日本の土壌と文化へのルーツ51 鱧

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎 
 

魚のおいしさとは?

 魚の「コリッとした感じ」「プリプリとした食感」「モチッとした感じ」のような食感はどのようにして生まれるのであろうか?今のように冷蔵・冷凍技術がなかった時代から、魚は食されてきた。食感は魚の種類によっても異なり、鮮度によっても変化する。

 魚によって食感は異なるのは何故であろうか?肉質は主に二つの要因を決定される。食感は“硬さ”と言い換えてもよいであろう。硬さの要因として、収縮筋肉の硬さ(死後しばらくして、全身がつっぱったようになるときの硬さ)と結合組織の硬さ(筋繊維を束ねている結合組織の丈夫さに由来する切り身の硬さ)の二つがある。前者は硬直指数(魚体の前半部を水平に保った時の、魚の尻尾の垂れ下がり程度)、後者は切り身の破断強度(切り身の横断面を押しつぶすのに要する荷重)によって、それぞれ区別して測定できる。1)鮮度が落ちるにしたがって、硬直指数は高くなり、突っ張ったように硬くなる。一方、鮮度が落ちると破断強度は低下して、「コリッとした感じ」が失われ、「モチッとした感じ」へと移行していく。

 またうま味成分としてのイノシン酸は、死後数時間から半日後に最高濃度となる。その後、減少傾向へと移る。水揚げして少し時間を経過してさばいた方が、味覚としては美味しいと感じるようになっている。

肉質を決定する硬さとは?

筋肉の硬さは魚の泳ぎ方と関係している。体を大きく動かして泳ぐ魚ほど結合組織が量、質とも発達し、その主成分であるコラーゲンが多くなり、肉質が硬くなるからである。1)これが「コリッとした感じ」という破断強度を生み出している。最も硬い部類に属するのが、鱧、鰻、穴子など全身を大きくくねらせ蛇行するタイプである。それに継ぐのが、鰈(カレイ)、鮃(ヒラメ)などで、蛇行はしないが全身をくねらせる点で肉質が比較的硬い。身体の後半をくねらす鯉、鯛、鱸(スズキ)はそれよりも柔らかくなり、最も柔らかいのが尾びれのみを動かす鰯、鯖、鯵のようなグループである。

 今回は最も肉質が硬いとされる鱧を紹介してみたい。

鱧の肉質の特徴

 生きた鱧をそのまま料理する機会はおそらくないであろう。というのも、鱧には下手をすると料理人の指を食いちぎってしまうほどの力があるからである。生け簀から取り出して客の前でさばいてみせるのは、非常に危険である。

 鱧はウナギ目ハモ科に属し、穴子に近い生物である。見た目は穴子のように細長いが、長さは穴子が30㎝から1m程度に対し、鱧では1m、大きいものでは2m以上に及ぶ。性格も穴子と全く異なり、さらに鋭い歯で荒々しく噛みつくという性質がある。「鋭く尖った歯の並んだ大きい口とギョロッとした目をもち、見るからに獰猛な面構え。性質も荒々しく、やたらに嚙みつくので、「食(は)む」が訛ってハモという魚名になったといわれています。」1)
 
 三陸や北海道では、アナゴのことをハモと呼んでいるが、両者の性格はかなり異なる。

 そのため、料理人は締めたものを用いる。締めるタイミングも食材の鮮度・旨味を保つために重要である。「鱧は港の生け簀で一晩寝かせて、それから締める。獲ってすぐに締めるのではなく、身が早く硬直しないようにするためである。」2)

 鮮度を失って硬くなるのは、前述の硬直指数で示されるが、鱧はこの進行速度が遅いという特徴がある。また、うま味成分である氷蔵した場合、イノシン酸の減少が3日間はほとんど起こらない。1)そのため、海から遠い京都に運んでも鮮度も旨味も落ちない理想的な海産物であった。

「かつて、山国の京都では、塩物や干物は兎も角、海産の生鮮魚を手に入れるのは大変でした。特に気温の高い時期には、輸送中に鮮度が落ちるからです。その点、ハモは生命力が強く、水から揚げてもしばらくは生きているので、京都では、夏でも食べられる海産魚として特別に珍重されてきました。京都の夏を彩る「祇園祭」はハモ祭りとも呼ばれて、京の夏にハモは欠かせません。」1)

