COVID-19と甲状腺疾患

はじめに

2019年からSARS-CoV-2による新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行し、現在でも感染者は認められています。COVID-19では呼吸器疾患を合併することがよく知られていますが、全身の様々な臓器にも合併症を引き起こすことが報告されています1)。その中でも今回はCOVID-19と甲状腺疾患の関連についてお話しします。

甲状腺と臨床検査

甲状腺は輪状軟骨から1cmほど下に気管の前面に張り付くような形で存在している臓器で、甲状腺ホルモンを分泌しています。甲状腺ホルモンの合成と分泌は、視床下部-下垂体系により調節されており血中甲状腺ホルモン量の多寡によって、ネガティブフィードバック機構によりその濃度は精密に制御されています。視床下部から放出された甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(Thyrotropin-releasing hormone:TRH)は、下垂体に作用し甲状腺刺激ホルモン(Thyroid-stimulating hormone:TSH)を分泌させ、このTSHが甲状腺を刺激して甲状腺ホルモンであるT3(トリヨードサイロニン)とT4(テトラヨードサイロニン)の合成と分泌を促進させます。血中に分泌されたT3とT4の大部分はタンパク質(サイロキシン結合グロブリン:TBG)と結合した結合型として存在する一方、TGBと結合していない遊離型のFT3は総T3の0.3〜0.4%、FT4は総T4の0.03〜0.04%しか存在していません。しかしながら、このFT3、FT4が核内受容体に結合し糖代謝や脂肪代謝、熱産生などに影響を与えるため、FT3、FT4が上昇すると動悸、息切れ、体重減少など、低下すると倦怠感、易疲労感、むくみなどの症状が現れます2)。したがって、臨床検査で甲状腺ホルモンの状態を評価するためにはFT3、FT4を測定することが必要です。

図1 視床下部-下垂体系による甲状腺ホルモンの制御

甲状腺疾患の発症機序

コロナウイルスには、通常の風邪の原因となるコロナウイルスとSARS-CoV-2のように重症化させるタイプが存在しますが、いずれも細胞表面に存在する受容体を介して細胞内に侵入し、増殖することで身体に影響を及ぼします。COVID-19の原因ウイルスであるSARS-CoV-2は、甲状腺濾胞細胞に発現しているアンジオテンシン変換酵素2*(ACE2)に結合し感染することで甲状腺疾患が発症と考えられています3)。COVID-19感染に関連する甲状腺疾患の一つに甲状腺ホルモン濃度が過剰となる甲状腺中毒症があります。中毒症には、SARS-CoV-2の表面タンパク質とTSH受容体のタンパク質が類似していることから産生されるTSH受容体に対する自己抗体(TRAb)**4)が、TSH受容体に結合することで甲状腺濾胞細胞を刺激し甲状腺ホルモンの合成と分泌が促進される自己免疫性の甲状腺機能亢進症5)と、もうひとつは、SARS-CoV-2感染により甲状腺濾胞細胞が破壊された結果、甲状腺ホルモンが血中に漏れ出し、一過性に甲状腺ホルモン濃度が上昇する亜急性甲状腺炎6)です。一方、COVID-19感染によりマクロファージやTリンパ球などの免疫細胞から放出された大量の炎症性サイトカインが、甲状腺濾胞細胞にネクローシス***を誘導する結果、甲状腺ホルモンの合成と分泌が抑制される非自己免疫性の甲状腺機能低下症7)を引き起こすこともあります。このようにSARS-CoV-2感染に起因する様々な甲状腺疾患が認められるものの、発症機序は未だ十分に解明されていません。

アンジオテンシン変換酵素2(ACE2):血圧を上昇させる作用を持つアンジオテンシンⅡというホルモンを分解し血圧を降下させる酵素
**自己抗体(TRAb):甲状腺濾胞細胞上にあるTSH 受容体に対する自己抗体。TRAbが TSH受容体に結合するとTSHのように甲状腺を刺激して甲状腺機能を亢進させる。
***ネクローシス:細胞が外的要因(化学物質、感染など)により損傷を受け、細胞が死んでいく現象。
プログラムされた細胞死(アポトーシス)とは対照的に制御不能な細胞死と捉えられています。

おわりに

近年、ACE2に構造を模して作製したACE2可溶性タンパク質****には、SARS-CoV2 と細胞膜表面 ACE2 との結合を阻害することにより感染の成立を抑制する効果があることが培養細胞を用いた実験から報告されています8)。ヒトACE2可溶性タンパク質においても,同様の効果があることが期待され、「ACE2 とウイルスとの結合阻害 」が新たな創薬標的として注目されています。COVID-19罹患後に前述した自覚症状を感じた場合には、甲状腺疾患を合併している可能性もありますので、医療機関を受診することをお勧めします。

****ACE2可溶性タンパク質:ACE2の一部を切り離して遊離したタンパク質 

図2 ACE2可溶性タンパク質による感染抑制

参考文献

  1. 稲葉秀文. COVID-19と甲状腺疾患の現状.日本甲状腺学会雑誌.2022 vol.13 no.1.p.4
  2. 病気がみえるVol.6免疫・膠原病・感染症 第2版. メディックメディア.
  3. Zhou P, et al. A pneumonia outbreak associated with a new coronavirus of probable bat origin.Nature. 2020 579.p.270-273.
  4. 日本甲状腺学会:甲状腺疾患診断ガイドライン2024.
  5. DeGroot LJ, Quintans J. Th e causes of autoimmune thyroid disease:Endocr Rev. 1989 10.4.p.537-562.
  6. Farwell AP, Pearce EN, editors. Sporadic painless, painful subacute and acute infectious thyroiditis. In:Braverman, LE. Werner & Ingbar's The Thyroid A Fundamental and Clinical Text. 11thed.Philadelphia.Lippincott Williams & Wilkins 2021. p.395-413.
  7. Lania A, Sandri MT, Cellini M, et al. Th yrotoxicosis in patients with COVID-19 the THYRCOV study,Eur J Endocrinol. 2020 183.p.381-387.
  8. Monteil V, et al. Inhibition of SARS-CoV-2 Infections in Engineered Human Tissues Using Clinical-Grade Soluble Human ACE2.Cell. 2020 181.p.905-913.

Vol.126,2024.12
臨床化学・免疫検査室 近藤 舞由

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