#11 着床遅延という不思議なこと

最近、北海道で、OSO18というコードネームで呼ばれているクマのことをご存じでしょうか。
沢山の家畜(牛)が被害に遭っているそうですが、中々、害獣駆除できていないようですね。
ところで、クマをはじめとした多くの動物には、ヒトとは違った不思議なことが起きています。

着床とは

着床とは、胚盤胞(はいばんほう)が子宮の内膜上皮へ接着・侵入・結合し、胎盤となる絨毛構造を作り上げる一連の現象のことを言います。
卵巣で排卵された卵子は、卵管の先端にある卵管采(らんかんさい)というラッパ状の構造から卵管内に取り込まれ、そこに子宮内から卵管まで泳いできた精子と出会うことで受精卵となります。
受精卵は、細胞分裂を繰りかえしながら発育し、受精後6〜7日に胚盤胞という形になって着床します(画像参照)。
つまり、ヒトの場合、性行為によって受精が起きれば、約一週間で着床に至ります(着床せずに終わることもあります)。
ヒトは一年中、妊娠が可能です。
あたり前と思うかもしれませんが、多くの動物には発情期があり、一年にある決まった季節しか妊娠することはできません。
そう考えると、ある決まった季節に、ある動物たちの小さな赤ちゃんが産まれるのは不思議ではありません。

着床遅延

 さて、クマの話に戻しましょう。
クマは初夏から夏にかけて交尾をします。だいたい6月〜8月と言われています。
ただ、実際にクマが小熊をつれて冬眠する巣穴から出てくるのは春です。
小熊は、実際には動物園などを除けば、冬眠中に産まれます。
冬眠と言っても、人間のように熟睡するわけではなく、物音に気づく程度の眠りだそうです。
いずれにしても、巣穴にこもっている冬に、お母さんクマが、400gぐらいの赤ちゃんを産みます。
6月から半年かけて400gとはなんと発育の遅い胎児なんだと思っていたら、そこが大きな間違いでした。
クマは、交尾をして受精卵ができても、それが子宮の中にとどまって何か月も保存されているそうです。
そして、冬ごもり(冬眠)のために秋にせっせと栄養をとって体内に脂肪や糖分を蓄積すると、止まっていた受精卵がはじめて着床して胎児(動物の場合は、胎仔 たいし と書きます)になるそうです。

受精卵の保存

この着床遅延という現象、クマにとっては、冬眠中に敵がいない中で出産できることで利点がありますし、秋に十分な栄養がとれない場合は、着床しない場合もあるようで、種の成長戦略としてはとても優れた方法だと思います。
なぜ、受精卵が発育を停止して、着床しないのか、そのメカニズムはわかっていませんが、もし解明されれば、ヒトでも大きな影響があります。
現在、不妊症に対する生殖補助医療技術では、体外受精した受精卵を培養し、多くの場合、胚盤胞の段階で凍結保存することができます。
時期をみて、とりだしてとかせば(融解)、子宮内に移植できます。
ただ、今の技術では、クマのように「常温」で保存することはできません。

進化によって失った着床遅延

これは私の勝手な想像です。
なぜ、ヒトは着床遅延が起きないのか。
おそらく、ヒトは、道具を発明し、火を使うようになり、水を利用し、寒さや暑さをしのぐ知恵をつけてきました。そうすると、季節を選んで出産する必要もありません。
つまり、ある一定の季節に妊娠する必要も無いので、一年中、いつでも赤ちゃんが生まれます。
また、外敵から身を守ることができるようになると、月経という体外に血液などの成分を排出することが「安全」になったのではないかと思います。
月経が来るとということは、子宮内に着床遅延してとどまっている受精卵は、流れ出ることになりますので、自然とそういうことができる受精卵は不要になったのではないか、と思っています。
いずれにしても、いろんな動物の妊娠や出産の様子を知ることは、ヒトの妊娠や出産を考える上でもとても面白いなと思っています。

投稿者:教授

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