#2 夜と霧

たしか19歳の時だったと思います。地方の広大なキャンパスは見渡せば空が拡がり、夜には星を眺めることができました。そんなキャンパスに学生会館が新しく建ち、その中に小さな書店が入りました。
丸善です。
丸善といえば、日本橋や丸の内に行けば、ない本はないとまで思えるほど、豊富に書籍が揃っていますが、その書店はとてもこぢんまりとしたものでした。
大学内の建物にあったため、一般的な雑誌や漫画はなく、少し”お堅い”書物が集められており、多分10畳ぐらいしかなかったんじゃないか、と想像します。
そこにふらふらと立ち寄って出会った本が、「夜と霧」でした。

「夜と霧」は1956年にこの世に発表された精神医学者のヴィクトール・E・フランクルの著作で、「或る心理学者の強制収容所体験」という表題でも世界的に著明な作品です。

凄惨な収容所での体験

「心理学者、強制収容所を体験する」という書き出しとともに、フランクル氏の語りが始まる。
本を手に取り、ページを開き、この文言を目にした瞬間に、私はとらわれるように目を追い始めた、と記憶しています。
第二次大戦中にナチスドイツの手によって強制収容所に送り込まれ死に追いやられたユダヤ人の数はとてつもないものです。
フランクル氏は、まさに体験記としてこの本を執筆し、しかも心理学観点から客観的に考察を行っています。
詳しいことは是非読んでみてください。

是非とも読んで欲しい本のひとつ

私がこの本に出会ったのは初版から三十年あまりが経過した頃ですが、当時でも今でも、是非とも読んで欲しい書物として常に上位にランクします。
単なる体験記のみならず、人が人に及ぼす想像を絶する行為とその渦中におかれた人々の心理描写は、私が教えている医学生のみならず多くの人に読んで欲しいと思っています。
「どんな本をお勧めしますか」
と問われたら、まず最初に挙げるでしょうし、これまでも多くの機会で推薦してきました。
初版の霧山訳、そして2000年代になってからの池田訳ともに、訳語に込められた作者の思いを表しています。

偉大なる医学者が勧めた

この本に出会って数年後、臨床医学の講義を受けていて印象的な出来事がありました。
当時の山口大学第一内科(消化器内科)の教授は竹本忠良先生といって我が国の内視鏡の発展に多大なる功績をのこした先生ですが、その先生の最終講義、つまり退任前の最後の講義で、先生は自分の医師・医学者としての遍歴とともに、この書物を紹介し、「医学だけを勉強するような医者になるな」というメッセージで語られました。
その時、この本に出会ってよかったな、と嬉しく思ったものです。

投稿者:教授

トップページに戻る

Top