赤血球の形態異常−球状赤血球について

私たちの身体の中を流れている血液には赤血球、白血球、血小板が存在し、様々な役割を担っています。その中のひとつである赤血球は中央部がくぼんだ円盤状の形態をしています。一方、球状赤血球は名前の通り球状の形態をとります。今回のコラムでは球状赤血球に焦点を当て、赤血球の形態の変化により、通常の赤血球とどのような違いがあるかお話しさせていただきます。
赤血球は主に酸素と二酸化炭素の運搬を行っています。赤血球が酸素を運搬することにより、肺から取り込んだ酸素を身体の隅々に届けることができます。正常赤血球には「くぼみ」があり、このくぼみがあることで表面積を大きくし効率よく酸素と二酸化炭素の交換を行っています。しかし、球状赤血球にはくぼみがないため正常赤血球より表面積は小さくなります。また、正常赤血球は外部から力が加わると、くぼみの位置を移動させることで形態を変えることができます。このように自由に形態を変えることが出来る能力を変形能と言います。正常赤血球は優れた変形能を有することで、自身より直径の小さな血管も通過することができます。¹⁾
寿命を終え老化した赤血球は、マクロファージ(白血球の一種である単球が分化したもの)によって脾臓などで破壊(貪食)されます。脾臓の血管はとても細く、正常な赤血球は変形して通過します。しかし、くぼみが無く、正常な赤血球より変形能が低下している球状赤血球は脾臓の細い血管を通過することができないため、老化赤血球と共に脾臓内でマクロファージに貪食されてしまいます。その結果、通常では起こることのない、赤血球の膜が壊れてしまう「溶血」が起こります。溶血が起こることにより赤血球数は減少し、赤血球内に存在するヘモグロビンが放出されるため、ヘモグロビンの代謝産物である間接ビリルビンが上昇し、皮膚が黄色くなる黄疸や胆石が生じます。
球状赤血球を確認するには、末梢血をスライドガラスに塗抹したものを染色し、顕微鏡で観察します。そうすることでくぼみのない球状の赤血球を確認することができます(写真1)(写真2)。

その他にも赤血球の脆弱性を調べる「赤血球浸透圧抵抗試験」や「直接グロブリン試験」などがあります。²⁾赤血球浸透圧抵抗試験は赤血球の外膜(半透膜)と浸透圧を利用した検査です。水は浸透圧の低い方から高い方へ移動しようとするため、生体内より薄い濃度の食塩水(低張食塩水)に赤血球を入れると、低張食塩水の溶媒である水が赤血球内に入り込もうとします。正常赤血球にはくぼみがあることにより、水が入り込むスペースがあるため溶血は起きません。しかし球状赤血球にはくぼみがなく、水が入り込むスペースがないため溶血が起きてしまいます。赤血球浸透圧抵抗試験では正常赤血球と患者さんの赤血球をそれぞれ各濃度に設定した食塩水に滴下し、どの濃度で溶血するかを比較することで判定します。¹⁾正常赤血球より溶血が起こりやすかった場合、抵抗性が低下しているとされ、正常赤血球と比較して容積を増やす余裕が少ない赤血球が存在することを示します。³⁾
標本で球状赤血球を確認する以外にも、血液検査結果でわかる間接ビリルビンの上昇や赤血球数の減少などの溶血所見に加え、赤血球浸透圧抵抗試験の検査結果を参考に球状赤血球の存在が疑われます。

赤血球の膜は脂質と様々な蛋白から構成されています。球状赤血球を呈する代表的な疾患である、遺伝性球状赤血球症では赤血球の膜を構成している蛋白の遺伝子異常により、脂質膜が遊離し赤血球の表面積が小さくなることで赤血球が球状になります。遺伝性球状赤血球症の発症頻度は5〜10万人に1人となっており、その多くは常染色体顕性(優性)遺伝*であるため、家族歴が認められることが多く、赤血球膜蛋白の遺伝子異常の有無を検査することにより診断が確定します。⁴⁾遺伝性球状赤血球の患者さんは脾臓でのマクロファージによる貪食が亢進するため、脾臓が通常のサイズと比べて大きくなります。貧血の程度や胆石症合併の有無などから重症度を判断し、軽症の場合は経過観察のみ行いますが、重症の場合は赤血球がマクロファージによって貪食されるスピードを緩和する目的で脾臓を摘出(脾摘)することが唯一の治療法となっています。⁴⁾

球状赤血球は遺伝性球状赤血球症の他にも、自身の免疫機能が赤血球を攻撃してしまう自己免疫性溶血性貧血でも認められます。⁵⁾
赤血球の「くぼみ」はわずかなものですが、その役割はとても大きく、赤血球の働きを大きく左右しています。今回お話しした赤血球浸透圧抵抗試験は一般的にあまりなじみのない検査ですが、遺伝性球状赤血球症を疑った場合には必ず依頼される検査です。当院の血液検査室ではこのような特殊な検査も含め、様々な検査を行っており、診断・治療に貢献しています。

*:染色体には性染色体と常染色体があります。病気の原因となる遺伝子が常染色体の上にあり、一対の遺伝子の片方の遺伝子の変異のみで発病する場合を顕性遺伝(優性遺伝)と言います。⁶⁾

Vol.122, 2024.2
血液検査室 松井 やえ

参考文献

  1. 病気が見える vol .5 血液 第2版 医師薬出版株式会社
  2. 遺伝性球状赤血球症 診断の手引き - 小児慢性特定疾病情報センター (shouman.jp)
    https://www.shouman.jp/disease/instructions/09_08_011/(Accessed on 2024.3.6)
  3. 臨床検査法提要(改訂第35版)金原出版株式会社
  4. 遺伝性球状赤血球症 概要 - 小児慢性特定疾病情報センター (shouman.jp)
    https://www.shouman.jp/disease/details/09_08_011/(Accessed on 2024.3.6)
  5. 最新臨床検査講座血液検査学 医歯薬出版株式会社
  6. 常染色体顕性遺伝(優性遺伝) – 難病情報センター (nanbyou.or.jp)
    https://www.nanbyou.or.jp/glossary/%E5%B8%B8%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93%E9%A1%95%E6%80%A7%E9%81%BA%E4%BC%9D%EF%BC%88%E5%84%AA%E6%80%A7%E9%81%BA%E4%BC%9D%EF%BC%89(Accessed on 2024.3.6)

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