カンピロバクターにより引き起こされるギラン・バレー症候群
2023年08月02日蒸し暑い日が続いていますがいかがお過ごしですか。今回は、前回のコラムで予告いたしましたように、カンピロバクターが引き起こすもう1つの病気であるギラン・バレー症候群(Guillain-Barre Syndrome,GBS)についてお話したいと思います。
GBSは末梢神経が障害されることで、手足の先のしびれや四肢脱力、腱反射消失などをきたす病気です。末梢神経は神経細胞から伸びて情報を直接末端に伝える「軸索」と軸索を包み込み神経細胞の電気刺激を速く伝達するための「髄鞘」で構成されています。
よく神経の軸索は「電線」に髄鞘は電線の周りを取り囲む「絶縁体」に例えられ、電線が切れると電話が繋がらなくなるのと同じような事が末梢神経でも起こります。GBSでは障害される部位が髄鞘であれば脱髄型、軸索なら軸索型に病型が分類されます(図1)。

GBSの原因は、体内に侵入した病原体(ウイルスや細菌)に対して産生された抗体が誤って自分の末梢神経を攻撃してしまう免疫の異常であると考えられています。GBS患者は発症前4週間以内に何らかの感染症に罹患していたと言われており¹⁾、GBSを発症した患者の26%にカンピロバクター感染があったと報告があります²⁾。カンピロバクターに感染すると、体内では病原体を攻撃するために菌体外膜の糖脂質に対する抗体を産生しますが、構造の類似した糖脂質が神経細胞膜にも存在しているので、自ら産生した抗体が誤って自分の末梢神経を攻撃してしまいます。このような免疫反応は分子相同性と言われ、GBSの発生機序として明らかになっています³⁾(図2)。

診断は特徴的な臨床症状によって行われますが、他疾患の除外や診断をより確実に行うために血清学的・血液生化学的検査、脳脊髄液検査、神経伝導検査が行われます¹⁾⁴⁾。
血清学的・血液生化学的検査では自己抗体として産生される抗糖脂質抗体を調べます。
GBSにおける抗糖脂質抗体の陽性率は約60%と言われ¹⁾、病原体に存在する糖鎖抗原により様々な種類があります。GBSでは抗GM1抗体、抗GM1b抗体、抗GQ1b抗体などが検出されますが、特に抗GM1抗体、抗GQ1b抗体は陽性率が高いことが分かっています。抗糖脂質抗体の抗体価と重症度は相関しないと言われていますが、GBS患者の人工呼吸器装着群は非装着群に比べ、抗GQ1b抗体の陽性率が有意に高かったという報告もあります¹⁾。
脳脊髄液検査は各種神経系疾患の病態を反映する検査で、蛋白定量検査と細胞数(白血球)算定が行われます。蛋白定量検査の基準範囲は10~35mg/dL(15歳以上)、細胞数の基準値は5/µL以下(乳児以降)となります。細胞数算定では細胞分類(単核球・多形核球)と1μL中の細胞数を計算盤でカウントします⁵⁾。GBSの所見としては、髄液蛋白が軽度高値を示す程度で細胞数は増加しません。これにより、髄液蛋白と細胞数共に増加する髄膜炎等との鑑別が出来ます。
神経伝導検査は、電気刺激により得られる運動神経伝導速度と複数の筋を収縮させて記録される複合筋活動電位の振幅(波形)でGBSの病型を分類します。図3のように髄鞘が軸索に巻きついていることで神経は跳躍伝導が可能となり、電気信号の伝導速度を早くすることが出来ますが、髄鞘が剥がれると伝導速度の遅延が生じます。このため、脱髄型では運動神経伝導速度の低下と複合筋活動電位の振幅遅延(図3a赤線)が起こります。軸索型では複数の神経のうち、いくつか電気信号が伝わらない神経が生じるため、複合筋活動電位の振幅低下(図3b赤線)が認められます。

GBSの予防には、まずカンピロバクターの感染に注意することです。前回のコラムで述べましたように、食肉を十分に加熱処理(75℃以上で1分間以上)し生食を避けることや、二次汚染防止に努めることが大切です。また、ウイルスによる上気道感染(風邪)も原因となることがありますので、手洗いやうがいによる感染予防も必要です。GBSの発症率は人口10万人あたり1.15人と推定され、平均発症年齢は39±20歳です¹⁾。この数字を見ると罹患者はあまり多くないと思われるかもしれませんが、このコラムを機にカンピロバクターの感染からGBSという末梢神経障害の病気にもなりうる、ということを知っていただければ幸いです。
一般検査室 今泉 真理子
参考文献
- ギラン・バレー症候群フィッシャー症候群診療ガイドライン2013
- Jeremy H.Rees,Ph.D.,M.R.C.P.,et al:Campylobacter jejuni infection and Guillain-Barré syndrome.The New England Journal of Medicine.Nov.23,1995
- 病気がみえるvol.7 脳・神経 第2版.メディックメディア
- ギラン・バレー症候群. 朝倉内科学 第11版
- 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会:髄液検査技術教本.丸善出版
投稿者:管理者
カテゴリー:未設定