日本の土壌と文化へのルーツ75 人類における身体の退化

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎
 

緒言

 東洋医学の外来には様々な患者が訪れる。その中で、最近もたげる考えがある。それは、一体、人間は進化しているのだろうか?それとも退化しているのだろうか?というものだ。外来には、増え続ける精神疾患、慢性頭痛、慢性咳嗽、睡眠時無呼吸症候群、非特異的腰痛、明らかな原因が特定できない倦怠感、疼痛性疾患などの症状であふれかえっている。長年、人類の課題であった感染症に対して、抗生剤を生み出した後も、疾患は決して減少していない。
 人類の身体は、進歩どころか、反ってどんどん弱まっているのではないだろうか。
「(註: Sir William Arbuthnot Lane,英国の外科医,1856-1943)外科医として長い生活を通じて体験してわかったことは、結局、文明化された生活様式に何か根本的な問題があるのではないかということである。それに私は、白人の国家にみられる現在の食習慣や保健習慣の再編成を行わなければ社会的な衰退や人種的な退化が必ずやってくると確信している。」1.2)
 「(Weston Andrew Valleau Price氏, 1870~1948年:カナダの歯科医、医学研究者、1930年代に世界各地をフィールドワークを行った)現代では身体の健康がひどく悪化してきていることは、どの個人もどの団体も声を揃えて強調してきたことである。」1)この書物が書かれたのは、1939年であり、米国の栄養事情は現在と異なっている可能性はある。ただ、感染症の制圧が進んでも、当時においても疾患が減っている印象はなかったようだ。また、当時から人類の“退化”ということばが使われていたことは特筆に値する。
 「註:アレキシス・カレル博士(Alexis Carrel, 1873年~1944年、1912年ノーベル医学賞受賞)医学は、人間の苦痛を軽減してきたのだと我々を信じ込ませようとしているものの、実際はそれとはほど遠いのが現状である。なるほど伝染病による死者の数は大いに減少してきた。だが、退化に関する種々の病気がもとで死亡する者は、依然として大きな割合を占めているはずである。」1)
 「細菌性のあらゆる病気は、驚くほど減少している。・・・・・ところが、この領域での医学の勝利にかかわらず、病気全体の問題は解決されたとはほど遠いところにある。近代人は虚弱化している。わずか100万人の人間で、他の一億2000万人もの人々の治療にあたらなければならない状態である。アメリカ合衆国のうち、軽い症状の者、重病の者を合わせれば毎年およそ一億人もの人が何らかの病気にかかっている。病院では年間を通じて毎日70万ものベッドがふさがっているのである。・・・・・・あらゆる形で行われている医療には、毎年35億ドルもの費用が使われている。・・・・・人体は、退化に関わる種々の病気に一層かかりやすくなってきたように思われる」1,3)
 食事が近代化されるの中で、ある種の栄養欠乏による疾患が生じることはある。日本においてはビタミンB1欠乏による脚気が代表的である。これは、玄米を精白するようになって生じた。インドでは菜食主義が盛んなため、ビタミンB12が欠乏しやすい。ただ、この菜食主義は、2千年以上も続く食習慣であり、従来の食生活で重大な問題が生じていたとすれば、これほど長期には継続できなかったに違いない。何らかの工夫があったのだろう。しかし、現在、インドにおいて、ビタミンB12は健康診断での必須項目であり、その欠乏は公衆衛生的な問題となっている。そのため、ビタミンB12のサプリメントも使用されている。食事が近代化することで、菜食の中身にも変化が生じたのであろうか。また、感染症が治療できる時代となり、新たに“目立ってきた”だけなのであろうか。
 多くの場合、伝統食は各々の土地において、人びとの健康を維持する“完全食”のように形成されている。Price氏は、伝統食から近代化された食事の普及後に、新たな栄養欠乏が生まれていることを、世界各国の事例を交えながら考察している。1)

