HIV感染症/AIDS

私たちの身の回りには様々なウイルスが存在しています。インフルエンザウイルスをはじめとして、近年は新型コロナウイルスによる感染症が流行するなど、ウイルスは身近な存在と意識されるようになりました。HIVもウイルスの一つで、約30年前に発見されました。HIV感染によって引き起こされる疾患は後天性免疫不全症候群(Acquired Immunodeficiency Syndrome : AIDS)「エイズ」と呼ばれています。HIV感染症/AIDSはメディアで取り上げられることは少なくなりましたが油断できない感染症の一つであり、今回はHIV感染症/AIDSについてお話します。

HIVはヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus)の頭文字をとった略称です。主としてCD4陽性Tリンパ球という白血球に感染し、その数を減少させることで免疫機能を低下させます。 Tリンパ球は異物を排除するために免疫細胞を活性化させたり、ウイルスなどに感染してしまった細胞を排除したりする役割があります。Tリンパ球の細胞表面上には様々な分子が発現しており、その中にCD4分子というものがあります。HIVはこのCD4を発現しているTリンパ球に感染することで免疫機能を破綻させます。HIVの感染経路は感染者との性的接触、母子感染と、輸血、臓器移植、針刺しなどの血液感染があります。世界のHIV陽性者は3770万人、年間の新規HIV感染者は150万人であり(2021年現在)1)、日本における新規HIV感染者数は毎年1000人以上報告されています。

HIV感染を診断するためには、臨床診断に加え、検査によるHIV感染の確認が行われます2)。まず血液中にHIV抗原やそれに対する抗体が存在するかどうかを検査します。HIV検査において、100%正確に陽性/陰性を判定できる検査は存在せず、偽陽性や偽陰性となる可能性があります。その中でも陽性の人を高確率で陽性と判定することができる検査は「感度が高い」検査といわれ、HIV検査の第一段階は「感度が高い」検査で感染している可能性がある人を拾い出すことです。この第一段階の検査はスクリーニング検査と呼ばれ、HIV抗原とHIV抗原に対する抗体を同時に検出することができる検査法が主流となっています3) 。ここで陽性となった場合は次のステップである「確認検査」を行います。確認検査はHIV遺伝子を検出する核酸増幅検査(nucleic acid amplification test:NAT)とHIVに対する抗体を検出するウェスタンブロット(Western blot:WB)法で行われてきましたが、2018年の11月に新たなHIV確認試薬が国内で承認され、2020年に発表されたHIV診断の標準推奨法では、WB法に代わりイムノクロマト法を原理とし、煩雑な作業を必要とせず30分程度で結果がわかるHIV-1/2抗体識別検査が確認試験として推奨されています4)。これらの検査を総合的に判定し、HIV感染の診断を行います。
HIV感染症の病状の評価は、CD4陽性Tリンパ球数と血中のHIV RNA量を指標とします5)。RNAとは遺伝子のことであり、人間でいうとDNAがそれにあたります。血中のHIV RNA量はHIV感染症の進行の早さ(CD4陽性Tリンパ球数の減少)とある程度相関があることが分かっており6)、HIV RNA量が多いほど進行が早い可能性があります。

HIV感染に対して適切な治療が施されないと全身性免疫不全により日和見感染症(通常の免疫機能の人ではほとんど病気を起こさないような微生物による感染症)や悪性腫瘍を発症し、日本では指定された23個のAIDS指標疾患を発症した場合にAIDSと診断されます。ただ、HIVに感染してすぐにAIDSになるのではなく、数年かけて少しずつ免疫機能にかかわる細胞が減少していき、AIDSを発症します。CD4陽性リンパ球数は健常人の場合700 ~ 1300個 / mm3ですが、HIV感染に伴い200個以下に減少すると、特にAIDSを発症しやすくなります。最も頻度が高いAIDS指標疾患は、Pneumocystis jiroveciiという真菌(カビの仲間)の感染に伴い発症するニューモシスチス肺炎で、2週間程度の経過で進行する微熱や倦怠感、咳嗽などを発症しますが、咳嗽が顕著でない場合もあります。悪性疾患としては、皮膚に紫斑様の皮疹が出るカポジ肉腫を発症することがあります。カポジ肉腫はHHV-8(Human herpesvirus-8)というウイルスによる感染により発症することが知られています7)。その他にも厚生労働省のホームページに指標となる疾患が記載されておりますのでご参照ください8)

