「Toho」の名を持つ新種細菌の発見–新種登録の流れ–

1.はじめに

「新種」と聞くとワクワク・ドキドキしてしまうのは私だけでしょうか。最近、東邦大学医療センター大森病院で見つかった細菌が新種として登録されました。日常検査の中で、普段検出している細菌とは微妙に異なる部分(薬剤感受性結果など)を感じ取り、新種登録に至りました。今回は、細菌新種登録の流れと発見した新種の意義や特徴について、簡単に紹介したいと思います。

2.新種として認められるまでの道のり 
2-1 証拠集め

「この菌は新種かもしれない」となってから、新種として認められるまでの道のりは簡単なものではありません。まず、他の菌と明確に区別される「証拠集め」をしなければなりません。他の菌種と比較して異なる点や類似している点などを様々な視点から証明しなければならないのです。証明方法はいくつか御作法があり、今日では遺伝子に基づく系統解析が必須とされています。近年では、遺伝子解析の中でも、菌株(同じ種の中でも由来が同一であるものを指します)の全遺伝子配列を決定する「全ゲノム解析」が普及してきています。新種を疑う細菌について全ゲノム解析を行い、ゲノム情報を他の類似菌と比較し、遺伝子レベルで区別出来る事を示す必要があります。遺伝子情報以外には、細菌の生化学的特徴(どのような物質を好んで代謝するのか?)や菌の大きさ、発育温度などをはじめとする発育条件も詳細に検討する必要があります。

2-2 菌株寄託

次に、新種登録を行う上で求められるのは、「標準菌株(type strain)として、国内外の菌株バンク2カ所以上に菌株を寄託する」という作業が必要になります。菌株バンクとは、菌株を番号付けし、菌を資源として保管・管理する施設です。多くの世界中の研究者が、バンクを介しこの菌株を自由に扱う事が出来ます。菌株バンクは世界中に存在し、有名なところだと、アメリカのATCC(American Type Culture Collection)や英国のNCTC(National Collection of Type Culture)等があります。菌株寄託は様々な国際的な取り決めに基づき行われる必要があり、この作業も一朝一夕で出来るものではありません。菌株が相手バンクに渡った後も、一定期間バンクで保存した後も、菌株が基の性質を保ったまま保存されているか確認できてはじめて菌株の寄託が完了します。バンクと菌株にもよりますが、数ヶ月から半年ほどかかる場合もあります。

2-3 論文報告

「証拠集め」に始まり、「菌株寄託」を経て、最後に、証拠をまとめ、どの菌株バンクに登録されているのかを明確に示した英語論文を作成し投稿します。新種登録に関して一番権威ある学術誌として知られるIJSEM(International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology)に投稿するのが一般的です(他の学術誌でも可)。厳正な審査を経て受理され、国際的なvalidation list(正式に発表された種のリスト)に掲載されることで新種として認められます。論文中には、当然新種の菌種名も記載しなければなりません。菌種名はラテン語で記載するのが古くからの習わしであり、今回発見された菌種は分離地である「東邦大学: Toho University」から「Toho」をとって「Pseudomonas tohonis」と名付けました。菌種名についてもラテン語の御作法があるのですが、長くなるのでここでは割愛させていただきます。

  • ミューラーヒントン寒天培地上のP. tohonis集落.

    ミューラーヒントン寒天培地上のP. tohonis集落.
    緑膿菌に類似した緑色の色素を産生する。

  • P. tohonis電子顕微鏡写真.

    P. tohonis電子顕微鏡写真.
    緑膿菌に類似した細長い形態を示す。

3. 今後
今回発見された「Pseudomonas tohonis」は緑膿菌「Pseudomonas aeruginosa」に類似した特徴を持っています。その後の研究で、P. tohonisは緑膿菌には存在しない抗菌薬耐性因子を保有するものの、その耐性因子が薬剤感受性結果として現れにくいという、厄介な特徴を有している事も明らかになりました。われわれは、この潜在的な耐性因子の検出が緑膿菌との鑑別に役立つと考え、どのようにすれば一般的な検査室でこの耐性因子を検出できるか検討を続けています。
また、P. tohonisは臨床検体からの分離という事で、分離頻度は少ないと思われるものの、ヒトへ感染症を起こす事が危惧されます。この菌種が保有する耐性因子の特徴を解析する事で、本菌感染症治療の一助となるのではないかと考えています。

今回は、新種発見に伴い、細菌の新種登録の流れや発見した新種の特徴等について概説させていただきました。「新種発見」とは非常にワクワク・ドキドキするものですが、多くの労力と時間を費やし「新種登録」に至っています。

Vol.102,2022.3
微生物検査室 山田景土

引用文献

  1. Yamada K, Sasaki M, Aoki K et al. Pseudomonas tohonis sp. nov., isolated from the skin of a patient with burn wounds in Japan. Int J Syst Evol Microbiol 2021; 71.

投稿者:管理者

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