平均寿命のからくり 人口の3分の1は65歳以上まで生きていた

 確かに平均寿命は延びている。以前は、「縄文人寿命30歳説」が主流であった。これは、1967年に発表された「出土人骨による日本縄文時代人の寿命の推定」に基づく推定年齢である。3)平均寿命の伸長だけをみれば、現代医学の進歩というのは揺るぎない事実である。しかし、1985年になって、より客観的な年齢推定法が開発された。この年齢推定方法によれば、死亡時年齢34歳以下が32.1%で、35歳以上64歳以下が35.4%、65歳以上が32.5%となり、15歳時点での平均余命が31.52歳という結果となっている。3)人口の3分の1は乳児期に亡くなり、成人期には感染症で亡くなっていた。しかし、人口の3分の1は当時でも65歳以上の寿命を保っていた。つまり、周産期医療が発達し、感染症対策の進歩、公衆衛生の充実によって、乳児期、成人期の主なる問題が解決されることだけでも、平均寿命は十分延び得たのである。

人間の脳は筋肉の退化と引き換えに進化

 人類の退化の中でも、筋力の低下は直視しなければいけない現実であろう。平均寿命が延びたためフレイルが増えているのではなく、現代の生活習慣がすでに若いうちから筋力低下を推し進めており、寿命を終えるかなり前から、身体の衰えが顕著になってしまうのである。
 20世紀初頭にすでに、近代文明に浸ったアメリカ人が、アメリカ先住民に出会い、“文明人”の身体能力のひどい低下を自覚していたことが正直に報告されている。
 「(註:アーネスト・トンプソン・シートンErnest Thompson Seton、1860~1946年『シートン動物記』で知られる。)先住民に反感をもつ者であれ、親近感をもつ者であれ、先住民がこれまで地上に存在した人類の中でもっともすばらしい体軀をした人間であったことは、どの歴史家も認めるところである。身体の面では、白人のうちでもっともすぐれた選り抜きの鍛えあげられた者以外、彼らと比べて勝ち目はない。」1,4)
 「土着の先住民(註:アメリカ大陸の最北端に住んでいた先住民)の男がいかに丈夫であるかは、私たちが峠を越えようとしてトラックで旅をしていた時に出くわした出来事を通じてよく知ることができた。往復2,3日もかかる旅の途中でトラックが故障してしまった。先住民のトラック運転手は、2人の乗客を残して100㎞も離れたテレグラフ・クリーク(カナダのブリティッシュコロンビア州に位置)まで別のトラックを取りに歩いていかなくてはならなくなった。この男の18時間もの間休むことも、飲み食いすることもなく歩いて行ったのである。」1)
 本邦でも、江戸時代には、最速の公用飛脚では24時間で200㎞走行していたとされる。これは鍛え上げられた職業集団の特殊な例かも知れないが、一般成人でも一日30~50㎞は歩いていたようである。
 ただ、この筋力低下は、今に始まったことではなく、人類の宿命ともいえる。
 「公共科学図書館(PLOS)の生物学者のローランド・ロバーツ(Roland Roberts)氏は結論として、「驚異的な認知能力を維持するためには高い基礎代謝率が必要だ。ひ弱な筋肉はその代償と考えられる」と述べている。」5)
 “脳”が積極的に筋肉の退化を推し進めているという知見もある。
 「人類は600万年かけて、体の残りの部分が変化するより8倍も速いペースで筋肉を退化させているという。」5)
 「骨格筋を分析した結果を見る限り、少なくとも初期人類は類人猿に匹敵する筋力を保持していた可能性が高い。当時と比べても人類の筋肉は大幅に減少している。一方、腎臓をはじめ、数百万年間あまり変化していない体内組織もある。脳の場合は、同じ期間に4倍速く進化していた。」5)

耐寒性の低下

 “気象病”ということばが最近使用されるようになった。特に気圧低下により生じる頭痛に対して用いられることが多く、東洋医学外来の患者の訴えとしても一定数見られる。その意味では、現在“気象病”は存在するといってよいであろう。しかし、一方で、これも人間の退化ではないかという思いがよぎる。人類は、苛酷な気候においても生き延びる適応性を持っていたのではないだろうか。宮沢賢治も『雨にも負けず』にも以下の心持ちが描かれている。

