日本の土壌と文化へのルーツ65 スッポン

緒言 俗物の世界へ

 スッポン料理を食べに行くというのはまだ一般的ではないかもしれない。予約が必要であったり、複数の人数でないと受け付けてもらえなかったり、また高額であることも敷居を高くしている要因かもしれない。
 とはいえ、裾野は広がってきているようだ。スッポン料理の従来のイメージは、男性の強壮剤であった。現在ではスッポンが含むコラーゲンによる女性の美容のイメージもあるかもしれない。スッポンは鼈甲(べっこう)と呼ばれるれっきとした漢方薬でもある。ただ、店頭で見る鼈甲という工芸細工はスッポンではなく、玳瑁(たいまい)という別の動物を使用しており、同じ名前でありながら注意が必要である。漢方薬で用いるのは、スッポンの身ではなく、背中の甲羅を使用する。その薬効は、世間で言われている強壮作用というよりは、陰を補うという身体を潤し、ほてり、熱感をとる作用がある。今回は、鼈甲(べっこう)が使用されている処方はもちろん、スッポンの歴史、生態、養殖、料理を解説を交えて紹介したい。
 また生き物を食して生きる我々の俗な部分もしっかりと見つめていきたい。

日本におけるスッポンの食用の歴史

 日本においては、少なくとも弥生時代からスッポンは食用とされていたようである。
「登呂遺跡からすっぽんの骨が出土しており、弥生時代の稲作文化をものがたる奈良県磯城郡田原本町の唐古・鍵遺跡(註:奈良盆地に位置する弥生時代の遺跡)では、出土品の土器にすっぽんが描かれ、さらに骨も出土していることから食用の事実がみてとれる。」1)
 登呂遺跡は、静岡市駿河区に位置する水田遺構を伴う弥生時代の集落遺跡・低湿地遺跡であり、唐古・鍵遺跡は、奈良盆地に位置する弥生時代の環濠集落(註:周囲に堀おめぐらせた集落)の遺跡である。
スッポンは、平地の比較的大きな池沼や、河川の中流域や流れのゆるやかな水路などを好んで生息している。その生息地は、本州、四国、九州から沖縄諸島まで広く分布しており、静岡も奈良もその範囲内に位置している。登呂遺跡は60人程度の集落である一方、唐古・鍵遺跡は、翡翠や土器などの出土品も多く、銅鐸などの青銅器鋳造所が設けられ、人口も900人程度を抱える一大勢力拠点であったとされている。集落の規模にかくぁらず、スッポンは広く食されていた。

中国の世界観 陰陽と蓋天説 亀とスッポン 

 中国哲学では、世の成り立ちから、世の中の事象まで、すべてが陰陽という二元論で考えられてきた。中国からは、東洋医学も含め、多くのものが日本に伝わってきた。しかし、陰陽論については、書物などで知識のレベルではもちろん知られているが、社会には十分浸透しなかったといえる。未だに陰陽論は中国からの書物で学ぶというスタンスであり、日本人の感性には馴染まないのかもしれない。
 中国における最古の宇宙観は.周代ないしそれ以前の時代から存在していたとされている蓋天説(「天円地方」(天はまるく,大地は四角である)である。名前の通り、大地の平面(地)が、丸い半円の球面(天)状の蓋によって覆われているとする説である。中国では、蓋天説が描く宇宙のイメージと亀の形状とに類似点(丸い背の甲羅は天を、腹の甲羅は地を現わす)を見出し、蓋天説を体現した生物として、亀は非常に珍重されてきた。東洋医学で使用する際にもこの考え方が色濃く反映されている。
 東洋医学の身体観に経絡という考え方がある。経絡とは“気”の流れ道であり、身体の正中線には、腹側を流れる任脈、背側を流れる督脈という重要な経絡が上下に巡っている。亀の甲羅は、人間でいうこの任脈、督脈がともに骨化し、脊椎や肋骨と癒合した皮骨からなる甲板(骨甲板) と鱗からなる甲板(角質甲板)2つの甲板で構成されている。カルシウムを大量に甲羅に消費した代償として、カメは歯を失うこととなる。
「骨性の分厚い装甲の形成には、当然のことながら、大量のカルシウムを必要とする。カメの甲羅はとりわけ重厚なので、ついには歯が全く失われるという事態にまで至ったのであろう。」2) 鳥もまた、別の意味であるが、軽量化のために歯を失った動物である。

