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2017年度

 

「連星中性子星合体による重力波の理論モデルにおける解析」

 重力波とはアインシュタインの一般相対性理論が予言する、質量(エネルギー)をもつ物体の加速度運動により生じる光速で伝わる時空のさざ波である。これまで連星パルサーの観測による間接的な証拠はあったものの、重力波の直接検出はされていなかった。しかし、2015年9月15日にアメリカの重力波検出器LIGOが連星ブラックホール合体による重力波の直接観測に成功し、2017年8月17日には連星中性子星合体の重力波の直接観測に成功した。これらのイベントは、それぞれGW150914及びGW170817と名付けられた。
 重力波の直接観測によってこれまでの観測手段では知ることのできない宇宙の最深部や天体の中心領域の情報を得ることができる。特に中性子星の質量や構造などの情報から、いまだ明らかとなっていない中性子星物質の状態方程式に制限をつけることができるようになると期待されており、天文学や宇宙物理学の領域のみならず、原子核物理や素粒子物理など幅広い分野の発展につながる可能性を秘めている。実際、GW170817では中性子星の潮汐変形率Λに対して、Λ≤800という上限が与えられた。しかし、この上限では状態方程式の決定には不十分であるため、より精密な潮汐変形率Λの決定に向けて研究を行った。
 中性子星物質の状態方程式に制限をつけるには、中性子星の質量と中性子星の構造の情報が必要である。そこで、本研究では連星中性子星合体による重力波に注目する。連星中性子星合体による重力波はインスパイラル、潮汐変形、合体・振動の3つのフェイズに分かれ、インスパイラルからはポストニュートン近似による重力波の波形によって中性子星の質量を得ることができる。潮汐変形のフェイズからは潮汐変形率Λの情報を得ることができる。この潮汐変形率Λの情報を得るには、従来のポストニュートン近似による重力波の波形ではなく、数値相対論シミュレーションで得られた重力波の波形から作られた重力波の理論モデルを用いて解析を行う。
 まずこの理論モデルには適用範囲があり、Matched Filter法によってSignal to noise ratioを求めるにあたって、できるだけ大きな周波数の範囲内で積分するには周波数積分範囲をどのように取るべきか調べた。
 次に、決定した周波数積分範囲のもと、理論モデルとポストニュートン近似によるモデルの比較を行ったところ、ポストニュートン近似によるモデルでは潮汐変形率Λを決定することはできず、潮汐変形率Λの決定には理論モデルが必須であることがわかった。
 最後に、状態方程式の区別可能性について調べた。状態方程式を区別する際には、潮汐変形率Λの効果が効く周波数の積分範囲の決定がより重要となる。従って周波数の積分範囲によって状態方程式の区別可能性はどのように影響を受けるかについて考察した。そして、観測モデルを用いて疑似観測を行い状態方程式の区別可能性について定量的に調べた。

「銀河団ガスから放射される鉄輝線に対する共鳴散乱の定量的評価」

 銀河団の総質量は、銀河が数%、銀河団ガスが十数%、残りはダークマターが占めている。その中で銀河団ガスは希薄な高階電離の熱的プラズマである。銀河団ガスは、トムソン散乱に対しては光学的に薄いが、一部の重元素の共鳴線に対しては、光学的に厚くなり得るため、共鳴散乱の影響が大きくなることが示唆されていた。共鳴散乱は、銀河団で最も明るい鉄イオンによる輝線のフラックスや形状を変える。この変化の度合いは、ガスの柱密度やガスの速度に依存する。この変化の度合いを調べることによりガス運動などの情報を得ることができる。2016年に打ち上げられたX線観測衛星Hitomiは、銀河団ガスからの放射スペクトルを初めて精密に分光し、共鳴散乱の兆候を得た。しかしながら、データの解釈においては、詳細な計算との比較が必要となる。
 そこで本研究では、銀河団ガスの主要な輝線に対して、放射、吸収、再放出を考慮した輻射輸送方程式を解き、詳細な計算を行った。その結果、共鳴散乱を考慮した場合には、Hitomiの観測で得られたFexxvHeαの共鳴線と禁制線のフラックス比を再現することがわかった。観測されるフラックス比をよく再現する速度分散は、観測された輝線幅から示唆される速度分散と整合した。また本研究では、Hitomiで観測されたFexxvHeαとFexxvHeβの比に対しても同様な調査を行ったが、観測されたフラックス比を再現することができなかった。
 現在Hitomiは運用が終了しているが、今後Hitomi代替機や欧州で開発されているAthenaなどによって、将来においても高エネルギー分解能のX線観測が期待される。そこで将来的な観測を念頭に置き、いくつかの考察を行った。第一に、Hitomiでは銀河団の外縁部の観測が行われていない。そこで銀河団の外縁部を観測した場合を考えると、光学的に薄い場合のフラックスよりも、共鳴散乱を考慮した場合のフラックスは、大きくなることがわかった。第二に、遠方銀河団を観測した際に、望遠鏡の空間分解能が足りないことが想定される。そのような遠方銀河団を観測した場合、銀河団全体からのフラックスを観測することになり、吸収量と再放出量が同等になるため、光学的に薄い場合と共鳴散乱を考慮した場合のフラックスの変化は、ほぼ等しいことがわかった。第三に、放射時点においてガウス分布をしていた輝線が共鳴散乱を受けた場合、フラックスと半値全幅は変化するが、輝線の形状は、近似的にガウス分布を保ち続けることがわかった。