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ

 そこで人類の耐寒性に対する潜在能力について紹介してみよう。現在でも、チベットには、雪の積もる氷点下の時期に布切れ一枚で身体を覆って屋外で寝泊まりするというの修行法がある。永沢哲氏(宗教学者:元京都文教大学准教授、元上智大学グリーフケア研究所客員准教授)が、2024年の第42回日本東方医学会の講演でこの修行法を動画で紹介している。修行僧の身体からは、通常の生活では見られないような“熱”が生じていて、体表を触れると“熱く”感じたとのことである。
 チベットの修行法は非日常なものだとしても、日常生活を送る人びとの耐寒性に関する記述はないものだろうか。南米大陸の最南端に位置する南極に近い島々に氷点下20度でも裸で日常生活を送っていた民族がいる。その地域は、ティエラ・デル・フエゴと呼ばれ、人間が定住した世界で最も南の地である。「平地の夏の平均気温は約10度で真夏でも霜が降りることがある。真冬の平均気温が薬1.5度、最低気温がマイナス20度になることもあり、一年を通して湿った強い風が吹くこの酷寒の地に、少なくとも、少なくとも9000年前頃から人が住んでいたことがわかっている。」6)
 「ティエラ・デル・フエゴに住む部族はほぼ裸身、もしくはグアナゴやアザラシの毛皮一枚のみ身にまとっていた。移動しながらの生活であったため、手早く設営・解体ができる簡易な小屋に住んでいた。」6)つまり、暖を取るような住宅の設計ではなかった。もちろん、彼らは、焚火の周りに集まって暖まったり、岩場で風雪から身を守ったり、しゃがみ込む姿勢をとって表面積を減少させて、熱の放散を極力減らしたりといった工夫はした。それよりも、彼らは酷寒の地に耐えられる代謝系を進化させ、平均体温は現代人の少なくとも1度以上は高かったと報告されている。7)
 しかし、その後、悲劇が訪れる。「16世紀以降、ティエラ・デル・フエゴの先住民と(註:入植してきた)西洋人との間では度々衝突があり、双方に死者が出ているが、1880年頃から島民の生活は根底から脅かされるようになった。」6)「また、キリスト教の伝道所=ミッションへの収容が強制され、海の民からカヌーが、陸の民からは矢が奪われた。閉鎖的な空間に詰め込まれ、服を着て寝具で寝るという「文明的な」生活は、西洋人が持ち込んだインフルエンザ、はしか、結核などの伝染病の蔓延に拍車をかけ、ミッションを生きて出た者はごくわずかだった。」6)
 先住民の多くが上記のように命を落とし、2022年には最後の一人が他界し、ティエラ・デル・フエゴの先住民は絶滅した。
 他の民族を侵略し、殲滅する。非常に残酷であってはならないことであるが、フランスの哲学者シモーヌ・ヴェイユ(Simone Weil, 1909~1943年)は、自国が戦地となった第二次世界大戦の実情を踏まえて、以下のように述べている。
 「世俗にせよ教会にせよ、なんらかの権威ある当局によって、生命になにがしらかの価値があるとされる人間の埒外に、ひとつの範疇に属する人びとが定められるやいなや、こうした人びとを殺すこと以上に自然な行為はなくなります。懲罰も非難もこうむらずに殺せると知るなら、人は殺すものです。あるいはすくなくとも、殺人者を励ますような微笑を送るのです。たまたま最初はいささかの嫌悪を感じたとしても、これはあえて口にせず、いくじなしと思われたくなくて、すみやかに押し殺してしまいます。衝動あるいは酩酊のようなもので、よほど強靭な精神力なしには、この誘惑に抵抗することはできません。思うに、こうした精神力は例外的なものです、わたしは寡聞にしてそのようなものを眼にしたことがないからです。」8)

