発作性夜間ヘモグロビン尿症 診断の今と昔
2025年02月04日検査には、レントゲンや心電図、エコーやMRI、血液検査や組織検査など、いろいろな種類があります。医師は患者さんの症状や身体所見から予測される疾患を導き出すために、一人ひとりに合わせた検査を依頼します。
検査の種類にはスクリーニング検査と確定診断検査があります。スクリーニング(screening)とは選別する・ふるい分けをするという意味を持ち、いつでもどこでも必要な基本的な検査です。一方、確定診断検査とは目的の疾患を診断するために必須な検査となり、各疾患のガイドラインや学会で定められています。
今回お話しする発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)とは、100万人あたり3.6人と報告されている非常に稀な疾患であり¹⁾、1866年にPNHと思われる最初の症例が報告されてから長年にわたり研究されてきました²⁾。早朝第一尿がコーラ色を呈する(ヘモグロビン尿)臨床像が特徴的であり、日本では2015年に指定難病に認定されています³⁾。
PNHの特徴的な症状であるヘモグロビン尿があり、スクリーニング検査で血算や生化学検査などの血液検査において貧血を示すヘモグロビンの低下、溶血が示唆されるLDH値の上昇や血清間接ビリルビン値の上昇、網赤血球の増加やハプトグロビン値の減少が見られた場合、PNHを含めた疾患を疑います。
体内に侵入した異物を排除する仕組みである免疫の中で、重要な役割を持つのが「補体」です。補体は免疫の作用を補うたんぱく質で、活性化することにより働きます。赤血球の膜には補体制御因子(CD55やCD59)が発現しているため、自分の赤血球を異物と間違えて攻撃することはありません。しかしPNHの赤血球には補体制御因子(CD55やCD59)が欠損している(PNH赤血球である)ため、補体が感作し赤血球を壊してしまいます(溶血)。(図1)


PNHの特徴的な症状である早朝第一尿がコーラ色を呈するのは、睡眠時の低換気に原因があると言われています。睡眠中は呼吸が浅くなり血液中の二酸化炭素濃度が上がるため、体内pHが酸性方向に向かいます。体内が酸性に向かうと補体が活性化しやすくするため、睡眠時に血管内で溶血が起こり赤血球内からヘモグロビンというたんぱく質が血管に放出されます。ヘモグロビンは腎臓を通過して尿中に排泄されるため、ヘモグロビンの色を反映して尿の色がコーラのような褐色になります⁴⁾。
PNHと診断するための確定診断検査は、細胞を一つずつ確認するフローサイトメトリー検査(FCM)です。FCMで補体制御因子が赤血球膜にあるかどうかを調べるためには、補体制御因子であるCD55やCD59に目印(蛍光色素)をつけます。その血球にレーザー光を照射し、CD55、CD59に結合した蛍光色素の発光強度を調べることで、PNH赤血球がどのくらいあるかがわかります。
現在のPNH診断ガイドラインでは、FCMで補体制御因子が存在しないPNH赤血球を1%以上認め、血液検査で溶血の指標のひとつである⾎清LDH値が正常上限の1.5倍以上であった場合、PNHと診断されます²⁾。
PNHを診断するために、現在ではFCMが主流となっていますが、最初からこの検査が行われていたわけではありません。補体制御因子の欠損が解明されていなかった時代には、酸性化で補体が活性化し赤血球を壊してしまうことをHamが発見し、以後はHam試験として、また他にも砂糖水溶血試験が確立され、診断に用いられてきました²⁾。
Ham試験では試験管内に補体を含む正常血清と患者赤血球を加えます。そこに塩酸を加え、試験管内を酸性(pH6.5~7.0)にします。補体は酸性下で活性化するため正常血清に含まれる補体は活性化されます。正常の赤血球には補体制御因子があるため、補体が活性化している状態でも溶血は起こりませんが、PNH赤血球には補体制御因子が無いため赤血球が溶血します。砂糖水試験では試験管に低イオン溶液である砂糖水と患者赤血球、正常血清を加えます。イオン強度を下げることで⾚⾎球が補体と結合しやすくなるため、溶血の度合いを見ることにより判定する検査です。Ham試験と同様、正常赤血球では溶血は起こりませんが、PNH赤血球は溶血します。(図2)

Ham試験では酸性化に、砂糖水試験はイオン強度を下げることで、どちらの検査も補体が活性化する条件を試験管内で作り、患者赤血球が溶血するかどうかで判定します⁴⁾。
1980年代に補体制御因子の欠損が判明したのち、検査技術の向上により1990年代にはFCMが普及し始めました。2010年にPNHを診断するためのFCMが保険収載されたこともあり、ガイドラインでの診断確定項目も改定されています²⁾。現在のPNH診断ガイドラインではHam試験と砂糖水試験結果は補助的検査であり、必須検査ではありません。
病態の解析が進むことにより診断に必要となる検査は時代と共に変化し、検査技術も日々向上しています。そして我々臨床検査技師もまた、診断・治療に役立つ最新の検査技術を修得するために研鑽し、医療に貢献しています。
参考文献
- ⼤野良之. 「特定疾患治療研究事業未対象疾患の疫学像を把握するための調査研究班」. 平成 11年度研究業績集-最終報告書- 平成12年3⽉発⾏(2000年)
- 発作性夜間ヘモグロビン尿症診療の参照ガイド 令和 4 年度改訂版
http://zoketsushogaihan.umin.jp/file/2022/Paroxysmal_nocturnal_hemoglobinuria.pdf(accessed on 2025.1.30) - 西村純一.「発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH:paroxysmal nocturnal hemoglobinuria)最近の話題」日本検査血液学会雑誌 第17巻第3号 2016年
- 病気が見える vol.5 血液 第2版 医師薬出版株式会社
血液検査室 松井やえ
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