日本の土壌と文化へのルーツ52 泥鰌

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎 
 

食の伝統を守る老舗

 日本全国でもドジョウ料理店は数少ないが、江戸の“下町”には複数集中している。江戸のかつての“下町”の本来の意味は、江戸城の南西、北の高台の“山の手”に対して、東の隅田川をはじめとする河川、堀に面した低地を指していた。また、江戸時代の当初は山の手の有力大名の武家屋敷や有力寺院が立地し、一方、下町は町人が多く住み、商工業が盛んであった。このような都市開発は、“下町”に独特の気質を生み出した。

 現在のドジョウ料理店も東京の台東区、墨田区、荒川区といった隅田川沿いに位置している。いずれも浅草寺に近く、参拝客の行き交う路であった。

 東邦大学が位置する蒲田もまた、江戸の“下町”と歴史も性質も異なるが、東京の別の“下町”としての良さをもった街である。

 当時のドジョウ料理店はどのような様子であったのだろうか。今も台東区にある『駒形どぜう』についての記載を見てみよう。

「雷門から南へ次の電車停車場が駒形である」2)「暖簾をくぐって座敷に上ると、百年記念明治四十年十一月と云う額が先ず眼につく。お客はどちらかと云えばもちろん中流以下が多いのであるが、生粋の江戸ッ子や、その道の通人などの間にもなかなか馴染みが少なくない。何はさて置き、値段の安いのが目っけもので、ドジョウ鍋六銭、ドジョウ汁一銭五厘、お酒七銭、御飯1人前四銭、半人前三銭と云うほかに、鯨汁二銭五厘、鯰鍋十五銭、鯰汁五銭というのもある。従って鍋と汁とに飯と酒までつけた処が二十銭足らず、飯と汁だけですませば高が六、七銭で事が足るので、飯時分前後になると朝から車夫行商人を始めとして、色んな種類の人がエンヤエンヤと詰めかける。なかには三度が三度、ここで一日のお腹をこしらえてる連中も少なくないと云うのも、まんざら嘘ではなさそうに思われる。それにつけても、『君は駒形あたりのどじょう汁』とか何とか、今蜀人の駄洒落たのは、吉原帰りの通人の立ち寄るものも少なくないことを示すものではなかろうか」2)

 当時の盛況ぶりが伺える内容である。現代にあって当時と同じ場所で同じ料理を食しながら、江戸の雰囲気を味わうのも感慨深い。

江戸の雰囲気

ドジョウ鍋

伝統を守る重さと東洋医学

伝統を守る重さについて、歌舞伎役者の七代目中村芝翫(なかむらしかん)が、『駒形どせう噺』1)の口上に寄せて次のように話している。

「しかし、伝統を守ると簡単にいっても、一代一代がしっかりしていなければ、継続はできません。続けば続くほど責任が重くなるということを、私自身も感じています。続いて当然、当たり前。挫折してしまえば、身持ちが悪かったとか道楽しやがったと言われるだけです。」1)

「また、ただ続ければいいというものでもありません。歌舞伎でも、同じ芸能界だからといって、新劇になったり、映画関係になったのでは継続とはいえません。やはり、歌舞伎一本で続けていく。お店でも、どぜうではこの頃ちょっと客の入りが悪いから、うなぎに替えて、どぜうはたまに出しますっていうのでは駒形どぜうが続いた口には入りません。やはりどぜうを矢面に立てて売り、他のものもありますよということでなくてはいけないと思うんです。」1)

 最初の医学理論書の『黄帝内経』の編纂時期から数えれば、東洋医学は2000年に及ぶ伝統を有する。現在に至っては漢方薬を中心に科学的検証も進み、80%以上の医師が漢方を処方する時代となっている。その中にあって東洋医学の伝統もまた変容しつつある。インターネットが急速に普及する世の中では、じっくり深く古典を味わう学び方よりは、より簡便で効率の良い学び方が好まれる。私自身も只中にあって飲み込まれつつ変容している毎日である。伝統の重さを自覚し、東洋医学の根幹となる理論を背景とした人間の観察眼は、しっかりと後世へと伝えていきたい。

戦時の泥鰌 飲食店の試練

 コロナ禍にあって、飲食店は大打撃を受けた。ドジョウ料理店の江戸時代に始まる長い歴史から見れば、先の見えない試練には度々直面していた。戦時はその最たるものである。

「昭和十六年(1941年)に公布された物資統制令で、米が配給通帳制になったのをかわきりに、食塩、味噌、醤油がつぎつぎに通帳制となり、とうとう昭和十八年には海の魚に続いて川魚までが統制品目に指定されてしまったのです。当然、川魚であるどぜうも統制品となり、業者からの入荷がストップしてしまいました。」1)

「どぜうの暖簾を出していながら、どぜうを料理してお客さまに味わっていただけない無念さは、筆舌に表しつくせないものでございます。」1)

「駒形どぜうもこの運命の波に翻弄され、ただ耐えるしか知恵がなかったのでございます。」1)

