日本の土壌と文化へのルーツ㊼ 貴州料理の香味と酸味
2021年06月14日東洋医学研究室
田中耕一郎
中国西南の少数民族の医薬
東洋の伝統医学には主に中国発祥、インド発祥の二系統が存在している。広義の東洋に広げれば中東の医学も含む。ペルシャ(現在のイラン)を中心とした中東の伝統医学はもともとギリシャ発祥であり、伝統医学に関しては東西医学の境界線はあいまいで融合し合っている。中国発祥のものは、現在、中国、日本、韓国、台湾を主に、インド発祥のものはチベット、モンゴルを中心に展開されている。
本邦で漢方と呼んでいる東洋医学はもともと中国発祥であるが、中国には我々が“漢方”と呼んでいる伝統医学以外に、55の民族の伝統医学が存在している。各民族の伝統医学と食文化はそれぞれに特徴がある。中国南西部には、特に少数民族が集中しており、雲南省にはそのうちの22民族、貴州省には17民族が集中している。その中で医薬に長けた民族として人口900万人弱の苗(ミャオ)族が挙げられ、多くは貴州省に居住している。
貴州省と苗(ミャオ)族
中国西南部の貴州省では人口の約三割を少数民族が占めている。その代表が苗(ミャオ)族ミャオ族である。
「貴州省は四川盆地と広西盆地の間に隆起した広大な雲貴高原に位置し、ほぼ全域が千メートルから二千メートルの山岳地帯だ。おまけに奇岩奇形のカルスト地形が多く、基本的に稲作を中心とした農業に適した土地とはいえない。」1)
標高の高い山岳地帯であり、かつ肥沃でない土壌を有する貴州省に湖南省から唐辛子が伝来したのは三百年以上前のこととされる。現在のミャオ族の食生活には主食の米に次いで唐辛子が欠かせないほどに山岳地帯の奥地にも定着している。また、ミャオ族の食文化は唐辛子の辛さ以外に、乳酸発酵による酸味が独特の風味となっている。
発酵文化でも、麹を用いた発酵技術は、東アジア、東南アジア(ヒマラヤ地域にも一部見られる。)の湿度の高い地域にしか見られない。米には原料のでん粉を分解し、糖を生成する糖化酵素が少ないために、糖化のためにはコウジカビのような微生物を必要とする。また、同地域は高温多湿でカビ(糸状菌)の生育に好条件で、麹の利用に適していたことが考えられている。湿度70%以上、気温20~30℃程度が、多くのカビの生育にとって好ましい環境である。一方、欧州では、糖化のために発芽大麦を乾燥させた麦芽を用いている。麦芽は糖化酵素を大量に含んでいるために、糖化にコウジカビなどのカビを必要としなかったとされている。2)
まず、麹に含まれるアミラーゼ、プロテアーゼなどの酵素群によって、でん粉、タンパク質を分解して糖やアミノ酸を生成することで甘味や旨味が増す。次に野菜などに付着している乳酸菌が糖を基質に乳酸発酵を始める。この過程によって酸味、タンパク質や脂質の分解による旨味成分がさらに抽出される。
麹に含まれる微生物は、東アジア、東南アジアの中でもバリエーションがある。日本の麹は、蒸し米にアスペルギルス(Apspergilus)属のコウジカビ属(いわゆる麹カビ)を繁殖させ、中国では生米を粉砕して練り固めたものにリゾプス(Rhizopus)やムコール(Mucor)属のカビが生育する。発酵液がより酸性に傾くものの方が他の一般微生物の汚染を防ぐことができる。そのため、日本国内でも九州以南の温暖な地域では、クエン酸などの有機酸を生成してより酸性とする黒麹カビ(アワモリコウジカビ)が選ばれ、比較的寒冷な地域では黄麹カビ(二ホンコウジカビ)が用いられている。2)
中国の南西部に位置し、比較的温暖な貴州省では、乳酸発酵させたより酸味のある調味料を鍋料理の出汁にも用いており、貴州料理の代表料理となっている。

香りと味の融合
東洋医学でも用いられる五味には、甘、鹹(塩辛い)、酸、苦、辛がある。貴州省の食事は、長江以南の四川省、雲南省、湖南省と同様に、唐辛子を中心とした辛さが際立っているのが特徴である。四川省が唐辛子に花椒を組み合わせたしびれるような辛さを多用するのに対して、貴州省のミャオ族の料理は、唐辛子の辛さだけではなく、発酵した調味料・出汁や、それらを用いて発酵させた食材を用いることで、酸味が混在していることで、四川省の唐辛子・山椒の舌がしびれるような辛さとは異なる独特の風味を有している。
発酵食を多用する文化はミャオ族以外にも、西南中国の少数民族である壮(チワン)族、白(ペー)族、傣(タイ)族、彝(イ)族、侗(トン)族にも見ることができる。標高千メートルから二千メートルの山岳地帯では、塩があまり手に入らなかった。そのため、酸味を風味に活用したともされている。また乳酸発酵によって発酵液が酸性に傾くことで、pH6~8の中性の環境が好適な一般微生物の生育を抑えることができ、保存食としても有効である。
