ウイルス性肝炎
2023年09月11日皆さんは「肝炎」と聞いて何を思い浮かべますか。肝炎とは肝臓の細胞に炎症が起こり、肝細胞が破壊されていく疾患であり、原因としてはウイルス性、薬剤性、自己免疫性、アルコール性や非アルコール性脂肪肝炎(NASH)1)などが挙げられます。ウイルス性肝炎でB型肝炎という名前を耳にしたことがあると思いますが、健康診断などの血液検査の結果欄に記載されているHBs抗原やHBs抗体の項目がB型肝炎の検査となります。一方、C型肝炎の項目はHCV抗体となります。今回はウイルス性肝炎についてお話しします。
ウイルス性肝炎は5つに分けられ、A・B・C・D・E型がありますが、感染したウイルスが肝細胞での増殖に伴う細胞破壊によって起こるのではなく、体の免疫機能(ウイルスや細菌などの外敵から体を守るしくみ)がウイルスを排除しようと感染した肝細胞を攻撃することによって起こります2)。感染様式は大きく2つに分けられ、「一過性感染」と「持続感染」があります。「一過性感染」はさらに急性肝炎(短期的に肝臓に炎症が起こる疾患)を発症する顕性感染(症状があらわれる)と自覚症状がないまま治癒する不顕性感染(症状があらわれない)に分かれます。「持続感染」は感染したウイルスが体から排除されず、半年以上にわたり肝臓の中にいることで、一部の方は慢性肝炎(肝臓の炎症が半年以上続く疾患)を発症します3)4)。
A型肝炎は肝細胞で増殖したA型肝炎ウイルスが胆汁・胆管を経て糞便中に排泄され、これに汚染された生水や生の魚介類(カキなど)、生野菜を介して感染します。急性肝炎を発症する可能性がありますが、慢性化することはありません2)。かつて日本でも広く流行していましたが、近年は衛生環境の整備とともに感染の広がりが制御されるようになりました。一方、WHOによると北米、欧州、オーストラリア、ニュージーランドならびに日本を除けば、ほとんどの国が感染の危険性が高い地域とされています5)6)。
B型肝炎は感染力がとても強く、B型肝炎患者やB型肝炎ウイルス(HBV)を体内に保有し持続感染している方(キャリアと言います)を感染源として、性行為、妊娠や出産に伴う新生児への感染、血液が付着した注射器などによって感染します。キャリアは世界で約4億人存在すると推定されています。日本におけるHBVの感染率は約1%であり、出産時あるいは乳幼児期においてHBVに感染すると、9割以上の症例は持続感染に移行します7)。
C型肝炎はC型肝炎ウイルス(HCV)を体内に保有している方からの輸血や血液が付着した注射器などによって感染し、急性肝炎を発症することがありますが、多くの方は症状がありません。
D型肝炎はHBV存在下でのみ感染し、HBVと同じような感染経路によって感染しますが、母児感染はほとんどありません。
E型肝炎は熱帯・亜熱帯の発展途上国に常在し、感染経路は経口感染(水や食べ物を飲食することで感染)で、E型肝炎ウイルスに汚染された食物、水等の摂取により感染することが多いとされ、ブタなどの動物の糞便に汚染された水系からの集団感染がみられることがあります。日本では、HEVに感染したブタ、イノシシ、シカ等の生肉や肝臓の摂食による感染者が発生しており、人獣共通感染症として注目されています2)。
ウイルス性肝炎では、感染初期のアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)およびアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)の上昇に続いて総ビリルビン値も上昇しますが、ウイルス性肝炎以外にEBウイルスによる伝染性単核症(リンパ節の腫れや発熱を起こし、異型のリンパ球が認められる疾患)やサイトメガロウイルス感染症(肺炎や腸炎、網膜炎、肝炎を引き起こす疾患)などでも同様の検査所見が認められます。したがって、各肝炎ウイルスに対する抗体価を測定したり、ウイルス抗原やPCR法による核酸(DNA・RNA量)の測定によって鑑別診断を行う必要があります2)。当院では1時間ほどで検査結果が出る迅速な検査として、B型肝炎に関してはHBs抗原、HBs抗体、HBc抗体の検査を実施しています。HBs抗原陽性はHBVに感染している状態であり、のちにHBc抗体も陽性となります。HBs抗体はB型肝炎ワクチンの接種後や過去にHBVに感染していた方(多くはHBc抗体も陽性)が陽性となります。HBc抗体はHBVに感染している方(HBs抗原も陽性)や既往歴のある方(多くはHBs抗体も陽性)が陽性となります。その他に検査は数日必要となりますが、HBV DNA定量(ウイルス量を反映)、HBe抗原(HBVの活動性が高い状態)、HBe抗体(HBVの活動性が低くなった状態)、IgM-HBc抗体(急性の感染初期を反映)の検査があります2)8)(図)。

