検査を通して患者さんのクオリティ・オブ・ライフの向上に貢献する臨床検査部

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「糞便移植」

現在、心臓や腎臓、眼球、皮膚・・など様々な移植が行われており、移植により多くの患者さんが救われています。では、「糞便移植」はご存じでしょうか?中々耳にしない移植だとは思いますが、潰瘍性大腸炎の新たな治療法になるのではないか、と注目されています。糞便移植とは、健康な人の便(微生物叢)を身体に取り込むことで腸内環境を変え、その変化によって症状を改善することを目的とする治療方法です。欧米諸国では既に通常医療として行われています。
潰瘍性大腸炎は大腸の粘膜にびらん(ただれ)や潰瘍ができる大腸の炎症性疾患で、症状は主に下痢や血便、持続的な腹痛です。また、重症化すると発熱や体重の減少、貧血などの全身症状が引き起こされます。更に、合併症として腸管以外の、皮膚や関節、また眼などに症状が出現するケースもあります。病変は直腸から連続的に、そして上行性(口側)に広がる性質があり、最大で直腸から結腸全体へと拡がります。国内の患者数は約16万人で、発症率に性差はなく、年齢層も30歳代をピークに20~50歳代と広く分布しています。こういった特徴を持つ潰瘍性大腸炎ですが、疾患の原因は未だ明らかにはなっていません。これまでに腸内細菌の関与や外敵から身を守る免疫機構が正常に働かなくなる免疫異常が原因と考えられてきましたが、それらも確実ではありません。その為、現在完治の可能な治療法はないとされています。薬物療法や体外循環による血液中から血球成分を取り除く血球成分除去療法などの内科的治療法、手術による外科的治療法が確立されてはいますが、これらはすべて寛解(病態が落ち着くこと)を目的とした治療法となっています。
近年、新たに潰瘍性大腸炎の治療に効果があると言われているのが「糞便移植」です。日本ではまだ研究段階の治療法ですが、糞便移植の歴史は長く、4世紀に中国で食中毒のため急性の下痢症状を起こした患者に健康な人の便(イエロースープ)を投与したという記録もあります。米国では既に抗生物質の効かない腸炎である、クロストリジウムディフィシル感染症(Clostridium difficile infection;CDI、以下CDI)の有効な治療法として用いられています。CDIは病名のとおりクロストリジムディフィシルという微生物に感染することで起こります。この細菌は普段は大人しい日和見菌ですが、抗生剤の長期投与によって免疫機能が低下することで難治性腸炎であるCDIを生じるのです。日本ではあまり浸透していませんが、米国では年間50万人が発症しているとされ、内約5万人の方が亡くなっています。そして現在、CDIに効果的な治療法とされる糞便移植が潰瘍性大腸炎にも有効なのではないかと考えられています。
日本のある病院ではドナー(便の提供者)の対象を20歳以上とし、太りすぎていなく、患者の2親等以内の家族または配偶者と定め研究を進めています。医学的な観点からすれば健康なドナーであれば家族以外のものであっても問題はないと考えられています。しかし、潰瘍性大腸炎にストレスは大敵であり、少しでも患者さんの負担を減らすために家族のものを利用しているそうです。肝炎やHIVなどの感染予防のため血液検査のほか、健康状態や既往歴、生活歴を確認し、最終的にドナーに適応可能かを判断します。その後ドナーには100gほど便を提供してもらい、生理食塩水で便を溶かしフィルターでろ過した液体を内視鏡を用いて大腸に移植するという、簡易的な方法で行われます。薬剤による副作用もなく、便を移植するだけなのでコストも時間もあまりかからないという長所がありますが、移植による副作用も少数ながら報告されています。内容としては、下痢や腹痛症状、肥満体型のドナーからの移植後に太ってしまうケースなどです。また、認知度も低いため糞便移植に対し抵抗感がある患者さんも少なくはないでしょう。
研究段階で未だ課題の多い治療法ではありますが、これまで完治できなかった疾患の治療に望みが出たことは確かです。潰瘍性大腸炎だけでなく遺伝疾患であるクローン病や腸管ベーチェットにも効果があるのではないか、とも言われており、糞便移植は今後の展開に期待の持てる治療法だと思います。

血液検査室 木場奈美恵