 後になって今の苦しい時代を振り返り、思い出話として語るようになる時もやがてくるであろう。

ドジョウ 水田や湿地を好む“下町”の生物

 ドジョウはコイ目ドジョウ科に分類される淡水魚の一種であり、変温動物である。冬になって水温が下がると、動きが鈍くなる。外敵から身を守るために水底の泥や砂にもぐって越冬する。冬が過ぎると、小川、池、湖沼、田んぼなどの水底で、ケンミジンコ、ユスリカ幼虫、藻類などを食べて暮らしている。3)高台の“山の手”ではない湿地帯という低地という“下町”の生きものである。洪水や干ばつなどの厳しい環境も泥中で生き抜く強さがドジョウに備わっている。

 「ドジョウは田んぼに水が入り、田植えが始まる5月頃から、水路を上って田んぼに入って産卵する。そして田んぼから水がなくなる9月頃まで、田んぼで暮らし」、「落水後も田んぼの湿った土の中にもぐって冬越しするドジョウも少なくありません。」3)

 昔の田んぼの水路は冬でも湿っていた。しかし、現在の田んぼの水路では水が完全に止まってしまうために、ドジョウも冬を越せなくなっている。3)

 もともとは日本各地に生息していたが、都心部にはドジョウの生態系は見かけなくなってきている。また農薬の使用もドジョウの生育に影響した。

 また、昔はドジョウも産地により見分けられたという。環境によって生育は異なるというのが、本来は自然なのかもしれない。

「もちろん、産卵期など四季によっても差異があり、また、田んぼや沼、川など生まれ育った環境によっても相違が出てきます。利根川育ちと荒川育ちでは色つやや斑点模様など微妙に違うのです。水の色、餌、川底の砂、流れの速さ、などが個体の変化に影響を与え、それぞれに順応して生きているのだと思われます。」1)

「それがどうでしょう。こんにち、どこからか運ばれてくるどぜうを見ても、まったくの身元不明氏、何県生まれのどぜうなのか、さっぱりわかりません。」1)

「天然ものが主体だったひと昔前までは、前述したようにおおよその産地の見当はつきました。ところが、需要に対し供給が追いつかないから、業者は各地から稚魚を集めて養殖します。おまけに最近はうなぎと同じで、台湾など海外からどぜうの輸入も増えて、養殖ものの中に紛れ込んでいます。」1)

 ドジョウは冬にやせて、味も落ちてしまうために、夏に獲れたものがよいとされてきた。しかし、現在では養殖により環境に関わらず年中出回るようになり、季節感もなくなっている。自然とのつながりを感じにくくなっている世の中である。

ドジョウの生物学的特徴

ドジョウの生物学的特徴としては、体表面が粘膜で覆われていること、夜行性、腸呼吸が挙げられる。

 体表面は粘膜に覆われているために、滑らかで滑りやすくなっている。これは、乾燥防止、泥の中へのもぐりやすさ、病原菌となる微生物、天敵のサギや人間から捕獲されにくくするためとされている。ドジョウの外観は、身体全体が細長い腸管であり、“生きた腸管”のようである。さらにこの“腸管”は消化機能だけではなく、呼吸機能も備わっている。ドジョウの腸呼吸とは、水面から口を出して空気を吸い。空気中の酸素を腸から吸収する呼吸で、水中の酸素が少ない中でも長期間生きることができる。このようにドジョウでは消化機能と呼吸機能が明確に分化していない。

 東洋医学では、身体のある部位の機能低下がある場合には他の生物のその部位を食すると良いとされている。ドジョウのように消化機能と呼吸機能を併せ持つ特殊な腸は、人間が食すると胃腸の消化力を高める作用を言われているが、呼吸機能も強めるためにも良いのではないかというように発想する。また、ねばねばの触感を有するものは、東洋医学では滋養強壮作用が強いものが多い。

ドジョウ料理

 人々の生活圏内にある田んぼや湿地に自然と生息するドジョウは、捕捉されて、そのまま味噌汁に入れられ、家庭の食卓に上っていたようである。ドジョウの食習慣は珍しいものではなかったが、その起源ははっきりしない。江戸初期から、ドジョウ料理は洗練され、初夏になるとそのまま味噌汁にいれるドジョウ汁、醤油で味付けをしたドジョウ鍋が、家庭ではなく、外食として普及していった。江戸後期になって国産の砂糖が普及するようになって、醤油、味噌も濃く甘く、江戸特有の味が生まれるようになった。4)

 現在、お目に掛かれるドジョウ汁も、江戸甘味噌などの合わせ味噌で作られた濃く甘い味である。ドジョウの表面のぬるぬるのため、つるっと滑らかにのどに入ってくる。

 ドジョウ鍋が一般化したのは、幕末の1848-54年頃とされている。大ぶりのドジョウは開いて頭と内臓を取り、小ぶりのものはそのままで、ネギや牛蒡とともに割下で鍋で煮る。そのまま煮たものはドジョウ鍋、卵でとじたものは柳川鍋と言われる。柳川鍋が登場したのは、1830-1845年頃とさえれる。柳川の名称の起源は日本橋のドジョウ料理店の屋号からという説や、使用した土鍋が福岡の柳川産であったため、など諸説がある。4)

