痛風と偽痛風
皆様、ビールが美味しい季節がやってきましたね。ついつい飲みすぎてしまうビールですが、ビールにはプリン体と呼ばれる物質が含まれており、このプリン体を過剰に摂取すると、代謝産物である尿酸の血中濃度が上昇します。尿酸の産生過剰や排泄量の低下が続くと「痛風」という関節の痛み、発赤、腫脹などを主症状とする疾患になる恐れがあります。痛風という名前はテレビなどで耳にしたことがある方が多いと思いますが、痛風と似た症状をきたす「偽痛風」という疾患が存在することをご存知でしょうか?以前のコラムの『「尿酸値」~足の親指の付け根が急に痛み出したら、痛風を疑いましょう。』を読まれた方がいると思いますが、今回は痛風と偽痛風の違い、その鑑別のための検査についてお話します。
痛風は、関節内に尿酸ナトリウム結晶という長い針状の結晶が沈着し、関節痛をきたす疾患です。結晶が詰まることや刺さることが原因で関節が痛むのではなく、関節内の抗原提示細胞が尿酸ナトリウム結晶に応答し、炎症性サイトカイン(IL-1βやIL-18)を産生し、急激な炎症応答が誘導されることで関節痛が起こります。尿酸ナトリウム結晶は低温で形成されやすいため、足の親指、足首など低温に晒されやすい部位で多発します。患者の95%以上は男性で、年々増加傾向にあります。痛風の原因である尿酸はビール、魚卵、肉などに含まれるプリン体の代謝産物であり、通常は尿中や糞便中に排泄することで血中濃度を保っています。しかし、尿酸の産生過剰や、排泄量の低下により血中濃度の高い状態(高尿酸血症)が長期間続くと痛風を発症するリスクが高まることが知られています。また、プリン体を尿酸へ代謝する酵素が脂肪細胞に多く発現しているため、肥満やメタボリックシンドロームの方は高尿酸血症・痛風になりやすいと言われています。
それに対し、偽痛風はピロリン酸カルシウム結晶という正方形、長方形、平行四辺形の結晶が関節内に沈着するピロリン酸カルシウム結晶沈着症の一つで、関節痛が急性に発症する疾患です。関節痛が発症する機序は痛風と同じですが、ピロリン酸カルシウム結晶が関節内に沈着する主な原因は、あまりわかっていません。加齢に伴う関節の変形が原因と考えられており、結晶の沈着自体は65~74歳で15%、85歳以上で50%弱に認められます。
どちらの疾患も関節内に結晶が沈着し、炎症応答が誘導されることで激しい関節痛を起こすという点で酷似しています。そのため、関節液を顕微鏡で鏡検し、結晶を見つけることで痛風・偽痛風の鑑別、および確定診断をすることができます。
結晶を見つける際には鋭敏色偏光顕微鏡とよばれる顕微鏡を使います。鋭敏色偏光顕微鏡は偏光と呼ばれる特定の方向のみに進む光を物質に照射し、物質の複屈折性(入射した光が2つの屈折光に分かれる性質)を利用して観察することのできる顕微鏡です。鋭敏色板のZ’軸を調節し、尿酸結晶、ピロリン酸カルシウム結晶の複屈折性の違いによる色調の変化を観ることで2つの結晶を鑑別することができます。尿酸結晶は強い負の屈折性をもち、結晶長軸に対して、鋭敏色板のZ’軸を平行にすると結晶が黄色に、Z’軸を垂直にすると結晶が青色に見えます。(写真1,2)それに対し、ピロリン酸カルシウム結晶は弱い正の屈折性をもち、平行で青色、垂直で黄色に見えます。(写真3,4)この見え方の違いを利用して2つの結晶の鑑別ができます。
上記のとおり、関節液検査は痛風と偽痛風の鑑別に非常に有用です。また、結晶の検出以外にも、色調や混濁、赤血球数、白血球数などの様々な情報を得ることができます。しかし、関節液の採取は関節に針を刺すため、痛みを伴います。痛風・偽痛風にならないためにも予防をすることが大切です。痛風は生活習慣が原因で発症するため、プリン体を多く含む食材(魚卵やレバーなど)の摂取の制限、飲酒を控えることや、適度な運動をして太りすぎないようにすることが予防に役立ちます。また近年、腸内細菌が尿酸を分解することや、Lactobacillus gasseriという乳酸菌の一種がプリン体を取り込み栄養源として利用することが明らかとなっており、乳酸菌を含む食品を日常的に飲食することにより、血中尿酸値の低減させる効果が期待されています。
お酒を飲むことが多い季節ではありますが、痛風にならないためにも飲みすぎ、食べすぎには注意しましょう。
Vol.64, 2018.07
一般検査室 河本 希

写真1.尿酸ナトリウム結晶(Z’軸平行)
写真2.尿酸ナトリウム結晶(Z’軸垂直)

写真3.ピロリン酸カルシウム結晶(Z’軸平行)
写真4.ピロリン酸カルシウム結晶(Z’軸垂直)
参考文献
「痛風・高尿酸血症」炎症と免疫 25(3):219-223,2017.
