検査を通して患者さんのクオリティ・オブ・ライフの向上に貢献する臨床検査部

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「Nightmare bacteria(悪夢の細菌)」-悪夢をもたらす恐怖の細菌-

「悪夢の細菌」という言葉を聞いた事はあるでしょうか。おなかの中にいる菌の仲間の内、カルバペネムという抗菌薬が効かない菌(カルバペネム耐性腸内細菌科細菌Carbapenem-resistant Enterobacteriacae:英語の頭文字を取ってCREと呼ばれます)の事です。

2003年にアメリカの1つの州で報告されて以来、2013年に至るまでに46もの州で報告事例が相次ぎ、米疾病予防センターがその危険性から「Nightmare bacteria(悪夢の細菌)」と名付け、世界中に対して警鐘を鳴らしています。

【第一の悪夢】 ~ありとあらゆる抗菌薬が効かない?!~

‘カルバペネム’というのは抗菌薬の一種で、敗血症や髄膜炎といった命に関わる感染症にかかった場合に用いられる切り札的存在の薬です。しかし感染症の原因となっている菌がCREの場合には、この切り札が使えません。それどころか現在使われているほとんど全ての抗菌薬が効かないものも存在しており、CREによる敗血症を起こした場合には最大で50%の人が命を落とすとも報告されています1)

【第二の悪夢】 ~「あっ」という間に拡がってしまう?!~

CREの中には、耐性遺伝子を獲得してカルバペネムを分解する酵素を作る事が出来るものがいます。たとえばMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)も耐性遺伝子を持つことで抗菌薬が効かなくなる耐性菌ですが、その耐性遺伝子はヒトと同じように親から子にだけ受け継がれ、他の菌には影響しません。一方でCREの場合は、プラスミドと呼ばれる特殊な遺伝子を持っており、ただ手を繋ぐような形で遺伝子の受け渡しが行われる為、菌種を超えて耐性遺伝子が受け継がれていく事が知られています。

CREの素となる腸内細菌科細菌は100菌種以上2)あり、ヒトのおなかの中だけでなく皮膚や手洗い場などの環境中にも存在しています。そこへたったの1個でもCREが紛れ込んだ場合、大腸菌からエンテロバクター、クレブシエラ、セラチア…といった色々な種類の腸内細菌科細菌へ耐性遺伝子が拡がり、悪夢の細菌が次々と誕生する危険があります。

「細菌は耐性遺伝子を獲得する事で、抗菌薬が効かなくなる」
「MRSAの場合、耐性遺伝子は親から子にだけ受け継がれ、他の菌には影響しない」
「CREの場合、耐性遺伝子を持っている菌が手(線毛)を伸ばして身近な菌とくっつき、
耐性遺伝子を分け合う事(接合伝播)で菌の種類を超えて薬剤耐性化が拡がる。
耐性遺伝子を受け取った菌からも耐性遺伝子を持った子が生まれてくる」

【そして第三の悪夢の始まり…】

喀痰や尿などの検体から細菌が検出された場合、どの抗菌薬が効くのかを確認するため薬剤感受性試験という検査を行い、結果はそれぞれ「感性」「中等度耐性」「耐性」の3段階で判定されます。

近年、この従来の薬剤感受性試験だけでは見つける事の出来ない‘ステルス型’と呼ばれるCRE予備軍の存在が報告されています。ステルス型の場合、カルバペネムに対して一見「感性」と判定されますが、実際には耐性遺伝子を隠し持っているため、カルバペネムだけでは治療効果が得られない場合があります。このステルス型を見つけるためにはカルバペネムを分解する酵素を産生しているかどうかの確認試験を行う事が推奨されています。

ステルス型が見逃されてしまった場合、抗菌薬治療をしているのに症状が改善されず、その原因が掴めない間に重症化してしまう事や、水面下で拡がっていき気付いた時にはあちこちからステルス型が見つかるという恐ろしい事態を招く事が危惧されています。

<悪夢の細菌を誕生させないために私達に出来る事>
厚生労働省HPより引用

一度生まれてしまうと厄介な耐性菌は、誕生させない事が非常に重要です。日本では耐性菌に対する取り組みとして‘薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン’3)が掲げられています。その中で私たちに出来る事として、

医療機関等で

  • 医師に症状を正しく伝えること
  • 分からない事は医師や薬剤師に聞くこと
  • 量と期間を守って最後まで抗菌薬を服用すること

が挙げられています。インフルエンザなどウイルスによる感染症には抗菌薬は効きません。正しい治療を受ける為に症状を正確に伝え、何か疑問に思う事があれば遠慮せず、医師に聞くようにしましょう。また抗菌薬を中途半端に飲んでしまうと、体の中で死にきれなかった菌が生き延びるようと進化して耐性菌が生まれると言われています。症状が良くなってきたからもう大丈夫と途中で飲むのを止めずに、用法・用量を守って最後までしっかりと飲み切るようにしましょう。

また感染症が疑われた場合に重要となるのが、「海外に行った事がある/海外で治療を受けた事がある」という情報です。海外には耐性菌が蔓延している国や、日本とはタイプが異なる耐性菌の報告がされている国があり、そこへの渡航歴/治療歴があるという情報は、抗菌薬を選択する決め手になる場合もあります。心当たりがある場合は医師や看護師に伝えるようにして下さい。

「クロモアガー mSuper CARBA(関東化学)」
写真はCREやその予備軍だけが発育出来る特殊な培地で、
青く見えるのが悪夢の細菌と呼ばれるCREです

Vol.60, 2018.03

微生物検査室 米谷 三奈

参考資料