鱧と鰻

骨切りによる肉質変化

 鱧の肉質の特徴は、身体全体をくねらせ、蛇行することから結合組織が発達し、最も肉質の硬いグループに属している。しかし、通常口にする鱧は、骨切りという処理を施しているため、柔らかくなっている。骨切りとは、体軸に平行また斜めに走る無数の小骨に対して、包丁を入れながら細かく切断していく処置である。骨切りにより、鱧の肉質は歯ごたえを残しつつ、食べやすい硬さへと変化する。骨切りにより崩れてしまわないのは、本来の鱧の肉質が非常に硬いためである。

「身体全体を大きくくねらせて泳ぐハモは、コラーゲンを主成分とする結合組織(筋基質タンパク質)によって筋繊維がシッカリ束ねられていて、フグと並んで、魚の中では肉質が最も堅いグループに属しています。普通に口にするハモは、骨切り・加熱したものであり、骨切りによって筋肉の繊維状組織は細切され、筋繊維は束ねているコラーゲンがかなり可溶化しています。その形状ではわずかな力で砕けますから、その肉質を表現するのには、「硬」「軟」より、「コリっ」(反対はモチモチ)などの方が適切かもしれません。」1)

骨切りと料理人の技術

 「関西では、鱧の骨切りが出来なければ一人前の料理人にはなれません。」2)と言われるほど、料理人の修行の中では不可欠な技術である。どのような技術なのだろうか。
鱧には肉間骨と呼ばれる小骨が無数にあり、骨切りをしなければ食べる際にのどをちくちく刺激する。

「ハモの中骨をとった片身には、皮から約1ミリメートルのところまで、体の軸に平行に走る小骨と斜めに走る小骨がびっしり並んでいます。この小骨は肉間骨と呼ばれています。一本一本の小骨はそれほど硬いものではありませんが、食べる際には邪魔になります。」1)」「骨切りしていないハモを食べるとすると、咀嚼中に、整然と並んでいた小骨が折れたり、千切れたりしながら、分散状態になって嚥下されます。折れたり、千切れたりするとき、小骨は口腔内をチクチク刺激し、不快感をもたらすのでしょう。」1)

 骨切りでは、包丁で鱧の身に切り込みを入れていくのだが、その間隔は1㎜幅となるくらい細かく、しかも皮を切断しないような微妙な力加減が必要となってくる。まさに職人技である。

 骨切りの技術は京都で発達したため、鱧は関西で多く用いられている。
「京都で「骨切り」の技術が発達し、そのお蔭で、ハモは、さまざまな料理の食材として使えるようになりました。ハモの骨切りは、その小骨を咀嚼の邪魔にならない程度にまで切断する事であり、ハモを開いて中骨を除き、細かく包丁を入れます。その極意は『一寸を二十四(註:二十六、三十三という説もある)に切り込む』(1㎜幅程度)といわれています。」1)一方で、骨切りの技術がなかった東日本以北では鱧はあまり食べられていない。
「東日本以北でその評価が低いのは、この小骨の多さにあると考えられます。小骨が邪魔になって食べられないので、古くは潰しものに使うしかなかったようです。」

料理人の修行

 今のように教える側を配慮した教育がなされていなかった時代の修行とはどのようなものだったのであろうか。また、そのような環境の中で、一歩秀でるにはどのような工夫が必要であったのであろうか。

 職人の世界といってもいろいろだが、上下関係は厳しく、手が出ること、いじめもしばしばであった。その中で、当時は実家の経済的な問題や「父母を悲しませたくない」という気持ちも理不尽さに耐える力となり「早く修行を終えて独立する。」というのが前を向く大き目標となり得たようだ。。また、厳しい関係性の中で、自ずと他者の気配り、目配りは身についていったであろう。

 今では教える側は、教えられる側に立って教えることが求められ、教えられる側が理解して初めて教える側が評価される。しかし、当時は、教えるという目に見える行為は存在せず、学ぶ側がその気にならなければ、成長は出来なかった。

「彼は雑用をしながら、先輩たちの仕事を観察していた。そして、各持ち場ではどういった料理をするのか、その料理を作るには何をすればいいのかをじっと見た。『これ、どうやって作るんですか』などと、聞こうものなら、すぐに頭をひっぱたかれるのが当たり前だったからだ。親方も先輩も調理は教えてくれない。自分の仕事をしながら、技やコツを盗むしかなかったのである。」2)

