かつて亡国病とも言われた結核の今
「名だたる新撰組の猛者も、先ず名人の沖田が、戦の半に、持病の肺が悪くなってひどい喀血をして昏倒した…」(新撰組始末記 著:子母澤寛)
諸説ありますが、天才剣士と呼ばれた幕末志士、沖田総司も結核には勝てずという話を聞いたことのある方、多いと思います。滝廉太郎や石川啄木、日本の数々の有名人を若くして死に追いやった結核。現在は大丈夫なのでしょうか?
結核とは抗酸菌属に属する、結核菌群(Mycobacterium. tuberculosis complex)による感染症です。現在世界人口の1/3にあたる20億人以上が感染しており、年間1000万人前後が新たに発症する、HIV/AIDS、マラリアとともに三大感染症とも称される最重要健康課題のひとつです。
日本では、昭和20年代まで死亡原因の1位を占めていましたが、第二次世界大戦後、抗生物質、BCGワクチンの普及や生活水準の向上により結核菌感染による死亡者は激減しました。しかし現在でも年間1万5千人以上の人が結核を発症しており(2018年)、日本の患者数は欧米の先進諸国と比較すると数倍高い、結核中進国なのです。
結核症患者の多くは、過去に感染した高齢者が占めますが、近年の海外旅行客、海外出生者の増加に伴う、都心部での若年層の感染、発症も増えつつあり、対策が重要視されています。

結核菌感染は排菌者が咳をした時に出た、飛沫に含まれる結核菌を大量に吸い込むことで成立します(空気感染)。結核症は吸い込まれた結核菌による肺の炎症、破壊からくる呼吸困難の症状を起こす肺結核の他に、結核菌がリンパ流、血流にのって広がり各臓器に病巣をつくる肺外結核があります。下痢や腹痛を引き起こす腸結核、耳漏や聴力低下、顔面神経麻痺を引き起こす中耳結核など症状は臓器ごとに様々で、2臓器以上にびまん性の粟粒大の結核病変を認める粟状結核では、複数の臓器傷害が同時に進行するためとりわけ早期診断・治療が重要になります。

結核菌の感染と結核の発症は異なります。感染からすぐに結核症を発症する(一次結核)場合もありますが、免疫能によって結核菌を封じ込め、すぐには発症しない場合もあります。この時、結核菌は体内で冬眠しているような状態で(潜在性結核症)、約9割はそのまま発症せずに生涯を終えると言われています。しかし感染者の免疫力が落ちると、結核菌は目を覚まし体内で暴れ出すのです(二次結核)。
結核症の診断は患者さんの喀痰や胃液、感染部位と思わしき臓器片などから結核菌を検出する細菌検査が要と言えます。細菌検査には塗抹検査、培養検査、核酸増幅検査などがあり、これらの検査結果を総合して結核菌陽性かどうか判定します。さらにどの抗結核菌薬が効くかを調べるため薬剤感受性検査を行い、患者さんの治療へと繋げます。

ところで、結核検査といえばツベルクリン反応検査を思い浮かべる方も多いでしょう。皮下に注射をし、腫れた部分の大きさをノギスで測定するアレです。結核菌感染による宿主の免疫状態の変化を捉える免疫学的検査の一つであり、かつては結核感染を調べるために多く実施されていた検査ですが、結核ワクチンであるBCGによっても陽性になるため、正確な判定が難しいという問題がありました。そこで最近はインターフェロンγ遊離試験(IGRA)が広く用いられています。IGRAは人が結核菌に感染した際、結核菌に特異的な免疫細胞が産生するインターフェロンγという蛋白質の量または産生細胞数を、血液を用いて測定します。BCG接種の影響はなく、非結核性抗酸菌感染の影響もほとんどありません。QFT検査やT-SPOT検査と呼ばれているものがIGRAで、それぞれ2006年、2012年に保険適用となりました。
IGRAの最大の長所は、菌量が少なく細菌検査では判定しきれない、潜在性結核症の診断に有用ということです。潜在性結核症患者の発見は、結核症発症前に治療することを可能にし、周囲への感染を予防できる、結核菌撲滅に向けての大きな1歩だと言えます。
なにかと忙しい時期になって参りました。クリスマスや忘年会、初詣に新年会と、人が多く集まる場所に行く機会も多いのではないでしょうか。2週間以上咳が止まらない、微熱が続く、寝汗をかくようになったなどという症状が気になったら、放っておかずに一度病院を受診するべきです。
Vol. 80, 2019. 12
臨床化学・免疫検査室 冨山 遥
参考文献
結核ハンドブック 編集:森下宗彦・渡辺彰
結核Up to Date 編集:四元秀毅・倉島篤行・永井英明
結核・非結核性抗酸菌症を日常診療で診る 編集:佐々木結花
新撰組 「最後の武士」の実像 著:大石学
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