胃だけじゃない? 腸に住むヘリコバクター
2025年12月26日はじめに
「ピロリ菌」という言葉を皆さんも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。正式名称はHelicobacter pylori といい、主にヒトの胃粘膜に住みついて感染症を引き起こす細菌です。菌は一般的に胃酸の影響によって胃の中で存在することは不可能ですが、ピロリ菌はウレアーゼという酵素を作り1)、胃酸を中和する力を持っているため胃の中で生き残ることができます。ピロリ菌に感染してもはじめは無症状なことが多いため、人間ドックや健康診断で初めて感染に気づくことも珍しくありません。感染が長く続くと、将来的には胃がんのリスクも高まることが知られています2)。
このピロリ菌が属すHelicobacter 属には、ピロリ菌以外にも複数の種類のHelicobacter 属菌が存在し、ヒトに感染症を引き起こすことが知られています。ヒトだけでなく多くの動物の腸や肝臓などに生息しており、2025年12月現在、88菌種が確認されています3)。今回はその中からHelicobacter cinaedi (以下 H. cinaedi )という細菌についてご紹介したいと思います。
H. cinaediとは?
H. cinaedi は1984年、HIV感染者で直腸炎症状を呈した男性から初めて発見された菌です4)。その名前の語源はラテン語の “Cinaedi (ホモセクシャル)” に由来しています4)。ヒト以外ではサルやハムスター、イヌ、ネコ、キツネ、ラットといった様々な動物の腸管にも生息しており、自然界に広く存在しています5)。特にハムスターでは無症状で腸管に住みつくことが知られており、ハムスターをペットとして飼育した人に発症した動物由来の感染が考えられた症例も報告されています5)。
顕微鏡で観察すると、菌体はねじれた細長いらせん状で(写真1)運動性が高く、菌の両端に1本ずつついている鞭毛(べんもう)という人間の毛髪の様なものによって活発に運動をしています2)。
H. cinaedi の病原因子の一つとして、細胞膨化致死毒素cytolethal distending toxin(CDT)というタンパク毒素があります2)。これは大腸菌や赤痢菌など複数の細菌が持つ毒素で、H. cinaedi が保有するCDTがヒトの細胞内に侵入した場合、細胞内にあるDNAを壊して細胞分裂を停止させ細胞を大きく膨らませたのち、死滅させる作用があります2)。
それではH. cinaedi はどのような感染症を起こすのでしょうか。
H. cinaediによる主な感染症は、菌血症(血液中で細菌が増殖する状態)です。特に、抗がん剤治療中の患者やHIV感染者など免疫機能が低下した人で発症しやすいことがわかっています5)。菌血症の発症は、何らかの形で体内に侵入し腸管に定着した細菌が、免疫機能の低下によって腸管バリアを突破して血液内に侵入・増殖することにより、38~39℃台の発熱などの症状を引き起こします。さらに血液にのって全身に運ばれるため重篤化のリスクもあります。菌血症以外にも、蜂窩織炎、腸炎、感染性動脈瘤などの感染症が報告されています5,6)。

どのように見つけるの? H. cinaedi の培養検査と菌の特定
H. cinaedi を検出する検査法のひとつとして培養検査があります。発熱など菌血症の疑いがある場合には血液培養検査が用いられます。血液培養は「血液培養ボトル」という専用の、菌が育ちやすい栄養液が入ったボトルに血液を入れて、その中で菌が増えるかどうかを調べる方法です7)。専用の自動培養装置でボトル内に菌の増殖がみられた場合には、ボトルの内容液(血液+栄養液)をスライドガラスに塗り付け標本を作製したのち、グラム染色法といった、菌を染色液で染める方法を用いて顕微鏡で菌の存在を確認します。先にも述べた通り、H. cinaedi は細長いらせん状に見えます(写真1)。顕微鏡で菌の存在を確認後、菌が発育するための必要栄養素を含む寒天培地にボトル内容液を接種し、発育を確認します。H. cinaedi は酸素濃度が低い、微好気という環境下でよく発育する特徴があり、更に水素ガスを加えることで、より発育が促進されることがわかっています。接種した寒天培地は酸素吸収・炭酸ガス発生剤と水素発生剤を入れた密閉容器を使用した微好気環境(酸素濃度6~12%、炭酸ガス濃度5~8%、水素ガス濃度10%)に整えて、35~37℃で5~10日間程度培養を行います2,5)。寒天培地上ではコロニー(集落)を形成せずに、遊走(Swarming)と呼ばれる寒天培地表面に薄く広げたような発育を示し、フィルム状に増殖します(写真2)。従って、顕微鏡下でやや長めのらせん状の菌が観察され、寒天培地上にフィルム状の集落を示した菌が発育した場合にH. cinaedi を推定します。一般的に細菌は通常1~2日間で寒天培地上にコロニーを形成して発育しますが、H. cinaedi は上記に示した通り培養条件が厳しく、増殖速度が遅いので菌の検出が難しいとされています6)。