脳の肥大 感情をコントロールできない精神 

 東洋医学は、数々の愁訴をまとめて一つの診断ができる。そのため、東洋医学外来には、不定愁訴、または多愁訴の患者は多い。ただ、東洋医学的に見ても、不定愁訴、多愁訴は、精神的にはあまりよい状態とは言えない。それは、注意力を自らの力でコントロールできない状態となっているからである。前述のように人類は“大きな脳”をももてあましている。これは本当に進化なのであろうか。
 アーネスト・トンプソン・シートンは、近代化の価値観の大幅な変化について述べている。
 「白人の文明や文化は本質的に物質中心的なものであって、ここでの成功の尺度は、「私は自分のためにどれほど多くの財産を手に入れたか」ということである。北米先住民の文化は、それに反して精神的なものが基本になっている。そこでの成功の尺度は、「私は同じ種族の人間にどれほど役に立つことができたか」にある。」1,4)
 身近な人間に貢献する事から、際限のない欲望へと向かう価値観の変容は、現在の精神的健康に関係しているかもしれない。伝統的な生活様式を捨て、現代の生活様式へと変更せざるを得なかった民族に関する報告を紹介してみよう。
 「サーミ人(Sápmi,スカンジナビア半島北部ラップランド及びロシア北部コラ半島に居住する先住民族)はこれまで、伝統的な生活様式を守り、身体を動かす機会が多かったため、病気とはあまり縁が無い暮らしをしてきました。しかし、環境の変化によりその生活様式が継続できなくなり、これまでかかることが無かった精神疾患等の病気がサーミ人の中で増加傾向にあります。ナッカラヤルビ、ヤッコラ、ユントゥネンら研究者による調べでも、糖尿病や心血管疾患、精神疾患が増えていることが確認されました。ナッカラヤルビは、「強いサーミ人」としてのアイデンティティを保つことが、精神的な状態を安定・向上させると述べています。また、スウェーデンで行われた研究ではサーミ人に不健康な人が増えていることが明らかになっており、口腔内の健康、男性の慢性疾患、喘息、肥満など、自分の健康に自信が持てない人が多いという結果が報告されました。」9〉
 世界各国の伝統医療を調べている関係で、フィンランドを訪れ、サーミ人の医療を非常に興味深く受け止めたことがある。そのサーミ人は、現在、急速な社会の変化に巻きまれ、かつての価値観の変容も求められる結果となっている。そして、この価値観に変容には、“近代的自我”が深く関わっている。自我の起源と精神疾患の増大との関係は文化人類学的には重要なテーマである。それは、現代の生活様式が、伝統的な生活様式に比べ、精神疾患をより多く生み出している可能性があるからである。
 近代的自我の“自由”のはき違えによる欲望の暴走、溢れかえる情報から感情を過度揺すぶられることによって、“精神のメタボリック・シンドローム”が生じているのである。 

