北里柴三郎と破傷風

はじめに

2024年に新しい千円札の肖像となる北里柴三郎(写真1)を皆さんご存知でしょうか。彼は1852年に熊本で生まれ、東京医学校(現在の東京大学医学部)で学び、その後ドイツへ留学しました。そこで、結核菌を発見した細菌学者ロベルト・コッホのもとで細菌学を研究し、破傷風菌の純粋培養に成功した人物です1)。北里研究所や北里大学のシンボルマークにも破傷風菌を図案化したものが用いられています。この破傷風菌とは、どのような菌なのでしょうか。

破傷風について

破傷風菌(Clostridium tetani)は、酸素のある環境では発育することができない嫌気性菌に属しており、主に土壌などの環境に存在します。顕微鏡下では太鼓のバチ状に見えます(写真2)。太鼓のバチ状の先端は芽胞と呼ばれ、熱や乾燥に強く、アルコールなどの消毒剤にも抵抗性を示します。発育環境が整った状態では、増殖できる栄養型で存在しますが、栄養の欠乏や乾燥などで発育環境が悪くなると、休眠型の芽胞という固い殻に包まれた状態に変化します。土の中などの厳しい環境下では芽胞として生き延び、水分、温度、栄養などが発育に適した環境になると芽胞が発芽し、再び栄養型となって増殖をしていくのです2)。 ガーデニングの土いじりなどの際に手指に小さな傷やけがなどがあった場合や、釘など鋭いものを踏んだ時など野外で外傷した場合に、菌は傷口から体内へ侵入し、増殖して破傷風という感染症を引き起こします。潜伏期間は通常7-10日ですが、2か月程度たってから発症することもあります。体内に侵入した破傷風菌は、強力な神経毒素の破傷風毒素(テタノスパミン)を産生します。この毒素は、神経の働きを抑制する中枢神経に作用し、筋肉のけいれんやこわばり、呼吸困難、脳炎などといった全身的な命に関わる症状が起こります。
破傷風は病気の進行が早く、発症後、数日で重篤な状態に陥ることがあります。舌がもつれて口が開けにくい(開口障害)、飲み込みにくい(嚥下障害)、のけぞったような痙攣(後弓反張)や、全身のこわばりといった症状がみられますが、音や光などのささいな刺激が引き金となって、全身に筋肉のけいれんが起こるのも特徴の一つです。疑わしい場合は速やかに医療機関を受診し、入院治療が必要となってきます3,4)

検査と届け出

検査材料は、破傷風の疑いのある患者の創部部位のデブリードマン(創部切除法)による組織片、洗浄液、膿汁などで、環境中の微生物による汚染を避けて採取をします。採取した検査材料は、酸素に触れにくくするため、密閉できる嫌気性輸送容器に入れ、できるだけ速やかに細菌検査を行います2,4)
細菌検査では、はじめに検査材料をスライドガラスに塗り付け標本を作製し、染色液で染めて顕微鏡で破傷風菌の存在を調べます。これを塗抹鏡検検査といいます。 破傷風菌を目的とする場合はグラム染色(写真2)や芽胞染色が用いられます。
次に検査材料を寒天培地(細菌が発育するのに必要な栄養を含んだもの)に接種し、破傷風菌が発育するかどうかを調べます。これを培養検査といいます。培養は酸素吸収・炭酸ガス発生剤を入れた密閉容器を使用し、嫌気環境にして35~37℃で3~5日間程度培養を行います4,5)
大腸菌などの一般的な菌は、寒天培地上で限局した集落を形成します(写真3)。一方、破傷風菌の集落は、遊走(Swarming)と呼ばれる寒天培地表面に薄く広げたような発育を示すのが特徴です(写真4)。
従って、塗抹鏡検検査で太鼓のバチ状の芽胞を持つ菌が観察され、寒天培地上に遊走を示した菌が発育した場合に破傷風菌を推定しますが、細菌検査では破傷風菌の検出率は約30%と低く6)、症状や所見などから破傷風と診断することもあります。
その他の検査として、破傷風毒素や破傷風毒素遺伝子の検出などがあります4)

破傷風は、感染症法で五類感染症全数把握疾患に定められているので、診断した医師は7日以内に保健所に届け出が必要になっています3,4)

治療と予防

治療初期には抗破傷風ヒト免疫グロブリンが用いられ、破傷風菌が産生する毒素を中和する効果があります。抗菌薬は毒素に対して効果はありません。治療の経過が良好であっても症状が消失し、回復するまでには数か月かかります。
破傷風の予防はワクチン接種が有効です。ワクチン接種により100%近くの人が抗体を獲得し、免疫効果は約10年間持続するといわれています3,4)
日本では1948年に予防接種法が制定されましたが、この時、破傷風はまだ対象疾病ではありませんでした。その後、1968年からジフテリア、百日咳といった他の感染症に対するワクチンが組み合わされた三種混合ワクチン(DPT)の定期接種が開始され、現在はこれに、ポリオに対するワクチンが組み合わされた四種混合ワクチン(DPT-IPV)の接種を行っています。
破傷風は現在でも年間130例前後の届け出数がありますが、ワクチン接種の普及によって死亡数は減少傾向を示し、1954年には1000例以上の届出がありましたが、1975年には100例以下、2012年以降は年に数例のみとなっています3,4)

おわりに

現在の千円札の肖像は、黄熱病の研究で知られる野口英世ですが、彼は黄熱病の研究のためにアメリカに渡る前は、北里柴三郎が所長を務めていた伝染病研究所で、研究と通訳をして北里柴三郎に仕えていました1)。師弟ともに日本の紙幣の肖像になったのですね。
家庭菜園やガーデニングといった土いじりや、スポーツなどで土壌に潜んでいる破傷風菌とうっかり鉢合わせしたくないものです。

Vol.109,2022.11
微生物検査室 前原千佳子

参考文献

  1. 北里柴三郎とその一門  慶應義塾大学出版会
  2. 臨床検査学講座 臨床微生物学  編集 松本哲哉 医歯薬出版株式会社
  3. 日常生活に潜む破傷風  一般社団法人 日本血液製剤機構
    https://www.jbpo.or.jp/tetanus/
  4. 破傷風とは  国立感染研究所 細菌第二部 感染症疫学センター
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/466-tetanis-info.html
  5. 嫌気性菌検査ガイドライン2012  Vol.22 Supplement 1 2012 日本臨床微生物学雑誌 
  6. 全身性破傷風患者の創傷部から分離したClostridium tetaniの1症例  小貫智世ほか 感染症学雑誌 第87巻 第1号

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