「第70回 偽痛風」月刊薬事 58(5):985-990,2016.
「関節液検査の臨床的意義とポイント」Medical Technology 42(8):814-821,2014.
「鑑別診断が必要な疾患 結晶誘発性関節炎(痛風、ピロリン酸カルシウム結晶沈着症)」日本臨牀 72(増刊号3):344-348,2014.
「高尿酸血症・痛風の治療ガイドライン」日本痛風・核酸代謝学会
「腸内細菌とプリン体代謝」尿酸と血糖 vol.2 no.2:20-22,2016
コラム
- 水ぼうそうと髄膜炎
- アキレス腱は家族性高コレステロール血症のシグナル
- 「似て非なるもの?」
- 夏場は特にご用心! —本当にあった痛い話—
- ウイルスと異型リンパ球
- がんの原因は一人ひとり違うからこそ、必要ながんゲノム医療へ
- COVID-19診断に関わる臨床検査技師
- 意外と知られていない甲状腺疾患
- コロナウイルスと臨床検査
- AIと医療機器
- 卵の数はどのくらい?? -AMHについて-
- かつて亡国病とも言われた結核の今
- ウコンと肝障害について
- RSウイルス感染症とは?
- スポーツと貧血
- プールに潜むウイルス-アデノウイルス-
- 脂質の摂り過ぎにご注意を
- 知らぬ間に腎臓病・・・?
- “がん”とは・・・ -がん検査と近い未来-
- 曲がった細菌と胃腸炎
- 寒いと赤血球が凝集する? —寒冷凝集素—
- 血液中に細菌?
- お酒も飲まずに肝臓病!? NASHのお話
- 「いつのまに!!」 あなたの骨は大丈夫ですか?
- 妊娠検査薬で妊娠判定が出来るのはなぜ? —hCGについて—
- 首都圏で大流行!『風疹』
- ドーピングとエリスロポエチン
- 痛風と偽痛風
- AICSって知っていますか?
- 再び流行!?麻疹について
- 中性脂肪が気になるあなたへ
- 「Nightmare bacteria(悪夢の細菌)」-悪夢をもたらす恐怖の細菌-
- 大人の白血病?成人T細胞白血病のお話
- 抗生物質リストセチンと臨床検査
- O157について
- 糖尿病腎症と微量アルブミン
- 膵臓がんの現在とこれから
- 実は身近な横紋筋融解症
- 肺がんと腫瘍マーカー
- いろいろな採血管
- ストレスと月経不順
- 蛇の毒
- 胃壁に寄生虫が噛みついていませんか?魚介類の生食に注意しましょう
- 冬の脱水と電解質
- モンキーフェイス
- α‐リポ酸とインスリン自己免疫症候群の関係について
- 尿の色
- 本当はこわいカビ
- pHってなんだ?
- 奇跡のランナー
- アメーバ赤痢
- エンターテインメントとしての遺伝子検査
- 伊勢志摩サミットと薬剤耐性菌
- 「尿酸値」~足の親指の付け根が急に痛み出したら、「痛風」を疑いましょう。
- 「糞便移植」
- ノロウイルス変異で大流行!?
- *クドア食中毒*
- 「糖尿病と認知症(アルツハイマー病)」
- 「秋の花粉症」
- ヒトヘルペスウイルスと疲労度測定
- 『On the rice!』~白いご飯の上に乗せて食べたいおかず
- 『血尿』
- 「黴」 この漢字を読めますか?
- If the gut works,use it!(使えるなら腸を使え!)
- 寄生獣 VS 寄生虫
- 巨赤芽球性貧血
- ドーパミンとパーキンソン病
- クラッシュ症候群をご存知ですか?
- ノロウイルス感染症にご注意を!
- インスリンとインクレチン関連薬
- 幸せホルモン「セロトニン」
- デング熱について
- あなたはホントに健康? 健康診断“新基準値”について
- 大腸がんの早期発見のために「便潜血検査」を受けましょう!
- 更年期?いえ甲状腺機能障害のお話
- 溶血性レンサ球菌感染症のお話し
- マラリアのお話し
- 東京オリンピック開催決定!オリンピック病って…?
- トイレの神様
- 肺炎と肺炎球菌
- 深部静脈血栓症
- ピロリ菌の除菌効果と胃がん
- 「寄生虫今昔物語」
- ヘモグロビンA1c(HbA1c)のお話
- 食生活を見直そう!
- 最近海外旅行には行かれましたか?
- 葉色(はいろ)
- 流れる大捜査線!
- 暑くなる季節・・「かくれ脱水」に要注意!!!
- 「不妊症かもしれない?」と思ったら・・・
- 待ったなし!ウイルスハットトリック
- 酒は飲んでも飲まれるな