呼吸器疾患

 外来では、繰り返す感染症の度に、抗生剤、感冒薬や止咳薬、去痰薬が出されるが、伝染性が強く増悪スピードが速い感染症を除けば、人類は今ほど医薬品に頼らず、乗り切ってきたのではないだろうか。
 東洋医学では、声量は“肺気”といって、肺の機能を図る指標となっている。良く通る大きな声はそのまま、呼吸器系統の強さを示している。そのため、東洋医学では、この声量の低下こそが、呼吸器感染症への脆弱さを露呈し、心因とも思われるような慢性咳嗽を生み出しているのではないかという着眼点が生まれる。
 講演会では通常マイクを使用する。しかし、マイクの歴史は19世紀後半に始まり、実用化されたのは20世紀初頭のことに過ぎない。それ以前はマイクを使わずに公共の場でも講演がなされていた。限度はあるが、数百人の前であれば、肉声が十分ン通ったようである。また、そのような技術は雄弁術の中に含まれていたようで、演者自身も鍛錬によって磨いていた。今尚マイクなしで行われている演劇も観られる。劇場、講堂が音を通しやすく工夫している要因を加味しても、オペラ歌手や歌舞伎役者の鍛えられた声量に圧倒されることも多い。
 アメリカの先住民もまたよく通る声を持っていたようだ。
 「頭と副鼻腔、口腔や気管などの大きさや形が、近代文明を動かしている諸々の要因による影響を直接こうむることはほぼわかっているようである。だから次に、我々が話したり、歌ったりすることにそれが与える影響について考えてみることにしよう。いくつかの先住民をたずね歩いている時、彼らのうち多くの人、というより実際はほとんどすべての人の声がすばらしい音域と響きをもっていることによく関心させれたものだ。」1)
 Weston Andrew Valleau Price氏(1870~1948年:カナダの歯科医、医学研究者、1930年代に世界各地をフィールドワークを行った)は、先住民の遺骨を調べ、以下のように述べている。「骸骨に現われた優秀性、とくに頭蓋骨の発達と歯列弓の形状のすばらしさに私は感銘を受けたのであった。」1)
 Price氏は写真を具体的に紹介しながら、「顔面骨の発達が、すなわち口蓋の大きさや形が、鼻孔からの空気の流入量を左右する。」1)とし、「伝統食を含めた土着の先住民では男性のがっしりした首」1)しているが、近代的な食事と生活様式を始めた先住民の世代から、「顔が長細く、鼻孔は狭く、顎も引っ込んでいる」1)と報告している。
 これには、咀嚼に必要な顎が退化していることとも関係があるかもしれない。このような頭と副鼻腔、口腔や気管の大きさや形の変化から予想されるのは、例えば、副鼻腔炎、睡眠時無呼吸症候群といったものである。

先住民にはない齲歯という現代病

 Price氏は、歯科医であるため、先住民の近代化による齲歯の発生については非常に詳細に報告している。
 従来の生活様式を送っている先住民にはほとんど齲歯がないと報告されている。「先住民族に虫歯が見られないことは、人類の特筆すべき特徴なのであり、多くの論者は虫歯のことを近代に特有な病であると言及しているほどである。」1)
 Dryer氏はNature誌で以下のように述べている。「マツェス・リヴァー・シェルター(第四紀の現世統)で発掘された頭蓋骨から得た膨大な情報のコレクションの中には、たった一点の虫歯の痕跡さえなかった。」1、10)
 この原因の一つとして指摘されているのが、顎骨の退化である。
 「進化の途上で現れた退化の傾向は、顎骨があまりにも小さくなりすぎて歯を収容しきれないという形態をとって、近代人に、はっきりと現れてきている。その結果として、これらの歯は不揃いに生えてくるので、歯の基本的な性能をほぼ完全に喪失してしまっている、我々が立ち向かわなければならないのは、これらの事実に対してである。」1.11)
 顎骨の退化により、歯列弓の形状が影響を受け、歯を収容しきれなくなり、歯列、咬合の不正が生じる。一方で、先住民の歯並びが非常によいことが紹介されている。現在、矯正歯科が盛んなのは、近代化による人類の退化の姿なのである。近代化された食事の中に犬歯が必要なほど硬いものがあるだろうか?
 もう一つの齲歯の原因と指摘されているのは、現代の食事による影響である。
「伝統食に取って変わった、商品化された食品である。そのどれらをとっても、よく精製した砂糖や小麦粉、缶詰食品、植物油、精白米といったものが見られた」1)
 先住民は、今のように洗練された歯ブラシを持っているわけではない。歯ブラシはこのような食事の影響を相殺するために使用されているということになる。
 Price氏は、土着食には、各々土地に応じたミネラルやビタミンが多く含まれていることを調査し、作物を育てる土壌の影響についても述べている。

