COVID-19診断に関わる臨床検査技師
「人口密度依存型ウイルスについて詳しく説明しなさい」
筆者が大学2年生の時に受けたウイルス学の定期試験でこのような出題がありました。どのような回答をしたのか記憶にありませんが、新型コロナウイルス感染症(以下COVID-19)の流行を機にこの試験問題を思い出しました。
「人口密度依存型ウイルス」をインターネット検索してみましたがヒットしません。医学用語ではなく、出題者の造語だったのかも知れません。しかし、世界を震撼させ、われわれが直面している最大の問題であるCOVID-19は、典型的な「人口密度依存型ウイルス」ではないでしょうか。わが国は4月に緊急事態宣言が発出、5月にはその延長が決定しました。国民は不要・不急の外出の自粛、感染防止のための3密(密閉・密集・密接)回避、さらにフィジカルディスタンス(ソーシャルディスタンス改め)の遵守が求められています。
メディアは、COVID-19診断のために使われる病原体核酸検査の実施数増加の重要性を連日のように報じています。さらに、診療サイドからもCOVID-19診断のための病原体核酸検査の実施とその報告が強く望まれています。病原体核酸検査は迅速に結果を得ることができるので、COVID-19などの感染症に対する早期診断が可能になります。COVID-19患者が特定されれば、自宅やホテルでの待機、入院の必要性が早期に決定でき、その結果、職場や家庭での濃厚接触者を減らすことにつながります。つまり「人口密度依存型ウイルス」への対処として、3密回避、早期診断が効果的と考えられます。
現在、COVID-19に対する病原体核酸検査として、PCR法が多用されています。3月のコラムでご紹介した通り、PCR法は遺伝子検査法の一つで、自動化された機器も市場にはあります(コラム:「新型コロナウイルスと臨床検査」加藤美彩樹)。但し、得られたデータの解釈は難しく、専門の臨床検査技師を育成するには時間を要すため、専門の検査技師の数が足りません。このことがPCR検査の数が増えない一因となっています。
皆さんがご存知のインフルエンザに対する診断キットのように、外来やベッドサイドで簡便且つ迅速に検査するための、COVID-19の診断キットがあれば状況は大きく変わります。インフルエンザ診断キットにはイムノクロマトグラフィー法という原理が採用されており、いつでも、どこでも、だれでも診断できるものです。今回は測定原理には触れませんが、ウイルスに特異的なタンパク質や血液中の抗体(IgMやIgG)の検出結果をラインとして判別します。これらの方法は、細菌やウイルスによる感染症診断に汎用されています。
COVID-19の診断用のキットや試薬などは急いで医療現場へ届くことが理想ですが、新たな検査キットや試薬などが使えるようになるまでは時間を要します。診断用のキットや試薬は、実験用の試薬やキットなどとは異なり、それらの基礎的性能に加えて、実際の臨床検体を使って「確からしさ」の検証が必要です。「COVID-19の人をCOVID-19である」あるいは「COVID-19でない人をCOVID-19でない」と正しく判断できることを、専門用語でそれぞれ「感度」あるいは「特異度」と言います。「感度」・「特異度」ともに100%に近ければ近いほど、誤った診断をする危険性が低くなるため、優れた診断キットや試薬などと考えられます。当院でもマラリアやデングウイルスの診断キットの性能評価をした経験があります。新しい検査キットや試薬を医療現場で使うために必要な性能評価試験は、医師と臨床検査技師との協力を欠かすことはできません。
安倍総理が「・・・臨床検査技師の皆さんに、日本国民を代表して、心より感謝申し上げます」との謝意を表しました。COVID-19の診療において臨床検査技師は、最前線にいるわけではありません。しかし、PCRなどの病原体核酸検査のみならず、新たな検査キットや試薬などの性能評価試験に貢献している臨床検査技師もいることを知っていただければ幸いです。
Vol. 85, 2020. 5
管理室 石井利明
参考文献
加藤美彩樹:コラム「新型コロナウイルスと臨床検査」.2020.3
野口善令/偏:診断に自信がつく検査値の読み方教えます!.羊土社
石井利明ほか:発熱を主訴とする輸入感染症に対するマラリア・デング熱抗体イムノクロマトグラフィー(IC)キットの使用経験について. 臨床病理 63(1):19-24. 2015
石井利明ほか:Laboratory Practice 微生物 マラリア感染症の迅速診断 イムノクロマトグラフィー法の特徴と有用性について. 検査と技術 43(2):172-176. 2015
コラム
- 花粉症とともに
- CAPD管理に有用な臨床検査
- 水ぼうそうと髄膜炎
- アキレス腱は家族性高コレステロール血症のシグナル
- 「似て非なるもの?」
- 夏場は特にご用心! —本当にあった痛い話—
- ウイルスと異型リンパ球
- がんの原因は一人ひとり違うからこそ、必要ながんゲノム医療へ
- COVID-19診断に関わる臨床検査技師
- 意外と知られていない甲状腺疾患
- コロナウイルスと臨床検査
- AIと医療機器
- 卵の数はどのくらい?? -AMHについて-
- かつて亡国病とも言われた結核の今
- ウコンと肝障害について
- RSウイルス感染症とは?
- スポーツと貧血
- プールに潜むウイルス-アデノウイルス-
- 脂質の摂り過ぎにご注意を
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- “がん”とは・・・ -がん検査と近い未来-
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- 寒いと赤血球が凝集する? —寒冷凝集素—
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- 妊娠検査薬で妊娠判定が出来るのはなぜ? —hCGについて—
- 首都圏で大流行!『風疹』
- ドーピングとエリスロポエチン
- 痛風と偽痛風
- AICSって知っていますか?
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- 抗生物質リストセチンと臨床検査
- O157について
- 糖尿病腎症と微量アルブミン
- 膵臓がんの現在とこれから
- 実は身近な横紋筋融解症
- 肺がんと腫瘍マーカー
- いろいろな採血管
- ストレスと月経不順
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- 胃壁に寄生虫が噛みついていませんか?魚介類の生食に注意しましょう
- 冬の脱水と電解質
- モンキーフェイス
- α‐リポ酸とインスリン自己免疫症候群の関係について
- 尿の色
- 本当はこわいカビ
- pHってなんだ?
- 奇跡のランナー
- アメーバ赤痢
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- 「尿酸値」~足の親指の付け根が急に痛み出したら、「痛風」を疑いましょう。
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- ノロウイルス変異で大流行!?
- *クドア食中毒*
- 「糖尿病と認知症(アルツハイマー病)」
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