図.一過性感染時のHBV検査項目の推移(これだけは知っておきたいB型肝炎ガイドより引用)
C型肝炎の検査としてHCV抗体検査がありますが、HCVに対する抗体を検出するため、現在の感染と過去の感染の区別ができません。その判別としてHCV RNA定量(ウイルス量を反映)検査があります。
その他のウイルス性肝炎の検査は、A型肝炎はHA抗体(A型肝炎に感染している方、既往歴のある方、ワクチン投与歴のある方が陽性)、D型肝炎はHDV RNA定量(D型肝炎に感染している方が陽性、現時点は保険適用外)、E型肝炎はHEV抗体(E型肝炎に感染している方、既往歴のある方が陽性)など様々な項目があります9)10)。
ワクチン(予防接種)についてですが、A型肝炎ワクチンは希望した方のみ受けられる任意接種であり、A型肝炎は開発途上国における感染の危険性が高いため、その様な地域への渡航の際に推奨されています5)。B型肝炎ワクチンは2016年より任意接種から定期接種に変更となっており11)、通常0歳児で接種されます。私たち医療従事者は採血時の針刺し予防のため学生時代の病院実習前や入職時の健康診断の結果でHBs抗体が陽性(≧10.0 mIU/mL)でなければ、B型肝炎ワクチンの接種が推奨されています。その他のウイルス性肝炎に対するワクチンはE型肝炎のみ中国で承認されていますが、日本にはまだありません12)。
2023年5月8日より新型コロナウイルス感染症は5類感染症となり13)、行動制限が緩和されたことにより海外旅行をする方が増えてきていますが、各種ウイルス性肝炎の感染経路に留意するとともに予防接種を活用し、自分自身を防衛していきましょう。
臨床化学・免疫検査室 原澤 彩貴
参考文献
- 下平貴大:コラム「お酒も飲まずに肝臓病!? NASHのお話」
https://www.lab.toho-u.ac.jp/med/omori/kensa/column/column_069.html - 新版 臨床免疫学 第3版.講談社
- 肝炎.net「B型肝炎ウイルスに感染すると」
https://www.kanen-net.info/kanennet/bkanennet/info-08 - 肝臓検査.com「肝炎」
https://kanzo-kensa.com/sick/hepatitis/ - 中野貴司:海外渡航者に対するワクチンの重要性.日内会誌108(2):289-296.2019
- WHO Hepatitis A, Updated 20 July 2023
https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/hepatitis-a - B型肝炎治療ガイドライン(第4版).日本肝臓学会.2022
- これだけは知っておきたいB型肝炎ガイド(臨床検査技師を志す学生・臨床検査技師向け).厚生労働省
- 臨床検査データブック 2021-2022.医学書院
- SRL総合検査案内 2022-2023
- 四柳 宏:B型肝炎ワクチン 定期接種化までの道のりと今後の課題.日消誌2018(115):777-780.2018
- WHO Hepatitis E, Updated 20 July 2023
https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/hepatitis-e - 厚生労働省「新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行後の対応について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/corona5rui.html
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