男性不妊症と精液検査

わが国が抱える社会問題のひとつに少子化問題があります。厚生労働省が発表している人口動態調査結果によると2016年には出生数が100万人を下回り、2019年は過去最低の86万4000人であったことから出生数が年々低下していることが分かります¹⁾。少子化対策が行われている一方で、不妊症に悩むカップルは増加傾向にあります²⁾。今回は不妊症の原因の約半分を占めると言われている男性不妊症とその検査についてお話したいと思います。

男性不妊症の原因には、精子を作る機能に問題がある場合(造精機能障害)、精子は作られているが通り道に問題がある場合(精路通過障害)、勃起障害、射精障害などがあります。9割以上の症例が造精機能障害に分類されますが、原因がはっきりしない特発性造精機能障害が大半を占めています。原因がわかる場合では精索静脈瘤の合併が最も多く、他にはクラインフェルター症候群をはじめとする染色体異常があります³⁾。

男性不妊症の検査としてまず精液検査が行われます。精液の肉眼的所見・採取量を確認した後、顕微鏡にて精子濃度・総精子数・精子運動率・正常形態率の評価を行います。精液検査の正常下限値を示します⁴⁾。

WHOによる精液検査所見の正常下限値

  • 肉眼的所見   :  不透明・乳白色
  • 精液量     :  1.5mL以上
  • 精子濃度    :  1500万/mL以上
  • 総精子数(精子濃度×精液量)   :  3900万個以上
  • 運動率     :  40%以上
  • 総運動精子数(総精子数×運動率) :  1560万個以上
  • 前進運動率   :  32%以上
  • 正常形態率   :  4%以上

正常な精液は不透明で乳白色ですが、赤血液が混入(血精液症)している場合は赤褐色を呈し、黄疸がある場合やビタミン剤や薬剤を内服している場合には黄色調を呈しています。

精液量は精子濃度から総精子数を算出する際に使用されます。精液量が少ない場合には精路の閉塞などが疑われます。また、精液が無い場合には「無精液症」と表現されます。

精子濃度と総精子数はどちらも妊娠までの期間と妊娠率の両方に関係し、妊孕(にんよう)性を予測する因子となります。総精子数が基準値を下回った場合には「乏精子症」、精液中に精子を認めなかった場合には「無精子症」と表現されます。

精子は運動性により前進運動精子(活発に動きまわっている精子)、非前進運動精子(前進運動を欠いた運動をする精子)、不動精子に分類されます。前進運動精子と非前進運動精子の割合のことを運動率、前進運動精子のみの割合のことを前進運動率と呼びます。前進運動率が基準値を下回った場合には「精子無力症」と表現されます。

正常形態率は形態学的に正常な精子(図1)の割合を表しています。精子は頭部・頚部・中片部・尾部・終部で構成されていて、いずれかに異常を認める精子のことを奇形精子と呼びます。正常形態率が基準値を下回る場合、「奇形精子症」と表現されます。

図1.正常精子と奇形精子例

精液検査の他に内分泌(ホルモン)検査、染色体検査、超音波検査が行われます。内分泌検査では主にLH(黄体形成ホルモン)、FSH(卵胞刺激ホルモン)、テストステロン(男性ホルモン)など精子の形成に関わるホルモンの測定を行います。染色体検査では男性不妊症の原因となる染色体異常の有無を調べます。超音波検査では精索静脈瘤の有無などを検査します。これらの検査の結果を踏まえて不妊治療の方針が決定されます。男性側に不妊の原因がある場合は、まず男性の治療を行う事が推奨されています。治療効果が不十分な場合は、精液検査の結果をもとに、人工授精、体外受精、顕微授精などが選択されます⁵⁾。

不妊治療を受ける際に経済的負担が大きいことが懸念材料として挙がると思います。令和3年1月より厚生労働省の「不妊に悩む方への特定治療支援事業」が拡充され、令和3年1月1日以降に終了した治療を対象に所得制限が撤廃、助成額が15万円から30万円へ増額、助成回数が生涯で通算6回まで(40歳以上43歳未満は3回)から1子ごと6回まで(40歳以上43歳未満は3回)に変更されました⁶⁾。また、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、一定期間治療を延期した場合、時限的に年齢要件を緩和する⁷⁾など、不妊治療に関する取り組みが日々検討され、より多くの方が治療を受けられる環境づくりが進められています。最近では、スマートフォンと専用のアプリを使って自宅で簡単に精液検査を行うことができるキット(診断には医療機関への受診が必要)が販売され、検査自体もより身近な存在になってきています⁸⁾。

今回は男性不妊症と精液検査についてお話ししましたが、不妊治療において、男女両者が医療機関へ受診し、検査・治療を行うことが非常に重要です。今回のコラムがその一助になれば幸いです。

Vol. 95,2021.3
一般検査室 河本 希

参考文献

  1. 厚生労働省:令和元年(2019)人口動態統計の年間推計.
  2. 国立社会保障・人口問題研究所:2015年社会保障・人口問題基本調査.
  3. 三浦一陽:男性不妊症の原因と診断.東邦医会誌57:355-359,2010
  4. 高度生殖医療技術研究所:ヒト精液検査と手技 WHOラボマニュアル5版翻訳
  5. 大森病院リプロダクションセンター(泌尿器科)
  6. 不妊に悩む方への支援について(厚生労働省HP)
  7. 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い令和2年度における「不妊に悩む方への特定治療支援事業」の取扱いを変更しました(厚生労働省HP)
  8. 渡邊倫子、吉澤優妃、石島純夫ほか:スマートフォンを使用し、自宅で行う簡易精子分析機の有用性に関する検証.日本受精着床学会雑誌 34(1):71-77,2017 

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