苗族には、「三天不吃酸、走路打蹿蹿」(三日すっぱいものを食べないと、歩く足がおぼつかなくなる)という歌詞の民謡も伝えられているほどである。苗族は乳酸発酵によって熟成された酸味で舌を楽しませながら、発酵食品がもたらす栄養を糧に毎日の仕事に励んでいたのであろう。
苗族の伝統的な家屋には発酵食品用の素焼きや陶器の甕や瓶が置かれている。泡(パオ)菜(ツァイ)壜(タン)と呼ばれ、野菜の漬け物、乳腐、なれずしなどの発酵、保存用に用いられている。「ふたをかぶせる口の外側が幅の広い溝になっており、その溝にふたが落ち込むようにつくられている。溝に水を満たし、深鉢をさかさまにした形のふたが溝の中に落としこまれると壜内は水によって、密封され、この壜で漬けると発酵したガスは水を通して排気されるが、外部の空気は壜内に入らず中が嫌気的になる。したがって有害菌の生育は防止され、乳酸菌が適度に増殖して、長く貯蔵するのに都合がよく、発酵の際に関与する微生物が乳酸菌である場合には、好ましい風味の漬けあがりとなる。」3)
冷蔵庫のない時代からの保存と風味のための工夫である。
多様な唐辛子の風味
中国の西南地方ほど食文化に唐辛子が浸透していない日本では、唐辛子は辛いイメージしかないかもしれない。しかし、唐辛子は中国国内においても地域により種類が豊富である。どの唐辛子を調理に用いるかに際して、辛さ以外にも注目すべき点がある。それは、香り、色調、辣(ラー)(辛さ)、煳辣(フーラー)(フーラー:焦がし唐辛子の香りと突き刺すような辛さ)、味などの違いである。料理に活用する際にも、上記のような唐辛子の特徴を踏まえて豆板醤に向いたもの、鋭い辛さのあるもの、色彩が綺麗なものを料理の目的に応じて使い分けているのである。
「ミャオ族の舌は唐辛子の八つの辛さを感じることができる。」1)とされている。苗族からみれば、唐辛子はただ辛いだけの食材ではない。その八つとは、①青い唐辛子の辛さ、②干した唐辛子の辛さ、③焦がした唐辛子の辛さ、④粕漬けにした唐辛子の辛さ、⑤酸っぱい唐辛子の辛さ、⑥しびれるような唐辛子の辛さ、⑦香りの高い唐辛子の辛さ、⑧甘みのある唐辛子の辛さである。いわゆる糖質による強い甘味というよりは、アミノ酸の旨味を含んだような味わいと考えられる。
苗族には燻製唐辛子がある。上記の②③⑦の合わさったようなものであろうか。「竈の上に唐辛子を束ねた房がぶら下げられている。煙にしょっちゅう燻されているので、半月もすれば真っ黒に変色する。こうしてつくった燻製唐辛子は表面に油膜ができており、三年以上も保存がきくらしい。どうやらこれはミャオ族独特の保存法のようである。使う時はかまどから採取した灰にまぶす。すると香りが一層よくなるのだという。」1)
他にも、貴州では、煳辣椒面(フーラージャオミェン)という干した赤唐辛子を焦げる寸前まで炙ってからすったものがある。これは上記の③⑦⑧を強化したものであろう。煳辣椒面には、辛さにカツオ節に似た独特の香りと旨味があるとされる。また、貴州には紅油(ホンヨウ)というラー油のような調味料がある。紅油とは、水で戻した干唐辛子とニンニク・生姜を臼で突いてペースト状にしたものを油で炒めて作る。腸旺麺という貴州特産のラーメンの汁の上にかけられている赤色の液体が紅湯である。清代の終わり頃に普及しだしたようで100年以上の歴史がある。貴州市内の料理店では腸旺麺という看板もよく見かけることができ、朝食としても多く提供されている。貴州の地元でも非常に人気のある食べものである。早朝の冷えた空気の中で食べる腸旺麺の紅油によって、身体の奥まで温まり、活力が与えられた思いがする。
「醤油や味噌といった発酵調味料と香辛料、油と香辛料、といった組み合わせの多いことも、中国料理の使い方の特徴のひとつである。」4)紅油もこの例にもれず、唐辛子の辛味・色味・香りを油に移したものである。
唐辛子を燻製にしたり、発酵させたり、炙ったり、油に移したりすることで、その風味はより多様化していくのである。
腸旺麺の麺は馴染み深い“中華そば”のようであるが、下茹でされた豚の大腸などの白色の腸モツに、猪血旺という豚の血を固めた赤褐色のものが入っているのが特徴である。猪血旺とは、新鮮な豚の血液に塩を加えて攪拌して固めて蒸したものである。猪血旺はやや苦味はあるものの、レバーよりも淡白に感じられた。貴州では現在でも血食文化が残っており、この腸旺麺の以外にも、豚の血液を豆腐や肉と混ぜて団子状にしたものも、日常的に食べられている。標高が高く山岳地帯の肥沃でない土壌に生活する苗族にとってはは、鉄分や栄養素の補給としても役に立っていたのかもしれない。

発酵トマトの活用と酸魚湯
