる宇宙の加速膨張が示唆されている。本論文では、強い重力レンズ効果の観測データを用いてダークエネルギーへの制限を導いた。その結果、強い重力レンズ効果を引き起こすレンズ天体の密度分布を特異等温球と近似した時、平坦な宇宙では宇宙の全エネルギーの約80%がダークエネルギーで占められ、ダークエネルギーは宇宙定数とみなせることが示唆された。また、曲率を持つ宇宙ではダークエネルギーの量に対する下限値が得られた。ただし、これらの結果は、レンズ天体の密度分布に強く依存する。