 このように見て覚える、自分で考えるという姿勢が求められていた。当時の“教育法”にも大きな利点があったようである。
「万時がその調子だったので、西は目を開き、耳を大きくして調理技術を自分のものにしていくしかなかった。『聞いてはいけない』『やってはいけない』と言われると、人間は見ることに集中する。」2)

 「与えられる」から、「自分から手に入れる」へと変換することは、学びを機能させる根幹である。学ぶ側を本気にさせるという点では、当時の厳しさはその覚悟を持たせるために機能していたのかもしれない。

 また、守破離と言われるように、ただ真似るだけではなく、工夫も必要となってくる。
「単にマネするだけでなく、自分流の料理の仕方を頭に描きながら、技を取り入れていったのである。」2)

 ただ、見ているだけでもいけない。それを自分で振り返る機会がなくてはいけない。
「その店では追いまわしから真になるまで全員、その日に出した献立を大学ノートにつけることになっていた。ノートに記しながら、客の好みを覚え、また料理の組み合わせを書き留めておくためだ。」2)
 そして、振り返りにも自分なりの工夫が成長のために必要である。

「(註:大学ノートには)文字だけではなく、写真をつけたらいいんじゃないか。」2)と思い立ち、当時としては高額なカメラを「節約して金を貯め、一年後、ついにリコーの二眼レフカメラを手に入れた。」2)という態度はこの一つである。

 このカメラをどのように修業の糧としていたのであろうか。
「出前の時にこっそり持っていき、(註:他の料理人が作った)仕出し弁当の中身を撮った。また、短い休憩時間を利用して老舗の和菓子店に出かけ、表からショーケースのなかになる生下肢の写真を撮った。」2)「和菓子は季節を先取りして作るから旬の料理をつくる際のヒントとなる。」2)

 このように、より良い料理を作るために自分を振り返りだけではなく、他者、他分野を研究することは“超一流”の料理人には不可欠の姿勢である。
「料理は自己表現だ。」2)のように、最終的には、守破離の最後の段階、離に至れれば料理人の修業は完成の域に至る。

 ここまでは後天的な能力である。「食べるだけで醤油や砂糖の量が分かる。」という天性の舌の感覚は先天的な要因も大きい。加えて、生まれ育った環境、つまり、自然の旬の野菜、米、卵、地鶏などのよい素材の生態や味を知る環境に育つ事も生まれ持った運である。

 また、料理人の修業は料理場に限らない。1年間の八百屋での修行のように素材を知ることは料理の上達にも関わってくる。素材の良し悪しが分からなければ、それを生かすことはできないからである。

 厳しい中で、身体を壊してしまっては元もこうもない。長期的な修行の中で、隙間時間に要領よく休むこともまた大切である。

 どのように学び続けるかは、料理人の修業に限らない。あらゆる人生の場面に生かせるのではないだろうか。

鱧の食材としての特徴

 鱧にはタンパク質、脂質が非常に多く含まれている。「ハモ肉の成分は、タンパク質22.3%、脂質5.3%、水分72.0%(五訂「日本食品標準成分表」)です。ハモのこのタンパク質の高含量は、白身魚の中ではかなり際立っていて、脂質含量がかなり多い(したがって水分含量が少ない)ここと並んで、ハモの味を支えています。また、最近は皮に多いコンドロイチンの老化防止機能が注目を集めています。」1)
「ハモは東日本ではあまり評価されませんが、関西では、その上品な味が高く評価され、日常的な惣菜の食材や練り食品の原料としてしばしば利用されるが、高級料亭の和食の食材としても重宝されています。カマボコ用に採肉した後のハモの皮を焼いた「ハモ皮」が販売されるくらい、関西では幅広い用途のある食材です。」1)
 この素材の特徴を生かした料理をみてみよう。

鱧料理

 鱧の旬は夏である。「日本近海のハモの産卵期は、晩夏から初秋であり、旬はその少し前、初夏から盛夏にかけてです。ハモは年中利用されていますが、特に夏に重宝され、俗に『ハモは梅雨の水を飲むと美味しくなる』と言われます。」1)そのため、京都では7月の祇園祭の頃、鱧料理も旬の季節である。
 鱧は骨切り後に加熱することで、花が咲いたような形となる。

