ノーベル賞と臨床検査の繋がり

このコラムを執筆している10月〜翌年1月は、皆さんご存知のノーベル賞が注目される季節です。皆さんは毎年どんな賞が受賞されるかワクワクしませんか。今回のコラムではノーベル賞と臨床検査の関係性について皆さんにお伝えしたいと思います。このコラムを読んでもらうことでノーベル賞の研究が医療現場、特に臨床検査でも大きな発展に貢献していることが理解できると思います。ぜひ最後まで読んでみてください。

ノーベル賞は10月に受賞者の発表があり、翌年1月にストックホルムとオスロで授賞式が開催されます。元々ノーベル賞は、ダイナマイトの発明者である化学者アルフレッド・ノーベルの遺言に従って1901年から始まった世界的な賞です。現在、6つの分野の賞があり、各分野で多大な影響を及ぼす発見や発明、功績を残した人に与えられます。日本人の受賞者は2022年1月現在28人が授与され、最近では2018年に本庶佑博士が生理学・医学賞を、2019年に吉野彰博士が化学賞を、2021年に真鍋淑郎博士が物理学賞を授与されています。

このノーベル賞で受賞される研究は、いずれも専門家でないと理解することが難しい論文発表のものですが、応用することで私たちの生活に必要不可欠な技術となり恩恵を受けています。例えば、2019年に吉野彰博士が化学賞を受賞した「リチウムイオン二次電池の開発」です。現在、私たちが使っているスマートフォンやタブレット、パソコンがここまで小さく、かつ一日使っていてもバッテリー切れしない電池は吉野彰博士らが開発したリチウムイオン電池のおかげなのです。もしリチウムイオン電池が開発されていなかったら、いまだに重くてすぐに電池切れする携帯電話を持っているかもしれません。電気自動車も道路を走っていないでしょう。他にも多くのノーベル賞が我々の身近な生活に大きな影響を与えてくれています。

では臨床検査の世界ではノーベル賞がどのように貢献しているかご存知でしょうか。今回は3つのノーベル賞と臨床検査を紹介いたします(表1)。

まず一つ目はPCR (ポリメラーゼ連鎖反応)です。PCRと言えば新型コロナウイルス検査で注目を浴びた検査法の一つです。キャリア・マリス博士がPCRを発明し、検査者が増やしたいと考えるDNAの一部分を数時間で増やす画期的な手法として1993年に化学賞を受賞しました。現在、このPCRは多くの病気、特にガンや感染症の早期診断、治療薬の選択で使われるようになり、遺伝子検査領域の臨床検査では欠かせない検査手法となっています。

二つ目はMALDI-TOFMS(マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間形質量分析計)です。この研究は、田中耕一博士らが開発した手法で2002年に化学賞を受賞しました。臨床検査ではこの技術を応用して微生物の菌名検査(同定検査と言います)に使用されています。この技術が開発される前は、感染症の原因菌の名前を知るために1-2日間かかっていました。しかし、この技術を使うとわずか5分ほどで原因菌の名前がわかるようになったのです。これによって、感染症の早期診断と適正な治療へのアプローチが可能となりました。

原理としては細菌は多くのタンパク質で構成されています。細菌(タンパク質)に高出力レーザーを当てると丸焦げとなって壊れてしまいます。しかし、田中耕一博士らが開発した特別なコーティング材を使用することで、細菌(タンパク質)に高出力レーザーを当てても丸焦げにならず、大小不同の異なる大きさ(重さ)に分かれます。このバラバラになった細菌(タンパク質)は、細菌の種類によってパターン化されていて大きさや個数が異なります。名前を知りたい細菌のパターンが登録されているデータベースと照合することにより、どの細菌のパターンと一致するか調べることで、患者さんから検出された細菌が何者なのかがわかるのです。

最後の3つ目はFMD(Flow-Mediated Dilatation : 血流依存性血管拡張反応)検査です。このFMD検査は超音波検査で、血管内皮細胞(血管を構成する一番内側の細胞)の機能を調べることができます。血管内皮細胞の機能を調べると初期段階の動脈硬化が発見でき、心筋梗塞や脳梗塞の予防に繋がります。実はこれもノーベル賞の研究を検査に応用したものになります。FMD検査とは腕を血圧を測定する時に使うカフで一定時間圧迫して、開放後に血流が増えた時の血管がどれだけ拡がるかを超音波でみる検査で、これで血管内皮細胞の機能を調べることができます。

血管が健康な人は血流が増えると血管内皮細胞からNO(一酸化窒素)が作られて、NOによって血管が広がります。この現象を解明したのがファーチゴット博士らです。ファーチゴット博士らは血管内皮細胞からできるNO(一酸化窒素)が血管を拡張させるための重要な物質であることを証明したことで、1998年に医学生理学賞を受賞しました。一方で、心筋梗塞や脳梗塞など血管にダメージを受けている人は血流が増えても血管が広がりません。血管のダメージは内側から始まります。そのため、心筋梗塞や脳梗塞では一番内側にある血管内皮細胞にダメージを受けており、NOを作ることができず、血管が広がりません。

血管が硬くなり、血管の内側にプラークができると、心筋梗塞や脳梗塞に繋がります。ここまで病気が進むと生活習慣を見直ししても改善することは困難です。しかし、心筋梗塞や脳梗塞の初期段階ではまだ血管が柔らかく、血管内皮細胞のみダメージを受けている状態(FMD検査で血管が広がらない状態)となります。この段階では生活習慣を見直すことで血管の健康を取り戻すことができ、心筋梗塞や脳梗塞の血管の詰まりを予防することができます。

以上、3つのノーベル賞と臨床検査についてお伝えしました。今後も、ノーベル賞の研究が臨床検査に応用されるかもしれません。もしかすると山中伸弥博士が受賞したiPS細胞も、数年後、数十年後には、何らかの形で我々臨床検査技師も業務の一つとして扱っているかもしれません。そうなるとより患者さんに貢献できて、やり甲斐のある仕事になると思います。

まだ見ぬノーベル賞にも期待して、これからのノーベル賞発表の時にはこのコラムのことを少しでも思い出して頂けたら嬉しいです。最後まで読んでいただき有難うございました。

Vol.111,2023.1
微生物検査室 荻原真二

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