尿中バイオマーカーL-FABP
2022年02月04日当院では昨年8月より、尿中バイオマーカーであるL-FABP(L型脂肪酸結合蛋白)の院内での測定を開始し、即日報告が可能となりました。まだ馴染みのない検査項目かもしれませんが、腎機能を評価する項目の一つであり、また、近年新型コロナウイルス感染症関連で注目されている検査です。今回は、新型コロナウイルス感染症の重症化リスクが高いとされている急性腎障害(AKI)を発症前に予測することができる尿中バイオマーカー、L-FABPについてお話します。
腎臓は体内にたまった老廃物や水分、余分な塩分などを尿と一緒に糸球体から排出し、尿細管で尿中の水分や電解質などの必要な成分を再吸収して血液中に戻す働きを持っています。
腎機能を評価する一般的な項目として血清クレアチニンや血中尿素窒素などがあり、これらは腎臓の機能が低下すると血液中に増加してきます。他にも、尿中バイオマーカーのβ2ミクログロブリンやα1ミクログロブリン、NAGなども古くから使用されている評価項目です。今回お話しする尿中L-FABPは、2011年より尿細管機能障害を早期に反映するマーカーの一つとして臨床の現場で使用されるようになりました。
L-FABPはヒトの近位尿細管上皮細胞に発現している蛋白で、通常は尿細管で再吸収された遊離脂肪酸と結合し脂質代謝やエネルギー代謝に重要な役割を担っています。また、尿細管機能障害に繋がる血流不全に陥った尿細管では、酸化ストレス亢進、活性酸素の産生増加に伴い、遊離脂肪酸が細胞毒性の強い過酸化脂質へと変換され、L-FABPの発現も上昇します。そしてこのような尿細管でL-FABPは過酸化脂質と結合することで、尿中へ排出し、部分的に、ではあるものの尿細管機能の保護に繋がる役割を演じていることが知られています。従って、尿中L-FABP値が上昇していることは、血流不全状態が尿細管周囲に発生していることを表していることになりますので、尿細管機能障害の早期発見や尿細管機能障害を伴うAKIや糖尿病性腎症のリスク評価に有用な指標と言えます1) 。
AKIは予後が悪く、早期診断、早期介入の必要性が認識されている疾患です。現在の診断基準には血清クレアチニン値が用いられていますが、発症後24時間以上経過してから血液中に増加してくるため、急性期の変化が捉えきれません。また、血清クレアチニン値はAKIの病態の主座である尿細管上皮細胞の傷害を直接的に捉えることは出来ないとされています2) 。その点、L-FABPは尿細管における血流不全の際に尿中に増加してくるため、血清クレアチニン値より早期に尿細管機能障害を捉えることができ、それに伴ったAKIの早期介入が可能となります。
2022年1月時点で、WHOに報告されている累積感染者数が3億人を超える新型コロナウイルス感染症は、罹患すると呼吸器障害に次いでAKIを引き起こしやすいことがこれまでに明らかとなっています3),4) 。原因ウイルスであるSARS-CoV-2は、肺や心筋、消化管、腎臓などの全身の様々な臓器の細胞表面に発現しているACE2(Angiotensin converting enzyme 2)受容体を介して細胞に取り込まれます。腎臓の尿細管上皮細胞にはこのACE2受容体が多く発現しており、AKIに深く関与すると報告されています5), 6) 。また、基礎疾患をお持ちの方が新型コロナウイルス感染症に罹患すると重症化しやすいことが明らかとなっていますが、基礎疾患のない方でも、AKIの発症によって重症化しやすいことが報告されています4),7)。先述したように、L-FABPは尿細管機能障害を早期に検出できるため、新型コロナウイルス感染症患者のL-FABPを測定することでAKIを発症する前にリスクを予測し適切な治療を早い段階で開始することが可能になります8),9),10),11) 。
腎機能は一般的に血液中のクレアチニン、尿中のβ2ミクログロブリンなどによって評価されますが、L-FABPも腎臓の尿細管機能障害の診断に有用であり、新型コロナウイルス感染症の重症化リスクの予測に寄与する可能性もあることで、さらに注目されていることをこのコラムを通じて知っていただければ幸いです。
臨床化学・免疫検査室 富永友希
参考文献
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- Waikar SS, et al. Imperfect Gold Standards for Kidney Injury Biomarker Evaluation. J Am Soc Nephrol, Jan; 23 (1): 13-21, 2012
- Ertuğlu LA, et al. COVID-19 and acute kidney injury. Tuberk Toraks 68 (4): 407-418, 2020
- 厚生労働省:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き・第6.0版
- Cheng Y, et al: Kidney disease is associated with in-hospital death of patients with COVID-19, Kidney Int. 97, 829-838, 2020
- Nadim M, et al: COVID-19-associated acute kidney injury: consensus report of the 25th Acute Disease Quality Initiative (ADQI) Workgroup, Nat Rev Nephrol. Dec; 16 (12): 747-764, 2020
- 日本腎臓学会:腎臓病診療における新型コロナウイルス感染症対応ガイド
- Katagiri D:「尿中バイオマーカーを用いた新型コロナウイルス感染症の重症度評価」Newsletter L-FABP No.18
- Katagiri D, et al: Evaluation of Coronavirus Disease 2019 Severity Using Urine Biomarkers, Crit Care Explor. Jul ;31;2 (8) ,e0170, 2020
- Fukao D.et al.: COVID-19-induced acute renal tubular injury associated with elevation of serum inflammatory cytokine. Clin Exp Nephrol. Nov;25(11):1240-1246, 2021
- Tantry US. At al.: First Experience Addressing the Prognostic Utility of Novel Urinary Biomarkers in Patients With COVID-19. Open Forum Infect Dis. May 26;8(7):ofab274, 2021
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