貴州省の代表料理に酸魚湯がある。現在では、貴州の名物料理として、市内のレストランでは多く提供されているが、もともとは苗族のハレの日の食事である。苗族の居住地は山岳地帯が多いため、魚は日常の食事としては浸透していない。酸魚湯の魅力は、山岳地帯に貴重な魚はもちろんだが、酸魚湯の酸の方にある。
10年ほど前に貴州省の西部に位置する凱里(カイリ)を訪れた時、日々辛い料理が続く中、「あまり辛くないものを。」との注文で、現地の方が勧めてくれた料理である。見た目は、真っ赤なスープに淡水魚が浮いているという鍋料理である。箸をつけるのを一瞬ためらったが、「辛くないですから。」という助言を得て、ようやく食べ始めた。確かに辛さはあまりない。水炊きのような旨味のあるスープに酸味が効いている。この色の赤さは唐辛子ではなく、トマトから来ているとのことであった。それも普通のトマトをただ鍋に入れてもこのような酸味は出せない。
貴州省で使用するミニトマトは毛辣角と呼ばれ、この地元の酸味の強い品種ではないと酸魚湯の特有の味が出せないとされている。その毛辣角を、生姜、大棗(ナツメの果実)、ニンニク、唐辛子・もち米粉・塩・白酒などと共に密封した甕の中で熟成発酵させた発酵トマトを紅酸という。紅酸を作るための配合は、家庭によって多様である。
紅酸を豚や鶏のスープに薄めて用いたものを紅酸湯という。それに淡水魚と青菜の漬け物、もやし、レンコン、湯葉などを入れた鍋を酸魚湯という。使用される淡水魚には、鯉、鯰(ナマズ)、烏江魚(ナマズに似た魚)、黄辣丁(コウライギギ)などがあるが、日本には馴染みのない特有の淡水魚も多い。
酸湯
貴州の料理の酸味は酸湯をベースに作られている。紅酸湯は酸湯(酸っぱいスープ)の一つで、酸湯には幾つかの種類がある。加藤千洋氏3)が紹介している中の“赤い汁”、“白い汁”もまた酸湯の一種と考えられる。
“赤い汁”については、「ミャオ族の料理には欠かせない唐辛子でつくった液状の調味料オウシュ(ミャオ族で酸っぱいという意味)、ただ辛いだけではなく、酸っぱさも十分感じられる「酸辣」がミャオ族にとっては欠かすことのできない風味なのであろう。」1)と書かれている。
その製法については、以下のようである。「ではオウシュはどうやってつくるのか。その現場も見せてもらった。家の一階の土間が作業空間で、碾き臼(ひきうす)が置いてある。上下二個の円筒状の石臼だ。1センチ幅に切った生の唐辛子を少し水に入れた洗面器につける。そこから杓子で救った唐辛子を上臼の穴から落とし、ゆっくりと上臼を回す。やがて上下の臼の臼の間から赤い汁が滲み出てくる。その汁を集めて甕に保存する。一ヶ月もすれば発酵して酸味も増してくる。オレンジ色がかった赤の色合い、さらにピリッと辛い味もそっくりなので、私はそれを「ミャオ族のタバスコ」と命名した。」1)
“白い汁”は、「発酵させた米のとぎ汁をベースにしている。生姜、ニンニク、塩で味付けし、煮立ってからタケノコ、トマトなどの野菜を加え、さらに強火で煮込む。そして最後に香菜を散らす。こちらも酵母菌やビタミンが豊富で、酸っぱい味がする。祭りで踊り疲れた後にはぴったりの定番スープ料理のようだ。 」1)こちらは清酸湯と呼ばれているものに製法が近い。
私が食した酸魚湯は、“白い汁”に紅酸を混ぜてコクを深くしたスープであったようだ。
一際辛い貴州料理の中で、酸魚湯はお腹を休める一食ともなった。貴州は内陸部で塩が少ない地域では熟成した酸味の調味料である酸湯をうまくいかした料理が多い。貴州を旅していると酸味は毎日の料理に欠かせないものとなり、また食べたいと思われる力がある。発酵食品に微生物が腸に馴染んできたのであろうか。
「鯉を丸ごと煮てオウシュと塩だけで味付けした料理は、「酸湯魚」という、収穫祭には欠かせぬ献立だ。」1)
酸湯魚は、白、赤のどちらの汁でもつくられるとのことであり、より辛い酸魚湯もあるのである。

“発酵中華”の酸味と東洋医学
雲南省、貴州省など西南中国の熟成した酸味を辛味に混ぜ込んだ料理は、発酵中華とも呼ばれ、日本国内でも味わうことが出来る。東洋医学においても発酵食品は、消化機能に負担が少なく、酸味は体内の分泌腺の働きを促進するとされている。また、酸味は発汗、下痢を止める味ともされている。辛味は発汗を促進するために、発汗し過ぎないように酸味を加えるのは東洋医学的な工夫である。
実際に、発酵食品はコウジカビ、酵母、細菌などの微生物にとって食材の栄養素が分解されているために消化吸収されやすく、乳酸菌や麹菌、納豆菌、酵母菌、酢酸菌などの善玉菌が豊富に含まれているために腸内環境を整えるためにも優れた食材である。
貴州省の山岳地帯の民族は、石灰岩を多く含むカルスト地帯の肥沃でない土壌に住んでいる。発酵食品は保存性に優れる以外に、発酵という過程において微生物により産生される物質が栄養価を高めてくれることも限られた食材の中で生きる利点も有していたのである。