漢方薬で用いるカメの類

 まずは、いわゆる亀である。生薬名は亀板と呼ばれ、イシガメ科クサガメの腹甲(腹側の甲羅)を用いる。亀板には、身体を“潤し”、熱感を取る作用がある。他に小児の発達遅延や、加齢に伴う諸症状の治療に用いられてきた。また、筋肉、骨を強くするもといわれてきた。これには多く含まれるカルシウムも関係しているかもしれない。
 次は鼈甲(別名は土別甲)である。東洋医学では、スッポン科スッポンの背甲のことを指す。スッポンはいわゆる硬い甲羅(角質甲板)が無く骨甲板も退化しており、触感は非常に柔らかい。それは、動物性膠で形成されており、成分はゼラチンや炭酸カルシウムを含むケラチン(註:髪、爪などを構成する成分)であるためである。「すっぽんはスッポン科に属するカメの一種で、河川や沼に生息する淡水動物である。日本産は一種類、キョクトウスッポン属のニホンスッポン。本州や四国、九州に生息し、雑食性。ほかのカメ類と異なるのは、甲羅に亀甲の菱形がなく、皮膚化して柔らかいこと。英語でsoft shelled turtleと呼ばれる由縁だ。月や太鼓にも例えられる丸い円形の身体つき、性質は並外れて警戒心が強い。」1)
鼈甲は、亀板と同様に、身体を“潤し”、ほてり、熱感を取る作用がある他、硬く固まった腫瘤などを柔らかくする効果がある。日本でも、貝原益軒が『大和本草』の中で、スッポンの効用として下血、脱肛と記している。
 最後は、玳瑁(たいまい)はウミガメ科タイマイで、背甲を用いる。玳瑁は工芸品にも多く用いられ、店頭で鼈甲という名前で売られている。日本では、玳瑁は薬用としては使用されないが、中国では、玳瑁の背甲は、煩躁、痙攣などの鎮静、鎮痙のために処方されている。

亀板と鼈甲を用いた漢方薬

 大補陰丸という処方がある。大はとても効果があり、補陰とは身体を潤して、ほてり、熱感を取る作用があるという意味である。丸は薬の剤型で丸い粒のように固められたものを内服する。これには複数の生薬が使用されているが、亀板の量が最も多い。
 鼈甲煎丸は、腹腔内の腫瘤の治療に用いられてきた。煎は煎じるという意味で、水で煮る事を指している。構成生薬上、鼈甲は最も大切な位置づけとなっている。
 中国における最古の宇宙観である蓋天説に合わせて、鼈甲(スッポンの背側の甲羅:天)と、亀(クサガメの腹側の甲羅:地)とを組み合わせた処方に鼈甲養陰煎がある。
 鼈甲養陰煎は、婦人科の無月経の治療に用いられてきた。女性の生殖器の機能を賦活するための処方であり、中国の近代になって作られた処方である。

鼈甲の養殖

 現在、食用に用いられるスッポンはほとんどが養殖されたものであり、天然ものよりも味覚が安定しているとされている。
 養殖の中でも自然環境を生かしながら行われているものを露地養殖という。その例が、静岡県の浜名湖舞阪にある養鼈場で、1900年よりスッポンの養殖が開始されている。浜名湖は気候が温暖で、養殖池に造成に必要な遊休地もあり、うなぎの養殖にも適していた。開始時にはスッポンの養殖技術が安定しなかったため、技術的には確立していたうなぎの養殖と並行して行われていった。
「多くの養殖場でおこなわれている室温をコントロールしながら育てるハウス方式では、年中いつ出荷しても肉質が一定になる。しかし、「露地養殖」の眼目は、自然環境とスッポンが冬眠する習性のサイクルの両方を守り、そのすっぽんの体力をつけながら健やかな成長をうながすこと。七月から九月、餌をさかんに食べて肉がついたすっぽんは、十月あたりから冬眠しながら脂肪を蓄える-これが(註:服部養殖場の)」服部さんのいう「養殖なのに旬がある」背景だ。しかも、冬場はすっぽん鍋の需要が高まるタイミングにも重なるのだからよくしたもの。」1)
 とはいえ、露地養殖は非常に手間のかかる重労働である。
「「服部養殖場」(註:日本初のすっぽんの養殖場)でなされている手間と時間のかけようは意表を突かれるものだった。ここでおこなわれているのは、すっぽんが孵化してからゆっくり三、四年の歳月をかける「露地養殖」。太陽も風も雨も、つまり、舞阪の自然環境をそのまま生かしながらすっぽんの成長に寄り添う独自の方法である。」1)
 スッポンはストレスがかかると味が落ちるとされており、露地養殖において味を一定に保つためには、自然環境を整えることが大切となってくる。
「すっぽんはストレスがかかっていると、本来のうまみがでない。」1)
「『環境次第だね。すっぽんは餌と水。過密な状態にさせずに、水質のいい環境で育てないと脂が臭いの。育て方でずいぶん変わるよ、すっぽんは』」1)
 「まず池の環境をきちんと作らなければ、いいすっぽんは育ちません。夏場になると、私たちがアズキモチと呼んでいる水草が池の表面に繁茂するのですが、少しでも気を抜くと、あっという間に水面が緑一色になってしまう。アズキモチは、すくってもすくっても繁るので、ひと夏に何度も従業員が網を持って池に入り、風向きを計算しながらアズキモチを取り除きます。長靴の中に汗が溜まる重労働です。」1)

