ぶどうに炎?!多発性骨髄腫のお話

私たちのからだは、たくさんの細胞から成り立っています。その細胞がいつもとはちょっと違った形をしているように見える・・・それが病気の診断に繋がることがあります。

ブドウ状、火焔(かえん)様…どちらも多発性骨髄腫という病気の骨髄でみられる、骨髄腫細胞の特徴です。多発性骨髄腫は60歳以上の高齢男性に好発し、腰背部痛などの骨痛や倦怠感で始まり、近年の罹患数は上昇傾向にあります。

生体内に侵入した異物を排除する働きをもつ「抗体」は主に骨髄という血液細胞の製造工場に存在する「形質細胞」によって作られています。通常、形質細胞ではそれぞれの細胞で1種類の抗体を産生しています。この細胞たちが少しずつ異なる抗体を産生することで、多様な抗体が血液中に送り出され、私たちの体を守っています。
この中の一部の形質細胞が腫瘍化し、骨髄腫細胞になってしまうと、その細胞は異常増殖し、1種類の異常な抗体が限りなく産生されます。そしてその他の形質細胞が抑制され、1種類が過剰に産生された状態になってしまいます。

異常に増殖した骨髄腫細胞は様々な症状を引き起こします。
抗体が過剰産生されることにより血液の粘ちょう度が増し、めまいや頭痛、腎機能障害などが起こります。また、骨髄中に骨髄腫細胞が異常増殖することで、その他の細胞の産生が抑制されてしまい、正常な骨髄機能が保てなくなります。正常な骨髄では、赤血球・白血球・血小板の元になる細胞が作られているため、その細胞の成長が妨げられると赤血球や白血球、血小板が減少し、貧血や易感染性、出血傾向といった症状も出てきます。
骨髄腫細胞からは異常な抗体以外にも様々な生理活性物質が産生されます。その一つに破骨細胞を活性化させる因子があります。破骨細胞は通常、古くなった骨を溶かし、新しい骨が作られる手助けをしています。しかしこの破骨細胞が必要以上に活性化すると、骨融解が起こり骨痛や圧迫骨折を起こします。骨が融解するため、骨中のカルシウムが血液中に溶け出し血中のカルシウム値が上昇します。また、骨X線では骨に穴が開いたように見られる骨の打ち抜き像がみられます。

多発性骨髄腫と診断するためには、骨髄検査を行い、骨髄中に骨髄腫細胞が10%以上存在することを証明する必要があります。(骨髄検査については2022年6月のコラム【血液の工場「骨髄」の検査】に詳しく記載してあります。そちらもご覧ください。)
骨髄検査で採取された骨髄液を標本にし、標本を見やすいように染色を行います。場合によっては特別な物質のみを染める特殊染色も行います。そうして出来上がった骨髄塗抹標本【写真1】を、臨床検査技師が顕微鏡を用いて観察しています。
正常な形質細胞は細胞の核が片側に寄っており(核偏在)、細胞質は青みがかった色(好塩基性)をしています。また、核の周りが明るくなっている(核周明庭)のが特徴的な細胞で、健常者の骨髄には0~3%程度存在しています。【写真2】
一方、多発性骨髄腫で見られる骨髄腫細胞(異常な形質細胞)でも核の偏在と細胞質の好塩基性、核周明庭は変わりません。しかし、通常1つである核が2つあったり、細胞質がブドウの房のように見えるグレープセルや、細胞質のふちが炎のように見える火焔細胞など、多様な形態をとります。【写真3~5】

血液検査室では末梢血液細胞や骨髄細胞の観察を行っています。末梢血標本では白血球を種類に分けてカウントし、割合を算出しています。また、赤血球や血小板も含め細胞の形態を観察し、異常細胞はないか確認しています。骨髄標本では赤血球、白血球、血小板を作る細胞や形質細胞、異常な細胞やその他骨髄にのみ存在する細胞など、見える細胞すべてをカウントし、割合を算出します。どちらの標本でも、細胞を観察する際は数を数えるだけでなく、その細胞の形や色、その他に通常と違うところはないかと一つ一つ、注意深く細胞を確認していきます。異常細胞があれば、より詳細な細胞観察を行い医師に伝えています。
それが少しでも診断に繋がるようになればと思い、今日も細胞たちを観察しています。

  • 【写真1:骨髄塗抹標本】

    【写真1:骨髄塗抹標本】

  • 【写真2:正常形質細胞】

    【写真2:正常形質細胞】
    核が偏在し、核周明庭(点線部分)が確認できる。

  • 【写真3:多発性骨髄腫標本】

    【写真3:多発性骨髄腫標本】
    形質細胞の増加、2核の形質細胞(矢印)が確認できる

  • 【写真4:グレープセル(異常な形質細胞)】

    【写真4:グレープセル(異常な形質細胞)】

  • 【写真5:火焔細胞(異常な形質細胞)】

    【写真5:火焔細胞(異常な形質細胞)】

Vol.110,2022.12
血液検査室 青砥 彩

参考文献

  1. 日本血液学会 造血器腫瘍診療ガイドライン2018年版補訂版
  2. 病気がみえるvol.5 血液 第2版(メディックメディア)
  3. スタンダード検査血液学 第4版(日本検査血液学会)
  4. 血液形態アトラス(医学書院)
  5. 国立がんセンター がん情報サービス(https://ganjoho.jp/public/index.html
  6. 安倍正博 「骨髄腫細胞と骨髄微小環境 —骨病変を中心に—」(最新医学64巻12号2499-2505, 2009.)

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