聞いたことはあっても意外と知らない「梅毒」

 近年増加傾向にある性感染症の「梅毒」という感染症をご存知でしょうか。今回は、「梅毒」についてお話したいと思います。

 梅毒とはTreponema pallidum(梅毒トレポネーマ)というらせん状の細菌(図1.)によって引き起こされる性感染症です。主として性的接触によりうつる性感染症ですが、妊娠中に感染すると胎盤を介して胎児にも感染し(経胎盤感染)先天梅毒を発症することがあります。1943年にペニシリンによる治療に成功してから発生は激減しましたが、1960年代半ばには世界的な再流行がみられました。その後も増減を繰り返していますが、近年では報告数が2013年に1200例を超え、2018年には6000例を超えるなど増加傾向にあります。症状は感染の経過期間によって異なります。
第Ⅰ期(感染後約3週間)では陰部や口腔内、肛門周囲などの感染部に初期硬結と呼ばれるしこりが生じ、硬性下疳と呼ばれる潰瘍に進展します。また鼠径部のリンパ節の腫れといった症状がみられますがどれも痛みを伴うことは少ないです。第Ⅱ期(感染後数か月)ではバラ疹と呼ばれる赤い発疹が出現する他、手のひらや足の裏にも出現する膿痂疹(虫刺されを掻き壊したような皮疹)や、扁平コンジローマ(平べったく隆起したイボ様の病変)、梅毒性脱毛などの多様な症状がみられます。第Ⅱ期梅毒症例の中で、髄膜炎や眼症状などを呈すものは早期神経梅毒と呼ばれます。無治療のまま感染後数年経つと、晩期梅毒の症状として、ゴム腫と呼ばれる皮膚の病変、心臓の感染による心不全や大血管の感染による動脈瘤(心血管梅毒)、電撃痛という痛みを伴うような神経梅毒が出現し、人格変化や認知力の低下などの症状を認めることもあります。

 梅毒は問診・診察及び血清検査の結果をもって診断されます。血清検査では採血した検体の遠心分離を行い得られた血清を用いてSTS法(Serologic Test for Syphilis)とTP(Treponema pallidum)抗原法の2種類の検査を行っています。
STS法はカルジオリピンというリン脂質に対する抗体を検出していて、梅毒による炎症によってカルジオリピンが遊離され抗カルジオリピン抗体が産生される現象を見ています。このため、梅毒以外の病態、例えば自己免疫疾患の患者や妊婦なども稀に陽性となることがあります(これを生物学的偽陽性と言います)。
STS法の検査方法には主に、ガラス板法やRPRカード法、ラテックス凝集法の3種類があります。最近では自動分析装置を使用してのラテックス凝集法が普及し以前より高感度に抗体を検出することが出来るようになっています。TP抗原法と比べ、早期から陽性になりますが、生物学的偽陽性との判別に注意が必要です。
TP抗原法は梅毒トレポネーマに対する特異抗体を検出する検査です。一度梅毒に感染し抗体を獲得するとTP抗原法ではほぼ生涯にわたり結果は陽性となります。

 この2種類の検査を組み合わせることで、以下の解釈が可能となります。
STS(-) TP(-):非梅毒(梅毒に感染していない)、梅毒感染の極初期(感染から約3週以内)
STS(-) TP(+):過去の梅毒感染による抗体保持
STS(+) TP(-):梅毒の初期感染、生物学的偽陽性
STS(+) TP(+):活動性の感染、梅毒治療後早期(+:陽性 -:陰性)
この様に、2種類の検査結果から感染の有無や時期を推測することで、診療に役立たせることが出来ます。

 梅毒感染のリスク因子には不特定多数の人との性的接触やコンドームの非使用などが挙げられます。 また、性交渉を行っていなくても、口腔内や肛門からの感染もみられます。 梅毒の陰部潰瘍はHIVなど他の感染症の感染リスクを高める可能性が示唆されており、感染を合併すると双方の進行を早め重症化してしまう危険性もあります。 自分のためだけでなく相手のためにも、予防対策を行い、感染が疑われる際には早期に診断することが大切です。 気になる症状や異常が認められる場合には速やかに医療機関を受診し検査を行うことをお勧めします。

【図1.】梅毒トレポネーマ電子顕微鏡写真
文京学院大学の石井利明先生寄贈

Vol. 105, 2022. 6
微生物検査室 中村美彩樹

参考文献

  1. 厚生労働省 梅毒に関するQ&A
    https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/seikansenshou/qanda2.html
  2. 国立感染症研究所
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/465-syphilis-info.html
  3. 臨床検査ひとくちメモ モダンメディア56巻2号2010
  4. 梅毒の臨床像、診断と治療  臨床検査vol.62 no.2 2018年2月
  5. 臨床検査 Q&A RPRの結果の表記・解釈について教えてください.Medical Technology. 49(1),81-83, 2021

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