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プールに潜むウイルス-アデノウイルス-

厳しい暑さが続いていますが、皆様元気でお過ごしでしょうか。30℃近い気温の日が続いており、夏バテ、熱中症、脱水症状などに気をつけて過ごされていると思います。また、暑さをしのぐためにプールに遊びに行く方も多いのではないでしょうか。暑さを忘れて楽しむことができるプールですが、その水を介して感染するアデノウイルスと呼ばれるウイルスが存在します。今回はアデノウイルスについてお話ししたいと思います。

アデノウイルスは咽頭炎、扁桃炎、結膜炎、胃腸炎、膀胱炎などさまざまな感染症の原因となるウイルスです。アデノウイルスには70種類以上のタイプが存在し、それぞれのタイプによって異なる性質をもち、感染する臓器も異なるため、多様な疾患を引き起こします。季節特異性が少なく年間を通じて検出され、感染力が非常に強く、小児を中心に学校などで集団感染することが問題となっています。アデノウイルス感染症の1つであるプール熱は夏季に地域全体で流行し、6月ごろから徐々に増加しはじめ、7~8月にピークを迎える傾向があります。国立感染症研究所の感染症週報によると、2019年の定点当たりの報告数(指定された医療機関の平均報告数)は前年に比べ少なく、例年通り5月下旬から6月にかけて報告数が増加しピークに達し、その後7月以降は減少傾向となっています。プールの水を介して集団感染したことからプール熱と呼ばれていますが、現在は塩素消毒によりプールの水を介した感染は少なくなっています。アデノウイルスの感染経路は通常飛沫感染、または手指を介した接触感染であり、結膜や上気道から感染します。糞便からの感染も起こるため、手指衛生の徹底が感染を予防するうえで重要です。また、アデノウイルスはアルコールに対して耐性であり、手指衛生を行う際にはアルコール消毒ではなく石鹸と流水で物理的に洗い流すことが効果的です。感染症の多くは上気道炎で、発熱、咽頭痛、頭痛、倦怠感などの症状があります。小児に発熱、咽頭炎を示す疾患は非常に多く、鑑別が必要となります。

アデノウイルス感染症の診断には、ウイルス分離、血清抗体検査などがありますが、簡易検査としてウイルス抗原を検出するイムノクロマト法を原理とした迅速診断キットが医療機関で広く活用されています。タイプの判別をすることはできませんが、簡便かつ迅速な検査を行うことができます。綿棒で咽頭や結膜から検体採取を行い、検体抽出液に浸したものをサンプルパッドに滴下して検査します。検体抽出液が滴下されるとサンプルパッド内の金コロイドという色のついた粒子で標識されたアデノウイルスに対する抗体(標識抗体)がアデノウイルス抗原を捕捉し、複合体を形成します。テストラインにはアデノウイルスに対する抗体が固定されていて、先ほど形成した複合体と結合し、テストライン部が発色します。複合体を形成しなかった標識抗体はコントロールラインで発色します。テストラインとコントロールラインが発色した場合は「陽性」、コントロールラインのみが発色した場合は「陰性」と判断します(図1)。アデノウイルスを検出する感度が100%ではないため、感染しているにもかかわらず結果が陰性になることがある点に注意しなければなりません。イムノクロマト法はアデノウイルスの他にも、インフルエンザウイルス、RSウイルス、ノロウイルスなどの様々な迅速診断キットに用いられており、当院でも検査を行っています。

図1
図1

近年では、遺伝子を組み換えたアデノウイルスを、HIVやエボラ出血熱、高病原性インフルエンザ、C型肝炎、マラリア、結核、ジカ熱などの感染症に対するワクチンとして利用する試みが盛んにおこなわれています。また、腫瘍細胞特異的にアデノウイルスを増殖させることで腫瘍を死滅させるウイルス療法が新しい癌治療法として注目されています。

以上のことからアデノウイルスは感染症の原因ウイルスとして非常に注意しなければならないウイルスですが、遺伝子治療の場面での活躍が期待されるウイルスでもあります。小学校や園などで流行することが多いウイルスなので、お子さんがいるご家庭では予防の基本である手洗い、うがいを徹底して残りわずかな夏を楽しみましょう。

Vol. 76, 2019. 8

一般検査室 河本 希

参考文献

堀越裕歩. アデノウイルス感染症. 小児科診療 78:1342-1348,2015

菱木はるか. 咽頭結膜熱(プール熱). 医学と薬学 74:779-781,2017

水口裕之、邊見昌久. 組換えアデノウイルス -特性と最近の話題-. 医学の歩み 265:351-358,2018