陰の生き物と素早い動き

 スッポンは変温動物であり、気温が15℃を下回ると冬眠状態に入る。冬眠中は食物を摂取せず、長い時を過ごす。中国の陰陽論でいえば、陰の性質が強い生き物である。
「(註:鼈甲の養殖場の)敷地に足を踏み入れると、しいんと静まり返って音のひとつも聞こえてこない。約一万坪、六十面ほどの池が点在してると聞いて、こんなに広いのにやっぱり奇妙な静寂だなと思う。一面ごとに池の奥底に五百~八百ずつ、無数のすっぽんが土中に潜りこんで冬眠中。ひたすらな静けさは眠りの深さを表しているのかと思うと、時間が止まるような不思議な感覚に襲われる。気温十五度を下回ると暗い土中に潜りこみ、春が訪れるまでひたすら長い眠りにつく黒い群れ、夢幻の領域に引きずりこまれてしまいそうだ。」1)
 そして、この静けさは出荷前になっても続く。スッポンは以後の過酷な運命にもかかわらずである。よくよくこの運命を身に沁みながら、有難く味わわなければと、俗ながら胆に銘じている次第である。
「明日、東京方面に出荷するというすっぽんが箱のなかにおさまっている。出荷用の池から引き上げた後、いったん水槽に移して洗ったのち、重量別に分けてからオガクズを詰めた段ボール箱におさめて出荷にそなえるのだが、すっぽんはすっかり自分の気配を消して、静まり返っている。荷札に宛名の書かれた箱の重なりにそっと近づいて耳を寄せると、かさり、ごそり、動く音がかすかに耳に伝わってきた。」1)
 スッポンの醸し出す静けさに対して、逃げる素早さは対照的である。ただ、それは目の前にいる他の生物に対する危機管理であり、出荷後の運命とはまた別のようだ。
「すっぽんは臆病な生きものだから、すがたを見たければ足音を立ててはいけないと注意され、おっかなびっくり養殖池に近づくと、とても数えきれないすっぽんの群れがいっせいに池から長い首を出し、日向ぼっこを貪っている。のんきに陽光を浴びるシルエットが愛らしくてくすっと笑いが出たけれど、じっと眺めていると、ネス湖の恐竜の子どもの大群にも見えてくる。いずれにしても現実離れした光景だなと思いながら息を詰めて観察していると、うしろからやってきたひとがうっかり足下の石を踏みつけ、ジャリッと派手な石音が鳴った。その瞬間、黒い影が電光石火の勢いで水中に潜りこみ、魔法のように掻き消えたあとの池には水紋がゆらゆら揺れるばかり。」1)

スッポンの生態

 露地養殖の産卵は、5月から7月の日が長く温暖な季節に始まる。
「毎年五月から七月、親池では産卵が続く。この時期には毎夕、敷地内の砂場に産卵した位置を確認し、野鳥やイタチなどから守るためにネットをかぶせる。卵は、あらかじめ有精卵と無精卵に選り分け、有精卵は孵化器で孵(かえ)して次世代のすっぽんの誕生に備える。」1)
 とはいえ、野生動物にやられてしまう卵もある。また、有精卵は、同じ様に成長するわけではなく、個体差がある。
「健康なすっぽんを育てることは、自然を守ることでもある。とはいえ、すべてのすっぽんが優等生に育つのはむずかしい。甲、乙、丙のランクをつけ、選り分けてサプリメントや美容分野の加工用に出荷するものもある。」1)
 甲、乙、丙のランクをつけているのは人間であって、スッポンではないが、何か現代社会の構図を表しているような複雑な気持ちである。