HIV感染症は30年ほど前までは免疫不全が進行してAIDSを発症し、多くの人々が亡くなる疾患でしたが、現在は治療法が確立し、治療可能な疾患となっています。抗HIV療法は現在、アート(Antiretroviral Therapy :ART)と呼ばれています。通常3剤以上の抗ウイルス薬を同時に服用し、血中のウイルス量を検出できない程度まで抑え、減少したCD4陽性Tリンパ球数を回復させて免疫機能を維持する治療です。また、組み合わせによっては小さな錠剤を1日1回1錠服用で治療できるものもあります9)。HIVは著しい速度(毎日100億個前後のウイルスが産生される)で増殖しており、ARTが適切に行われない場合、抗HIV薬に対する耐性を獲得するため、確実な服薬遵守が求められます。

今回はHIV感染症/AIDSについてお話ししました。 HIVに感染しても無症状の期間が長く続くため、本人が感染を知らずに他人に感染させてしまうリスクがあり、まだまだ油断できない感染症です。2014年に国連合同エイズ計画( Joint United Nations Programme on HIV//AIDS : UNAIDS)は2020年までのHIV感染症の流行を制御する戦略として「90-90-90」という行動目標を掲げています10)。HIV感染者のうち90%が自らの感染を知り、そのうち90%が適切な治療を受けて、治療中の患者の90%以上が血中ウイルス量を低く抑えるという目標です。新規HIV感染者数は減少傾向にありますが、毎年100万人以上の人が感染しており、COVID-19流行の影響もあり、まだ達成はされていない状況です11)。このような状況を踏まえて、UNAIDSは2030年までに流行を終わらせるというSDGsとしてのAIDS対策に踏み切りました。今後もUNAIDSの行動目標の達成に向け、早期に感染を発見し、適切に治療してAIDSで苦しむことがないような世界になることが望まれます。

Vol.103,2022.2
臨床化学・免疫検査室 大竹洋輔 

参考文献

  1. UNAIDS「GLOBAL AIDS UPDATE 2021」概要版
  2. 国立感染症研究所 ホームページ AIDS(後天性免疫不全症候群)とは
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/400-aids-intro.html
    Accessed on 2022/2/28
  3. 感染症別の検査診断法 HIV感染症 臨床と微生物 Vo.48 No.2 2021.3.
  4. 診療におけるHIV-1/2感染症の診断ガイドライン2020版
  5. HIV感染症「治療の手引き」第25版 日本エイズ学会 HIV感染症治療委員会
  6. 抗HIV治療ガイドライン2021年3月
  7. Guidelines for the Prevention and Treatment of Opportunistic Infections in Adults and Adolescents with HIV. Recommendations from the Centers for Disease Control and Prevention, the National Institutes of Health, and the HIV Medicine Association of the Infectious Diseases Society of America. February 17, 2022.
  8. 厚生労働省ホームページ 9 後天性免疫不全症候群
    https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-07.html
    Accessed on 2022/2/28
  9. HIV感染症-Up to date 大阪透析研究会会誌 第38巻1号 15~20 2020
  10. UNAIDS:90-90-90-An ambitious treatment target to help end the AIDS epidemic,2017.
    https://www.unaids.org/en/resources/909090
    Accessed on 2022/2/28
  11. 90–90–90: good progress, but the world is off-track for hitting the 2020 targets. UNAIDS. 21 SEPTEMBER 2020

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