検査を通して患者さんのクオリティ・オブ・ライフの向上に貢献する臨床検査部

【お問い合わせ先】

東邦大学医療センター
大森病院 臨床検査部

〒143-8541
東京都大田区大森西6-11-1
TEL:03-3762-4151(代表)

意外と知られていない甲状腺疾患

甲状腺はのどぼとけのすぐ下にあり、蝶が羽を広げたような形をしています。甲状腺では食物として取り入れた栄養素をエネルギーに変え、体の新陳代謝を促進するホルモン(以下、甲状腺ホルモン)を産生し、すべての臓器の機能と代謝調節をするために大変重要な役割を果たしています。
甲状腺ホルモンにはサイロキシン(T4)、とトリヨードサイロニン(T3)の2種類があります。甲状腺では主にT4が合成されますが、ホルモンとして働くのは主にT3であるため、肝臓などでT4がT3に変換されることによりホルモンとして機能するようになります。甲状腺ホルモンの産生は脳にある下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)により調節されています。甲状腺ホルモンが過剰に出ているときはTSHの分泌を抑えて甲状腺ホルモンの産生を低下させ、逆に甲状腺ホルモンが少ないときはTSHの分泌を促して甲状腺ホルモンの産生を増加させます。
甲状腺ホルモンの調節がうまくいかなくなるとどのような病気になるのでしょうか。現在、日本での甲状腺疾患の患者数は500~700万人と推定されています。甲状腺疾患の代表的なものとして、甲状腺機能が低下する慢性甲状腺炎(橋本病)と甲状腺機能が亢進するバセドウ病が挙げられ、ともに自己免疫疾患が関わっています。自己免疫疾患とは通常は産生されるはずのない自己の細胞に対する抗体が体内で産生され、それによって臓器が正常に機能することが出来なくなってしまう病気です。橋本病では甲状腺ホルモンの合成に必要な物質の働きが阻害されることにより甲状腺機能が低下し、バセドウ病では抗体が甲状腺を刺激して甲状腺ホルモンの合成を促進してしまい甲状腺機能が亢進します。また、これらの疾患は男性よりも女性に多く、特に20~40歳代が好発年齢といわれています。
甲状腺ホルモンは先に述べたように、すべての臓器の機能と代謝調節を行うホルモンであるため、それに応じた症状が出てきます。橋本病では無気力、疲労感、全身のむくみ、寒がり、筋力低下、不眠、体重増加、便秘、かすれ声などが生じます。バセドウ病では動悸、体重減少、指の震え、暑がり、汗かきなどが生じます。またバセドウ病で特徴的な①甲状腺腫②眼球突出③頻脈の3つの徴候(メルセブルグの三徴)が現れることもあります。
これらの疾患を診断するためには血液検査が必要になります。血中のT3、T4、TSH濃度を測定するのに加え、橋本病で検出される抗サイログロブリン抗体(抗Tg抗体)、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(抗TPO抗体)、バセドウ病では抗TSH受容体抗体(TRAb)や甲状腺刺激抗体(TSAb)などが血中に存在するかを検査し、総合的に診断を行っていきます。それぞれの疾患の診断基準を表1、表2に示します。サイログロブリンと甲状腺ペルオキシダーゼは甲状腺ホルモンを合成するために不可欠な物質です。そのためこれらに対する抗体である抗Tg抗体や抗TPO抗体が体内で生成されるようになると甲状腺ホルモンがうまく合成できなくなり、橋本病を引き起こします。また、TRAbやTSAbはTSHの有無に関わらず、甲状腺を刺激し甲状腺ホルモンを合成するため甲状腺機能が亢進してバセドウ病を引き起こします。
最後に治療に関して話していきたいと思います。橋本病では診断の基準となる抗体(抗Tg抗体や抗TPO抗体)が検出されていても甲状腺機能が維持されている場合もあり、その場合は原則として治療の必要はなく、甲状腺機能が低下している場合に甲状腺ホルモンの補充療法を行います。一旦、甲状腺機能が低下すると生涯、甲状腺ホルモンの補充が必要になることが多く、根気強く治療を行っていかなければなりません。一方、バセドウ病では大きく分けて①薬物療法、②放射性ヨウ素内用療法、③甲状腺摘除術の3つの治療法があります。薬物療法は最も簡便で外来で治療が始められるため多くの場合で第一選択となります。放射性ヨウ素内用療法は安全で効果が確実であり、甲状腺の腫れも小さくなります。甲状腺摘除術は最も早く確実に治療効果を得られますが、再発がないように全摘除を行うと甲状腺ホルモン薬の内服が必要になります。薬物療法を2年以上継続しても薬を中止できる目途が立たないときにこれら2つの治療法を検討します。
甲状腺疾患と聞いてどんな病気なんだろうと思った方も多いと思います。甲状腺はすべての臓器の機能と代謝調節を行う臓器であり、非常に重要な役割を果たしていると先に述べました。そのため、甲状腺がうまく機能しなくなると全身に様々な異変が生じます(コラム:「更年期?いえ甲状腺機能障害のお話し」参照)。また、人間ドック受診者を対象とした慢性甲状腺炎の頻度は男性で11.0%、女性で25.2%という報告もあり、思っている以上に罹患する可能性が高い疾患です。今回のコラムを通して甲状腺疾患のことを少しでもご理解していただければ幸いです。

Vol. 84, 2020. 4

免疫・臨床化学検査室 大竹洋輔

参考文献

一般財団法人 日本内分泌学会ホームページ

日本甲状腺学会ホームページ

甲状腺疾患診断ガイドライン 2013

日本における甲状腺疾患の頻度と自然経過 Medical Practice vol.19 no.2 2002 浜田昇

橋本病の診断と治療 難病と在宅ケア Vol.24 No.11 2019.2 上条桂一

人間ドックにおける潜在性甲状腺機能低下症と潜在性甲状腺機能亢進症の程度 ホルモンと臨床 56(7):673-678, 2008 志村浩己、宮崎朝子、小林哲郎

更年期?いえ甲状腺機能障害のお話し