「日本では、新鮮なものを生のまま、刺身や握りずしとして食べることが特に好まれています。ところが、骨切りしたハモは、分厚い皮に細かく切断された身が付着している状態であり、生のままその食感を楽しむのには向きません。「生」を敬遠して。骨切りした後、火を通して食べるのが普通です。骨切りしたハモを加熱すると、分厚い皮が収縮し、身は切り身から拡がって、全体が丸くなります。この際、案外見逃されているのは、その肉質です。身の軟弱な魚であれば、これだけ細かく包丁を入れて加熱すると、身がバラバラになりかねませんが、ハモの場合は身がしっかりしているので、花が咲いたような形が保たれます。この形もハモの魅力です。」1)

鱧の落とし

「落としは骨切りをしながら、一切れ二センチくらいに切り落とし、湯通しする。そして、氷のかけらをひとつかふたついれた水でさっと冷やして食べる。」2)
「鱧の落としはたいてい梅肉につけていただくようになっていますが、私は梅の果肉を山葵と一緒に醤油に入れ、鱧にちょっとつけて食べます。」2)

 東洋医学では梅の酸味は、“硬いものを柔らかくする”、“唾液などの分泌を増やし渇きを取る”と考えられている。鱧の小骨もより食べやすいものに変化するのであろうか。また夏の暑い盛りに渇きを取るにもよい組み合わせである。

鱧焼き 鱧寿司

「どちらも鱧を醤油味のたれでつけ焼きしたものを使います。たれは酒、醤油、味醂を二対一対一の割合で混ぜて、鍋で沸かします。そのとき、鱧の骨を焼いたものを加えると垂れの味にコクが出ます。」2)たれに対する工夫が京料理を支える繊細さである。フランス料理におけるソースのようなものであろうか。

東洋医学的薬効

“鱧は精が付く”と言われている。さらに東洋医学的には鱧には身体を冷やす作用があり、普段から暑がりで逆上せがちな方により適した食材である。

 鱧が生息しているのは、「西太平洋からインド洋にかけての熱帯~温帯域に広く分布し、日本近海では中部以南に分布の中心があります。」1)のように温かい海である。東洋医学では、暑い地域に生息している生物には、身体を冷やす作用があると考えられており、鱧もそれに当てはまる。

 鱧の身体を冷やす作用からは、夏が最もよい季節であり、理にかなっている。また、梅のような酸味は汗を止め、身体を潤す味とされている。そのため、身体の熱感を冷まし、渇きを潤し、また、“精を付け”、酷暑を乗り切る身体をつくるという点で、暑気払いの食材としてもっと知られてよいかと思われる。薬膳として鱧を用いる場合は、粉末状にして内服するか、煮込んでスープとするのが一般的である。

結語

 鱧は最も硬い魚に分類され、独特の歯ごたえを有する。そして、タンパク質、脂質の含有量が多く、旨味成分であるイノシン酸の減弱が遅いために味覚の面からも貴重な食材である。しかし、小骨が多く、扱いが難しい食材であった。そこで、小骨を処理する骨切りという職人技が生まれ、京都を中心として盛んに用いられるようになった。骨切り後に加熱すると花のような形となるため、見た目の美しさも料理を華やかにするために好まれる要因となった。鱧料理を支えてきたのは、厳しい修行を経ながら、工夫を重ね続けた料理人である。食文化の発展は、層の厚い専門家集団の支えがあってこそ実現するのである。

Abstact

The conger is classified as the hardest fish meat and has a unique chewy texture. It is also a valuable ingredient in terms of taste because it contains a large amount of protein and lipid, and the inosinic acid, which is an umami component, is slowly attenuated. However, it was a difficult ingredient to handle due to its large number of small bones. Then, with the invention of a technique called “bone cutting,”- a skill to processes these small bones - the fish had come to be widely consumed mainly in Kyoto. As it is cooked, the fish skin contracts under the heat, making the fish meat bloom like flower petals and this was also favored as it made this fish dish all the more exquisite. It is the chefs who had continued to brush up their skills under the rigorous training that has supported the conger dish. The development of food culture can only be achieved with the support of many such experts.

参考文献

  1. 京の魚の会:再発見 京の魚 おいしさの秘密,恒星社厚生閣,2017
  2. 野地秩嘉:京味物語,光文社,2021

投稿者:田中耕一郎

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