検査を通して患者さんのクオリティ・オブ・ライフの向上に貢献する臨床検査部

【お問い合わせ先】

東邦大学医療センター
大森病院 臨床検査部

〒143-8541
東京都大田区大森西6-11-1
TEL:03-3762-4151(代表)

お酒も飲まずに肝臓病!? NASHのお話

NASH(ナッシュ)は飽食の時代に増えてきた現代病とも言われ、メディアなどで名前を聞いたことがある方もいるかと思います。アルコールの飲み過ぎが肝臓を悪くすることは有名ですが、お酒をあまり飲まない人が肝臓病になるケースが年々増加しています。アルコール以外の原因で発症する代表的な肝疾患には脂肪肝があり、国内で約2000万人もの患者がいると言われています。脂肪肝とは肝臓に中性脂肪が沈着した状態であり、この段階では肝臓の細胞はほとんど壊れていません。しかし脂肪肝を放っておくと徐々に細胞が壊れていき、それに伴って肝臓で炎症が起きます。さらに炎症が長く続くと肝臓が固くなる線維化が起きることがあります。このように非アルコール性脂肪肝から炎症や線維化へと進行していく状態をNASHと呼びます。以前まで非アルコール性脂肪肝は肝硬変や肝がんへと進行するリスクが低いと考えられていました。しかし現在ではアルコール性脂肪肝と同様に進行することがわかっており、NASHの方の約2割は10年ほどで肝硬変や肝がんを発症すると言われています。

NASHは肥満や糖尿病、脂質異常症、高血圧といったいわゆる“メタボ体質”を背景として発症します。特に糖尿病にみられるインスリン抵抗性は脂肪肝の進行に深く関与しており、糖尿病の方は脂肪肝からNASHを発症しやすいことが報告されています。インスリンは血液中のブドウ糖を細胞内に取り込み、エネルギー源として利用する手助けをしますが、内臓脂肪が溜まっているとインスリンが作用しにくくなります。その結果ブドウ糖の取り込みがうまく行われず、さらに脂肪を溜め込んでしまうため、脂肪肝の発症と悪化につながります。また脂肪肝の状態に酸化ストレスなどの刺激が加わることで炎症や線維化が起こりNASHを発症すると考えられています。

過去のコラム「酒は飲んでも飲まれるな」にも掲載されていますが肝機能をみる代表的な検査にAST、ALT、γ-GTがあります。NASHの場合もASTやALTは基準値よりも高値となります。しかしγ-GTはアルコールとの関係性が強いため、それほど高値にならないことが特徴です。飲酒歴の乏しい方でこのような肝機能異常が確認され、超音波検査で脂肪肝が観察された場合にNASHの可能性が疑われます。NASHの確実な診断には肝生検により肝臓の組織を調べる必要があるとされていますが、肝臓に針を刺すため出血や痛みのリスクを伴い、気軽に実施できる検査ではありません。そのため、その他の血液検査を用いて肝臓の状態を調べ、肝生検が必要な状態にあるのかを判断します。

NASHの可能性を精査する血液検査に血中のフェリチンやⅣ型コラーゲンの測定があります。フェリチンは肝臓や脾臓などに鉄を蓄える働きがあるタンパクであり、鉄の貯蔵量を反映する検査項目です。鉄はヘモグロビン合成、細胞内の酸化還元反応や細胞増殖に欠かせない金属ですが、過剰に蓄積すると酸化ストレスの発生源となり、肝臓に炎症を引き起こす要因となってしまいます。そのためフェリチンの測定により細胞内の鉄の貯蔵量を調べることで、肝臓で炎症が起きやすい状態かを間接的に知ることができます。内臓脂肪が蓄積しているほど血中のフェリチン値が高いことが報告されており、メタボ体質の方では肝臓に鉄が過剰蓄積しやすく炎症を引き起こすリスクが高いと言えます。またⅣ型コラーゲンは肝臓の線維化を調べるために測定されます。線維化が始まると細胞同士をつなぐⅣ型コラーゲンが増加するので、検査により初期段階の線維化も知ることが出来ます。フェリチンやⅣ型コラーゲンは肝臓の炎症や線維化を予測できる検査項目であり、脂肪肝とNASHを区別するためにも利用されます。しかしながら、確実にNASHと診断できるマーカーは確立されていないため、ご紹介したような複数の検査から肝臓の状態を把握することが重要です。AST、ALT、γ-GTの3つの検査項目は健康診断等でも測定されているので、メタボ体質の方はこれらの肝機能検査の数値も気にかけてみて下さい。肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれる症状が出にくい臓器であるため、数値が基準範囲を超えている場合には定期的に血液検査や画像検査を受け、ご自身の肝臓の状態を知るように心がけましょう。脂肪肝や肝炎というと中高年の方の病気というイメージがあるかと思いますが、NASHはメタボ体質を基盤に発症するため子供や若い年代の方にも発症する可能性があります。近年では小児の肥満が増加していることからも年代を問わず検査を受けることが大切です。

NASHの予防・改善にはメタボ体質および生活習慣の見直しは必須となります。食生活では低カロリー食を意識して糖を多く含む菓子類や果物、油を多く含む揚げ物等を控えるようにします。また脂肪肝の予防に効果のある食べ物として、中性脂肪を下げる働きのある不飽和脂肪酸が豊富な「青魚」、抗酸化作用のある「緑黄色野菜」が挙げられます。また、すでに鉄の過剰蓄積が認められる場合には鉄を多く含むレバーなどの赤身肉や青汁の摂取を避けた方が良く、脂肪肝やNASHと診断されている方はこれらの食材の摂り過ぎにも注意が必要です。運動面ではウォーキングのような有酸素運動を週3~4回、30分程度行うことが望ましいとされています。運動は体重減少に効果を発揮するだけでなく、汗から鉄が排出されるため体内の鉄を減らすことにもつながります。食事と運動を併せて見直すことでメタボ体質の改善に相乗効果が期待できます。

NASH発症の第一段階である脂肪肝は患者人口も多く、現代社会において国民病といえる疾患です。そのため多くの方は“ただの脂肪肝”と軽く考えてしまいがちですが、NASHのように重大な肝臓病へと進行する可能性があることも知っておいて頂きたいと思います。NASHは生活習慣病との関りが非常に深いため、糖尿病や高血圧をお持ちの方は“ただの脂肪肝”と侮らずに今回お話したような検査の受診や生活習慣の改善を行ってみてはいかがでしょうか。

Vol. 69, 2019. 1

血液検査室 下平貴大

参考資料

特集 非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)の臨床的意義 診断の進め方:専門医への紹介のポイント 日本内科学会雑誌105-1 : 47-55

日本消化器病学会NAFLD/NASH診療ガイドライン2014

アルコール性肝障害と非アルコール性脂肪性肝疾患 —その共通点と相違点から見えてくる病態— 日本消化器学会雑誌112 : 1641-1650

脂肪肝と糖尿病の最前線 日本内科学会雑誌103 : 3118-3125