心不全のバイオマーカー

「バイオマーカー」とは、特定の疾患のときに変動し診断や治療の目安となる検査項目です。例えば糖尿病では血中のグルコース濃度(血糖値)やヘモグロビンA1c(過去2ヵ月の血糖値を反映する指標)をバイオマーカーといいます。今回は心不全の時に血中濃度が上昇し、心不全の診断や治療の目安となるバイオマーカーである「ヒト脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)」と「ヒト脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体N端フラグメント(NT-proBNP)」について紹介します。

心不全とは

心不全は「なんらかの心臓機能障害、すなわち、心臓に器質的および/あるいは機能的異常が生じて心ポンプ機能の代償機転が破綻した結果、呼吸困難・倦怠感や浮腫が出現し、それに伴い運動耐容能が低下する臨床症候群」と定義されています1)。難しい言葉が使われていてわかりづらいですが、要するに心臓の動きが悪くなり血液循環が滞ることでむくみが起こったり、長い時間身体活動をしたりすることが困難になる病態です。心不全は高齢になればなるほど増加し、超高齢社会である日本における2020年の患者数は全国で約120万人、2030年には130万人に達すると推計されており、このような状況を感染症患者の爆発的な広がりになぞらえて「心不全パンデミック」と呼ぶこともあります2)。心不全はいきなり心 不全になるのではなく何かしらの基礎疾患に伴い心不全を発症します。基礎疾患としては、高血圧、心筋梗塞(虚血性心疾患)、不整脈、拡張型/肥大型などの心筋症、血液の逆流を防ぐための機能を持つ弁に異常が生じる弁膜症などがあり、日本において多い心不全の基礎疾患は順に、虚血性心疾患、高血圧、弁膜症となっています1)。心房細動などの不整脈や弁膜症が心不全につながることがいくつかのテレビCMで紹介されており3),4)、息切れ、動悸を感じたときは循環器科へ相談、定期的な健康診断や検脈の重要性が説明されていますので、ご興味のある方は下記の参考文献3、4を参考にしてください。

「BNP」と「NT-proBNP」

心不全状態になると、心臓への負荷に応じてBNP遺伝子の発現が亢進し、心筋細胞においてまずproBNPが生成され、タンパク分解酵素の働きによって、利尿作用、心筋の肥大や動脈硬化の抑制、血圧上昇の抑制などの生理活性のあるBNP5), 6)と生理活性のないNT-proBNPに切断され、血中に分泌されます7),8)。表1に示すように、BNPは腎臓でろ過されて尿中に排泄されるほか、NPR-Cというクリアランス受容体やNEPと呼ばれるタンパク分解酵素などの働きにより代謝されますが、NT-proBNPは腎臓からしか排泄されないため、腎機能の影響を強く受けます。一方、血中半減期(血中濃度が代謝されて半分になるまでの時間)は、BNPの約20分と比較してNT-proBNPで約120分であり、BNPよりも6倍長く血中で安定しています9)。このように、BNPとNT-proBNPはそれぞれ異なった特徴を持っています。

表1 BNP/NT-proBNPの性状比較

それぞれの基準範囲はBNPが18.4 pg/mL以下、NT-proBNPが55 pg/mL以下であり、基準範囲を超えると心不全の可能性が高くなります。また、日本心不全学会が発表した「血中BNPやNT-proBNPを用いた心不全診療に関するステートメント2023年改訂版」では心不全の可能性があるカットオフ値(境界値)はBNP 35 pg/mL、NT-proBNP 125 pg/mLであり、精査または循環器専門医に紹介する目安となっています10)。2013年に同学会が発表した「血中BNPやNT-proBNP値を用いた心不全診療の留意点について」7)のカットオフ値が変更されているので比較して図1に示します。

図1 BNP/NT-proBNPの心不全診療や循環器専門医への紹介基準のカットオフ値比較

BNPとNT-proBNPの検査

BNPはNEPなどのタンパク分解酵素による分解を阻害するためにタンパク分解酵素阻害剤であるアプロチニンを含む専用の採血管で採取し、採血後は冷蔵保存します。我々検査部では、届いた冷蔵検体を速やかに4℃に冷却された遠心分離機によって遠心分離し、その上清を用いて測定しています。一方、NT-proBNPはタンパク分解酵素の影響を受けないため、専用の採血管を用いて採取する必要がなく、他の検査項目と合わせて検査することが可能です。現在、BNPの方が広く普及しており、当院でもBNPの測定数が多いですが、NT-proBNPはBNPと心不全の診断能を比較しても有用性に差はなく11)、BNPのような採血から測定までの条件がないことから年々検査件数が増えてきています。しかし、BNPとNT-proBNPは同時に測定することは保険診療で認められていないため、主たる検査1項目のみが算定の対象になります。

終わりに

日本における死亡率の高い死因は順に、悪性新生物、心疾患であり、心不全は心疾患の内訳の中で最も死亡数が多くなっており12)、BNPとNT-proBNPは、その診断や治療に重要なバイオマーカーです。我々臨床検査技師は先に述べたようなBNPとNT-proBNPの特徴を理解したうえで、その検査結果を正しく報告するために日々検査業務を行っています。参考文献13に示すように心不全は重症度が高くなると生存率がかなり低下し、運動耐容能を示すNYHA心機能分類(図2)の重症度Ⅳ度になると2年以内に50%が亡くなると言われているので、心不全の症状が疑われる場合には早めの医療機関受診をお勧めします。

図2 New York Heart Association(NYHA)分類

参考文献

  1. 急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)
  2. 公益財団法人 日本心臓財団ホームページ 超高齢社会で急増する心不全
    https://www.jhf.or.jp/check/heart_failure/01/ (Accessed on 2025.03.15)
  3. 公益社団法人 ACジャパンホームページ なかやま、検脈!(支援キャンペーン)
    https://www.ad-c.or.jp/campaign/support/support_04.html (Accessed on 2025.03.15)
  4. 心臓弁膜症サイト TVCMのご紹介 『心不全』篇
    https://www.benmakusho.jp/heart-valve-disease-seen-in-video (Accessed on 2025.03.15)
  5. 高血圧の生化学検査 ANP,BNP,CNP 血圧 vol. 12 no.8 2005
  6. 心疾患のバイオマーカーとしてのBNPの臨床的意義-基礎的・臨床的観点から-
    Nippon Rinsho Vol 70, No 5, 2012-5
  7. 一般社団法人 日本心不全学会ホームページ 血中BNPやNT-proBNP値を用いた心不全診療の留意点について
    https://www.asas.or.jp/jhfs/topics/bnp201300403.html (Accessed on 2025.03.15)
  8. 心血管疾患におけるBNPとNT-proBNP検査の有用性と今後の展望
    Sysmex Journal Web Vol.17 No.3 2016
  9. バイオマーカーを理解する BNPとNT-proBNPの違い Cardio-Coagulation Vol.8 No.1
  10. 血中BNPやNT-proBNPを用いた心不全診療に関するステートメント2023年改訂版
  11. Clerico A, Fontana M, Zyw L, et al: Comparison of the diagnostic accuracy of brain natriuretic peptide(BNP)and the N-terminal part of the propeptide of BNP immunoassays in chronic and acute heart failure: a systematic review. Clin Chem 2007;53:813-822.
  12. 厚生労働省 令和5年(2023)人口動態統計月報年計(概数)の概況
  13. 公益財団法人 日本心臓財団ホームページ 心不全の予後はがんより悪い⁉
    https://www.jhf.or.jp/check/heart_failure/11/ (Accessed on 2025.03.15)

Vol.128,2025.3
臨床化学・免疫検査室 大竹 洋輔

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