江戸の風情とドジョウ鍋

 江戸の雰囲気とドジョウ鍋を共に味わう。ドジョウは小ぶりのものはそのまま鍋に円を描くように並べられている。「どぜうは一尾五匁(二十グラム弱)くらいの小さく新しいものが、骨がやわらかくてよろしいでしょう。」1)

 ドジョウは下ごしらえとして、お酒につける。「生きたままのどぜうをザルにとり、深めの鍋に入れ、上から酒をかけてやります。一貫目(3750グラム)のどせうには酒は二合くらいの割合でいいでしょう。」1)「酒を飲ませるとどぜうの臭みがぬけて、骨も一段とやわらかくなるようです。」1)さらに甘味噌仕立ての味噌汁を用意して、形がくずれぬほどのやわらかさに煮込む。「どぜうが煮えたら味噌汁からすくい上げて、やや淡味のタレで煮込み、薬味としてネギを上からかけ、煮ながら熱いのを食べます。」1)といった具合である。七輪で炭火を用いていると待っている間にも足元が暖かくなってくる。冬にはとても心地が良い。

 他にもドジョウ料理自体は、江戸に限らず日本各地で食べられていたようである。石川県金沢市、富山県南砺市の「蒲焼き」とは、ドジョウの蒲焼を指している。3)

ドジョウ鍋と炭火

ドジョウの効用 5)

 東洋医学では、胃腸の消化力を高め、滋養強壮(註:東洋医学的には気血を補う)作用がある。そのため中国では家庭において、小児、高齢者の食事に取り入れられてきた。胃腸虚弱の方、加齢によりで体力の衰えを感じる場合などにも、胃腸に負担の少ない滋養強壮の食材である。また身体の余分の水を排泄する力があり、浮腫しやすくと感じている方にも良い。ドジョウは田んぼ、湿地など水分過多の環境に住むことから、水分代謝系が発達しているのかもしれない。淡水に住む鯉も妊娠中に精をつけ、浮腫を取る食材である。

 中国では肝炎や胆嚢炎にも用いられてきた。現在では内科的治療が優先されるが、どのような消炎作用を有しているのかは興味深いところである。また、インポテンツにも用いられてきたのは、生殖機能を高める作用があるのかもしれない。現在ではまだ明らかな抗加齢効果の機序は分かっていない。

 ドジョウにはカルシウムなどのミネラルが豊富である。しかし、カリウムも多く含まれているため、腎機能低下を認める場合には、注意が必要である。

 薬用として、乾燥後焼いて粉末にする方法もあるが、多くはスープとして食べる場合が多い。ドジョウ鍋、ドジョウ汁などは美味しくいただくためにも、薬効を生かすためにも理想的な食べ方である。

結語

 人々の生活圏内の田んぼや湿地に自然と生息するドジョウは、捕捉されて、そのまま味噌汁に入れられ、家庭の食卓に上っていたようであり、ドジョウの食習慣は珍しいものではない。江戸初期から、ドジョウ料理は洗練され、ドジョウ汁、ドジョウ鍋(そのまま煮たものはドジョウ鍋、卵でとじたものは柳川鍋)が普及していった。

 ドジョウは高台の“山の手”ではない湿地帯という低地という“下町”の生きものである。洪水や干ばつなどの厳しい環境も泥中で生き抜く強さがドジョウに備わっている。今の厳しく、変化の多い世の中にあっても、老舗の伝統を守り、生き抜く力となってほしいものである。

 ドジョウは東洋医学においては胃腸の消化力を高めるなど滋養強壮と身体の余分な水分を排泄する食材として知られていて、中国ではより歴史が長い。日本においても、より注目されてよい食材と考えられる。

Abstact

Loaches that naturally inhabit rice fields and wetlands within people's living areas are captured, put in miso soup as they are, and people have been eating loaches in the dairy life. From the early Edo period, loach dishes were refined, and loach soup and loach nabe (dojo nabe for boiled loach and Yanagawa nabe for egg-bound) became popular.
Loaches are creatures of the “downtown" of the lowlands of the wetlands, not the "Yamanote" of the hills. Loaches have the strength to survive in the mud even in harsh environments such as floods and droughts. I hope that even in today's harsh and changing world, we will be able to preserve tradition and survive.
Loach is known in oriental medicine as a food ingredient that enhances gastrointestinal digestion and excretes excess water from the body. The loach dishes have a longer history in China. In Japan as well, it is considered to be a food ingredient that may attract more attention.

参考文献

  1. 五代目越後屋助七:駒形どぜう噺,小学館,1999
  2. 若月紫蘭:東京年中行事,春陽堂,1911
  3. 市川憲平、津田英治:田んぼの生きものたち メダカ・フナ・ドジョウ,農文協,2012
  4. 《江戸の外食文化・資料》5.庶民の食事処(1),居酒屋
  5. 梁晨千鶴:東方栄養新書,メディカルユニコーン,2005

投稿者:田中耕一郎

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