#18 知られざる巨人(1)

知られざる巨人(1

今年はうさぎ年ですので、ウサギにまつわるお話しです。
今でこそあたりまえに使用できる妊娠検査薬ですが、その原理となったヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)の発見に繫がる偉大なる研究はおよそ100年前の日本で行われました。

廣瀬豊一という医学者

廣瀬豊一という医学者(産婦人科医)の名前を知っている医師は多くないと思います。
最近の医学部で使用される教科書には、あまり医学の歴史が記載されなくなっている傾向があると感じます。
私が学んだ時代には、〇〇が□□を発見し、などといった記載が多く認められました。
最近の教科書は、より実務的な内容になってきたため、過去の物語への字数を避ける傾向にあるのでしょう。
ただ、この医学者の発見は、(当時のことは知りませんが)私にとってはノーベル賞級の発見だったのではと思います。

廣瀬豊一博士とは?

廣瀬豊一博士は、大正3年(1914年)大阪府立高等医学校(現、大阪大学医学部)に卒業し、その後、同産科婦人科学教室に入局します。
大正5年(1916年)~大正8年(1919年)、30歳前後の頃に、東京帝国大学医学部(現、東京大学医学部)の病理学の大家であった山際勝三郎教授のもとで研究を行っています。
山際勝三郎博士は、1915年には世界ではじめて化学物質による人工癌の発生に成功した病理学者で、当時は発生原因が不明であった癌に対して、ひたすらウサギの耳にコールタールを塗擦し続ける地道な作業を3年以上に渡っておこない人工癌の発生に成功した人物です。
山際博士のことは、学生時代に読んだ、柳田邦男著「ガン回廊の朝」の中にも記述があったので記憶していたのですが、まさか癌研究の病理学者のもとで、廣瀬博士が妊娠反応の研究を行っていたというのは驚きでした。
(そのあたりのいきさつの詳細は大阪大学教授だった倉知敬一氏の日本内分泌会誌(53号,1218~1225ページ.1977年)をご参照下さい)
廣瀬豊一博士の画像は以下のサイトから引用しました。
https://seishikan-dousoukai.com/archive/jinmeiroku/hirose-toyoichi/hirose-toyoichi.htm

妊娠が維持されるために必要な黄体ホルモン

受精卵が子宮内に着床して発育していく段階において、ごく初期には、黄体ホルモンであるプロゲステロンが必要になります。
もし、プロゲステロンがなければ、着床した受精卵はその場での発育が維持できなくなり流産に至ります。
では、妊娠すると増加するプロゲステロンはどうして産生さえるのでしょうか。
その働きを行うのが、ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)です。
hCGの
受精卵から分泌されるhCGが、卵巣の黄体を刺激してプロゲステロンの分泌をうながすことで、受精卵が維持されるのです。
このように、受精卵は自らを発育させるための卵巣への刺激を行っています。
ちなみに、なぜ「黄体」というかというと、卵巣を割ってみたら、まさに黄色の組織が現れるからです。

 受精卵が子宮内に着床して発育していく段階において、ごく初期には、黄体ホルモンであるプロゲステロンが必要になります。

もし、プロゲステロンがなければ、着床した受精卵はその場での発育が維持できなくなり流産に至ります。
では、妊娠すると増加するプロゲステロンはどうして産生さえるのでしょうか。
その働きを行うのが、ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)です。
hCGのことについては、以前に書いた記事 #4 妊娠検査薬ー本当に妊娠がわかる? #5 妊娠検査薬ー今昔物語 をご参照下さい。
受精卵から分泌されるhCGが、卵巣の黄体を刺激してプロゲステロンの分泌をうながすことで、受精卵が維持されるのです。
このように、受精卵は自らを発育させるための卵巣への刺激を行っています。
ちなみに、なぜ「黄体」というかというと、卵巣を割ってみたら、まさに黄色の組織が現れるからです。

そもそもの目的とは違う発見

廣瀬博士は、癌発生の研究者である山際博士の下で研究をしている中で、産婦人科医らしく「なぜ妊娠悪阻(にんしんおそ)は起きるのか」という疑問を持ったらしいです。
妊娠悪阻とはつわりがひどくなったものです。
廣瀬博士は、胎盤をすりつぶして乳剤にしウサギに投与したところ、ウサギの卵巣に黄体ができることを発見しました。
別の目的で飼育されていたウサギを勝手に使用したのですから、懲戒免職ものだったと思いますが、山際博士は、その発見を評価しその後の研究を支援したそうです。
このあたりは、偉大な医学者の慧眼ですよね。
この1920年の研究成果発表「家兎卵巣黄体の人工的発生に就て」(大正婦人科学会第12回例会[日婦会誌15]が、後に世界的に評価されたということです。
つまり、廣瀬博士が行った胎盤乳剤の中に、その後発見されたhCGが含まれていたということであり、「胎盤の中に何かわからないけど黄体を形成する物質がある」ということを世界に先駆けて発見したということになります。
勝手な言い分ですが、当時のこの発見を英文論文にしていたらノーベル賞だったかもと思っています。
日頃から日常診療であたりまえのようにつかっている妊娠検査薬ですが、その開発のずっと以前には、廣瀬博士の努力があったんだと思うと、検査薬一つにもある種のおもむきが感じられるのは私だけでしょうか。

投稿者:教授

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