すっぽんの味覚

 所詮、自分は俗物にすぎない。原稿のためと割り切りながらも、スッポン料理となると、いつもと違う畏まった心持ちで暖簾を潜る
「さっきまで水槽のなかでのんびりしていたすっぽんがみるみる減って肉に変わってゆくさまを見ながら、あれ、と思う。すっぽんは魚臭くもなく、内臓を少ないからなまなましさも薄く、想像していたよりも淡々とした解体風景である。」1)
 私自身は、スッポンをさばく風景にはお目にかかったことはない。情が生じて、直視できる自信はない。
 また、スッポンの産地の違いや個体差の違いがわかるほど食通ではない。ただ、東洋医学の専門家として、薬用の部分には精通していたいと思う。
「ただ、産地によって肉の締まり方や脂の色がかなり違う。ねっとりと黄色い脂肪もあれば、ぷよっと水っぽい肉もある。外から見るとどれもおなじすっぽんに映って見分けがつかないけれど、甲羅を開けてみれば、顔つきがかなり違うことに驚く。」1)
 すっぽん粥は最後に出てくる。だしがきいているが、確かに胃にもたれない。やはり、この味覚を正確に伝えるには、作家たちの表現を引用する以外に他に手がない。
「「すっぽんは個性が強いのにどんなだしにも合うんです。何と合わせても飛び抜けておいしくなります。」すっぽんという食材の本質がここにある。相手の持ち味をじゃませず、しかし、じいんと痺れるような余韻。がつんとインパクトを食らわせる攻撃的なうまみではなく、深く静かに潜伏するアミノ酸たっぷりのうまみは透明、明晰、緻密。」1)
「すっぽんの魅力は、ボディブローのような重低音のうまみだと思います。ところが、不思議なことに、べつの食材と合わせるとすっと奥に隠れる。ふぐと較べても力強いし、はるかにうまみが濃く、存在感も個性も強いのに、相手をじゃましないんです。スッポンの生き方と似ているのかなと思います。」1)
この口上だけでも、今晩にでも、早速、すっぽん料理店へ向かいたくなるのではないだろうか。
 スッポンには、生息地の醸し出す静寂と、相手を邪魔しない絶妙な味覚が隠されている。前面に出てこなくても、存在感があり、かつ周囲を引き立たせるとは、全くもって理想的な生き方ではないだろうか。

すっぽん鍋

 数名でスッポン料理店に向かえば、スッポン鍋も味わうことができる。
「鍋のなかにむっちり大ぶりの身が二貫、焼きねぎ、焼き餅、豆腐、細かく潰した薄黄色の脂身が浮き実のように揺れている。気が逸るのを抑えながら、透明な黄金色の熱いスープをれんげに満たし、啜った。すーっと口の中に滑りこむ清澄な汁。醤油のほのかな香ばしさ、焼きねぎの甘み。つつしまやかなふりをして、しかし、奥まったところから、あの﨟(ろう)長けたうまみがもたげてくる。追いかけて、まろやかに花開く脂のこく。」1)
 味わう際には、スッポンの東洋医学的な薬効、身体を潤して、ほてり、熱感を取る作用も思い出していただければ幸いである。

結語

 スッポンは鼈甲(べっこう)と呼ばれるれっきとした漢方薬である。漢方薬では、スッポンの身ではなく、背中の甲を使用する。その薬効は強壮作用というよりは、陰を補うという身体を潤し、ほてり、熱感をとる作用がある。今回は、鼈甲(べっこう)が実際に使用されている処方とともに、スッポンの歴史、生態、養殖、料理について解説した。日本におけるスッポンの食用の歴史は少なくとも弥生時代に始まり、1900年から浜名湖において本格的な露地養殖がおこなわれてきた。スッポンは変温動物であり、気温が15℃を下回ると冬眠状態に入る。味覚は他の食材を邪魔しないが存在感がある。前面に出てこなくても、存在感があり、かつ周囲を引き立たせるような理想的な生き方に例えられる。

Abstact

Japanese Traditional Herbal Medicines (Kampo) and Everyday Plants: Roots in Japanese Soil and Culture. vol.65;

Koichiro Tanaka, Toho University School of Medicine, department of Traditional Medicine

Soft-shelled turtle is a well-known Chinese herbal medicine. In Chinese medicine, the shell of the turtle's back is used instead of the body. Its medicinal properties are not so much a tonic effect, but rather a yin-replenishing effect that moisturizes the body and relieves hot flashes and sensations of heat. Here, we explained the history, ecology, cultivation, and cooking of soft-shelled turtles, as well as the formulations in which tortoiseshell is actually used. The history of eating soft-shelled turtles in Japan dates back to at least the Yayoi period, and since 1900, full-scale outdoor farming has been carried out in Lake Hamana. The taste doesn't interfere with the other ingredients, but it has a strong presence. Even if it doesn't come out to the front, it has a presence and complements its surroundings. It can be likened to an ideal way of life.

参考文献

  1. 平松洋子:肉とスッポン 日本ソウルミート紀行,文芸春秋,2020
  2. 長沼 毅:形態の生命誌—なぜ生物にカタチがあるのか,新潮社,2011

投稿者:田中耕一郎

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