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2016年度

 

「銀河団ガスの運動と共鳴散乱」

 銀河団は大きさが数百万光年にも及ぶ宇宙最大の天体で、その構成要素の一つに107-108K程度の高階電離ガスがある。ガスからはX線が放射され、その放射過程は主に、制動放射と重元素イオンによる輝線放射である。また銀河団内では、ガス粒子による運動が起きていると考えられているが、過去の観測器のエネルギー分解能が足りないことから、ガス運動の大きさについてはよくわかっていなかった。2016年に打ち上げられたX線観測衛星ひとみにより、初めて重元素イオンの輝線幅とドップラーシフトから、直接ガス運動の情報が得られた(The Hitomi collaboration,2016, Nature,535 117-121)。ただし、ここで得られたガス運動の情報はペルセウス銀河団中心部のものであり、外縁部での直接観測は行われていない。しかしひとみ衛星で得た輝線に対し共鳴散乱を考えることで、中心部以外のガス運動の情報も引き出せる可能性がある。通常銀河団ガスは光学的に薄いが、ヘリウム型の鉄イオンの共鳴線に対しては厚くなりうる。この光学的厚さは、視線上に存在するガスの速度に依存し変化することから、共鳴散乱は銀河団中心部に限らず外縁部にかけてのガス運動の情報を得ることのできる貴重な現象である。 本研究では、ひとみ衛星の観測結果を説明できるような、銀河団中心部から視線上にかけて存在するガスの運動について、共鳴散乱を考慮しつつ調べることを目的とする。そのために、ヘリウム型の鉄イオンの共鳴線に対して、共鳴散乱の影響を考えた輻射輸送方程式を解いた。その中でガス運動の効果は、バルク運動は輝線にずれを、熱運動と乱流運動は輝線幅が広がるようにガウス分布を仮定して与えた。さらにペルセウス銀河団に対して観測されているガス密度、温度、重元素量の空間分布を考慮した上で、ヘリウム型の鉄イオンの輝線のうち、共鳴散乱の影響を受ける共鳴線と、影響を無視できる禁制線とのフラックス比から、共鳴散乱が及ぼす影響を調べた。以上の各ガス運動の与える共鳴散乱への影響から、ひとみ衛星で得られた共鳴線と禁制線とのフラックス比2.48±0.16を満たす、ガス運動の大きさとその生じている範囲について考えた。 ガス運動が熱運動のみであった場合には共鳴散乱の影響は顕著に輝線に現れるが、そこに乱流運動の効果を加えることによって、影響は小さくなる。これは、ガス内部の乱流運動によってエネルギーがずれることで、散乱が起こりにくい状態になっているためである。共鳴線と禁制線のフラックス比は、まず共鳴散乱を無視した場合は3.10となり、ひとみ衛星の結果とは合わない。一方で共鳴散乱を考慮した場合においても、ガスの熱運動のみを考えると2.07とフラックス比は共鳴散乱の影響で輝線が鈍ることから減少するが、ひとみ衛星の結果を満たさない。ここで、ひとみ衛星ではガス中心部に164km/s程度の乱流運動が生じていることが示唆されている。仮に銀河団全体に164km/sの乱流運動が生じている場合を考えるとフラックス比は2.51となり、ひとみ衛星での結果を満たすようになる。つまり164km/s程の乱流が銀河団全体に発生している可能性があることがわかった。さらにガス速度がガス空間に依存する場合でのフラックス比を調べ、銀河団ガスの視線上のガス運動についても考察した。