現存する最古の料理書と漢方薬
また、「周礼」(しゅうれい:成立年代不詳、2000年程前とされる)は、当時の医療制度を四職種に分類し、食医、疾医(内科)、傷医(外科)、獣医と定めている。現在でいえば、食医は栄養士、疾医は内科系、傷医は外科系医師で、当時、この4つの中で最も重要な位置にあったのが、食医である。食事と医療は非常に関係が深かった。
また、六世紀の『斎民要術』という農法の書物の後半部分の料理篇には、麹などの発酵食の作り方が詳細に述べられている。現存する最古の料理書ともされている。
料理の中で発酵食というのは非常に重要視されており、漢方薬にもその痕跡と思われる部分が多くみられる。神麹という名前の“消化酵素剤”、桂皮、生姜などの香辛料、粳米、糯米なども漢方処方の中に組み込まれており、今でも頻用される処方群である。また香辛料を炒めたり、蒸したりする加工法は、生薬の世界でも炮製(ほうせい)という過程で行われている。発酵調味料と漢方生薬の関係については、また別の機会に述べたい。
結語
日本では、漢方とは中国発祥の伝統医学を指しているが、本場の中国には多くの少数民族による伝統医学が存在している。そしてそれぞれの伝統医学は食文化にも特徴がある。今回は西南中国の苗族の食文化の特徴について述べた。苗族では、唐辛子による辛味と発酵による酸味が食事の風味の特徴を為している。唐辛子にも多くの品種があり、さらに燻製、発酵、炙ったり、油に移したりすることで、その風味はより多様化され、料理によって使い分けられている。酸湯、中でも酸魚湯の苗族を代表するハレの日の料理である。トマトを発酵させることで、赤色という色調の与える印象の強さ、独特の酸味の味わい深さが生まれ、腸内環境の改善にもよく、さらに保存も効く苗族の食文化が創り出した健康食ともいえる。
Abstact
In Japan, Kampo refers to traditional medicine that originated in China, but there are many ethnic minorities that have their own indigenous traditional medicines within China. And each traditional medicine has its own characteristic in food culture. This time, I described the characteristics of the food culture of the Miao people in Southwest China. In Miao food culture, the pungent taste of red pepper and the sourness produced by fermentation characterized the flavor of the meal. There are many varieties of red pepper which adds different flavors, and by smoking, fermenting, roasting, and transfusing into oil, the flavor is further diversified and are used accordingly depending on the dish. Sour soup, especially sour fish soup, is a dish of celebration. By fermenting tomatoes, the strong impression of the red color and the unique sour taste are created, which is good for improving the intestinal environment. This is a healthy food preserve created by the Miao people.
参考文献
- 加藤千洋:辣(ら—)の道 トウガラシ2500キロの旅,平凡社,2014
- 協和発酵株式会社編:トコトンやさしい発酵の本,日刊工業,2008
- 内島幸江、胡国文:中国貴州省の苗(ミャオ)族と布依(プイ)族の食文化(第8報)-自家製発酵食品—,名古屋女子大学 紀要41(家・自),223-233,1995
- 木村春子:食に見る日本と中国 火の料理、水の料理,農文協,2005
投稿者:田中耕一郎
カテゴリー:漢方薬と身近な食材