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スポーツと貧血

東京オリンピックの開催まであと一年を切り、ますます盛り上がりを増してきました。今からアスリート達の活躍が非常に楽しみです。そんなアスリートが貧血に陥る“スポーツ貧血”をご存知でしょうか。スポーツ貧血は過度な運動が原因で起こる貧血で、激しいトレーニングを行うアスリートやスポーツに打ち込む成長期の子供にみられます。今回はそんな若い方にも関係が深い貧血についてお話していきたいと思います。

誰もが貧血という言葉を聞いたことがあるかと思いますが、貧血とは血液中のヘモグロビン濃度が低下した状態のことを指します。ヘモグロビンは赤血球に含まれ、全身に酸素を運搬する役割を担っています。そのためヘモグロビン濃度が低下した貧血の状態では全身の臓器に酸素が十分に行き渡らず、疲れやすさや息切れ、めまいを引き起こします。

貧血には原因によって様々な種類があります。その中でもスポーツとの関係が深いのが鉄欠乏性貧血です。鉄はヘモグロビンを作るために不可欠であり、鉄が不足することでヘモグロビンの産生が低下し貧血をきたします。鉄欠乏性貧血は貧血の中でも頻度が高く、健康診断などで見つかる貧血の多くはこの鉄欠乏性貧血です。特に若年~中年の女性に多く、20~40歳代の女性の5人に1人は鉄欠乏性貧血であると言われています。実はアスリートは鉄欠乏に陥りやすく、それゆえ貧血を引き起こしやすい状態にあると考えられています。ではなぜアスリートは鉄欠乏に陥りやすいのでしょうか。

鉄は食べ物から体内に取り込まれ、一部は汗や尿、便などとともに体外へ排出されます。通常であれば体内の鉄の量は一定に保たれますが、喪失量が増加した場合や体内での需要が高まった場合にバランスが崩れ鉄欠乏をきたします。アスリートのように激しい運動を行う方の場合、大量の汗により鉄の喪失量が増加します。さらに筋肉を作るために鉄が必要とされるため、筋量の増加に伴って鉄の需要も高まります。このような理由からアスリートは鉄欠乏性貧血に陥りやすい状態にあると言えます。また運動による足裏への衝撃で赤血球が壊れ、赤血球から溶出したヘモグロビンが尿や便とともに体の外へ失われてしまいます。実際に長距離走、剣道のような足裏に負荷のかかる競技ではヘモグロビン尿と呼ばれる褐色または赤色に着色した尿が出ることがあります。運動後に一時的にみられる場合には貧血を気にかける必要はありませんが、頻繁に血尿が出るような激しい運動では鉄欠乏性貧血の原因となることもあります。日々トレーニングを行う方であれば軽度の貧血でもだるさや疲れやすさなど体調の変化を感じることがあります。「最近、練習がつらく記録も思うように伸びない」といったエピソードから鉄欠乏による貧血だったことが判明するケースもあるようです。

運動以外にも様々な生理的要因により鉄欠乏に陥ることがあります。代表的なものが月経による出血です。出血を起こした場合、赤血球とともにヘモグロビンに含まれる鉄が体外へ出てしまうため、鉄の喪失量が増加し鉄欠乏をきたします。このことは鉄欠乏性貧血が女性に多い一番の理由です。また体内で鉄の需要が高まる例として妊娠や成長期の子供が挙げられます。妊娠している方では胎児のための鉄が必要となりますし、成長期の子供では筋肉の肥大のために鉄を必要とします。そのため十分な量の鉄が摂取できていないと鉄欠乏をきたす可能性があります。

鉄欠乏状態を予防するためには食事により十分な鉄を摂取することが重要です。鉄は肉やレバーなどの動物性食品やほうれん草や豆腐などの植物性食品、ひじきなどの海藻類に多く含まれています。ビタミンCは鉄の吸収を高めることが知られており、オレンジなどの果物を一緒に摂ることで効率よく鉄を摂取することができます。ご説明したような鉄欠乏に陥りやすい方々はこれらの食品を意識して摂ることで貧血の予防につながります。

貧血の診断に欠かせないヘモグロビンは血液検査の検査項目の一つであり、健康診断などでも必ず測定されている項目です。鉄欠乏性貧血を診断するためにはヘモグロビンの他にMCV(平均赤血球容積)、フェリチン、鉄(Fe)を検査する必要があります。MCVは赤血球の大きさを表す項目です。鉄欠乏によりヘモグロビンをうまく作れない場合、サイズの小さい赤血球が生成されます。そのため鉄欠乏性貧血ではMCVの値が低下します。フェリチンは鉄の貯蔵量を反映する項目で鉄欠乏状態では低値を示します。フェリチンの値は体内の鉄欠乏状態に応じて敏感に動くため、診断だけでなく治療効果をみる目的でも測定されています。この二つの項目と鉄(Fe)を検査することで鉄欠乏性貧血の診断を行います。また末梢血液像の検査では赤血球の中央が白く抜けた菲薄赤血球や大きさの不揃いな赤血球が観察されます(写真1,2)。これらの赤血球の情報は診断の補助として利用することができます。

鉄欠乏性貧血と診断された場合、食事療法のみでの改善は難しく、鉄剤による鉄の補充が治療の基本となります。しかし出血を起こすその他の疾患が鉄欠乏性貧血の原因となっている場合、そちらの疾患の治療も行わなければ根本的な回復には至りません。また鉄剤の使用には副作用がみられる方もいらっしゃいます。医療機関を受診し、鉄欠乏の原因を明確にした上で適切な治療を受けることが大切です。スポーツ選手に限らず、「健康診断でヘモグロビンが低いと指摘された」、「以前より疲れやすくなった」、「階段を上がっただけで息切れする」といった経験がある方は一度貧血の原因を調べてみてはいかがでしょうか。

〈写真1〉正常赤血球 〈写真2〉鉄欠乏性貧血患者さんの赤血球

Vol. 77, 2019. 9

血液検査室 下平貴大

参考資料

病気がみえる Vol.5 血液  メディックメディア

鉄代謝と鉄欠乏性貧血 日本内科学会雑誌104巻7号

鉄欠乏性貧血の治療指針 日本内科学会雑誌99巻6号

アスリートと貧血 女性アスリート健康支援委員会