H. cinaediと特定する方法としては、質量分析法や16S rRNAの塩基配列による遺伝子学的解析法があります8)。質量分析法では細菌を構成する分子の重さを測定することによって菌の種類を特定します9)。
一方、16S rRNA遺伝子解析法では、細菌が持つDNAの一部である16S rRNA遺伝子を抽出し、菌ごとに違う遺伝子の配列を読むことによって菌の種類を特定します10)。

H. cinaedi の薬剤感受性検査と治療について
H. cinaediと同定されたら薬剤感受性検査を行います。この検査は菌を薬剤に曝露して発育の有無を確認することで菌に対する抗菌薬の有効性を調べる方法で、抗菌薬によって菌が発育しない最小の濃度を最小発育阻止濃度(minimum inhibitory concentration ; MIC)といいます1)。
H. cinaediの治療には抗菌薬治療が行われますが、現在、この菌に対して抗菌薬の選択や治療期間などに関する推奨ガイドラインはまだありません。日本ではシプロフロキサシン(キノロン系)とクラリスロマイシン(マクロライド系)という抗菌薬に対してMIC値が高く、キノロン系薬の耐性に関わるDNA Gyraseの変異や、マクロライド系薬の耐性に関わる23S rRNA遺伝子の変異を起こしているH. cinaedi が分離されています2,11,12)。一方、アミノグリコシド系薬に対してはMIC値が低いことや、カルバペネム系薬やミノサイクリンによる治療効果が報告されていることから、シプロフロキサシンとクラリスロマイシン以外の抗菌薬での治療が推奨されています12)。
治療開始後は比較的速やかにH. cinaediによる感染症は改善しますが、治療後に約30~60%が再燃・再発したとする報告もみられ13)、2~6週間程度の長期間の抗菌薬投与による治療が改善と再発防止のために必要であることが示唆されています12)。
おわりに
H. cinaedi による感染症は、免疫機能が低下した人では重症化しやすいので13)、発熱などの症状が続く場合には早めに血液培養検査を行うことが重要です。
私たち臨床検査技師は、大腸菌などの日常的に培養される一般的な菌に加えて、H. cinaedi をはじめとする稀ではあるものの重要な感染症の原因菌についても適切に検出し、速やかに臨床へ報告するという重要な役割を担っています。今後も様々な微生物を対象とした検査の重要性を踏まえ、より良い医療を支えるための努力を続けていきたいと考えています。
参考文献
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- LPSN : List of prokaryotic names with standing in nomenclature
http://www.bacterio.net/helicobacter.html (Accessed on 2025.12.1) - C. L. Fennell et al. Characterization of Campylobacter-Like Organisms Isolated from Homosexual Men. J Infect Dis. 1984; 149: 58-66.
- 平井義一ほか. ヘリコバクター感染症のすべて. 臨床と微生物雑誌. 2005; 32: 79-84.
- 井村留美子ほか. H. cinaediによる感染性動脈瘤の1例. 日本臨床微生物学雑誌. 2020; 30: 50-53.
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- 河村好章ほか. H. cinaediと敗血症. 臨床と微生物. 2015; 42: 81-86.
微生物検査室 前原 千佳子
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