先住民にみる疾患への抵抗性

 Price氏は、世界各国のフィールドワークの成果をもとに以下のようにまとめている。
 「(先住民)集団を注意深く調査した結果、その集団が近代文明から十分に隔絶され、しかも、その集団の伝統的な知恵の教えに従って食生活を送っている場合にかぎり、私たちの多くの重い病に対して強い免疫(註:詳細は述べられていない齲歯を含めた疾病への抵抗性を広く指していると考えられる。)のあることが判明したのである。ところが、同一種族の中でも文明が入り込み、近代文明の食物や食習慣を身につけた者のいることが確認できた地域では、必ずといっていいほど、孤立した集団に見られるあの強い免疫性は、かなり以前に消失していたのである。」1)
 人間への自然へ適応する潜在能力(Price氏は免疫と総称している)は、近代化により急速に失われていった。
 「当初の目的である虫歯の原因究明は、栄養状態(註:近代化によるカロリー偏重の食事を指していると思われる。以後、ミネラル、ビタミンなどの研究により、是正されている部分もあると考えられる)に影響される事が解ったのだが、ところが、実際には、歯にかかわる一連の障害が様々な先住民の中でも進行しており、近代的な食事法を採用したすぐ後に生まれた第一世代においてさえ、それが始まっていること、そしてこうした障害は、欧米の近代文明に特徴的な退化過程とまったく同じ現れ方で、容赦なく急速に増大していること、こういった事実が直ちに明らかになったのである。また虫歯というものが、病状の進行している最中やそれ以前の個々人の食事とほぼ完全に相関していることは立証済みのことだが、虫歯の影響による一連の症候は身体にも及ぶものである。この症候は、以前には異民族婚の結果であると考えられてきた顔や歯列弓の形態上の変化も含まれている。私の調査研究によって、異民族婚が行われず、血の純粋性を保っている人種の場合にも、同じような奇形が起こりうることが明らかになった。また実際に、両親が近代的な食物をとることになった後で生まれた子供にも、このような変化が起こるのである。」1)

結語

 Price氏は、以下のように警鐘を鳴らしている。
 「私の研究した先住民の多くは、何千年もの間、同じ土地にあって健康を保持しているのだが、私たちアメリカ人は2,3世紀の間に、しかもある地方などでは20-30年しか経っていないのに急速に健康が衰えてきている。退化が起っている地域では動物にもそれが見られる。衰退の一途をたどっている人間は自分自身を直すことはできないけれども、今や明らかになった先住民の知恵を活用することによって、進行しつつあるこの衰退に次の世代で歯止めをかけたり、その世代の置かれている状態を大きく改善したりすることはできる。長い人類の歴史の中で、この近代という短い時期ほど、歯や骨の恐ろしいまでの退化を人骨にとどめる時代は他にないであろう。大自然は、傲慢になった文明を排除し、より従順な原始的な文明を呼び戻すのだろうか。大自然の支配力に従った形で完全な再調整をするより他に、人類がとるべき道はないように思われる。」1)
 医学の発展により衛生環境は改善し、感染症への対策も進歩した。しかし、人間の身体は筋力を始めとして退化への道を辿っている。一方、肥大した脳は、感情をコントロールできず、精神疾患が増大していっている。この状況は、科学技術によって解決すべきものであろうか、また従来の伝統様式に学ぶべきものであろうか。いずれを取るにしても、「なんでも薬で解決する」ような技術論から脱却し、人間の本来持っている潜在能力を改めて見直し時期に来ていると考える。

Abstract

Japanese Traditional Herbal Medicines (Kampo) and Everyday Plants: Roots in Japanese Soil and Culture. vol.75;

Advances in medicine have improved sanitary conditions and made progress in preventing infectious diseases. However, the human body is on the path to degeneration, beginning with muscle strength. Meanwhile, enlarged brains make it difficult to control emotions, and mental illness is on the rise. Should this situation be solved by science and technology, or should we learn from traditional methods? Either way, I believe it is time to move away from the technological approach of "solving everything with medicine" and reexamine the innate potential of human beings.

参考文献

  1. W.A.Price,片山恒夫/恒志会 訳:食生活と身体の退化 先住民の伝統食と近代食 その身体の驚くべき影響,恒志会,2010
    (原本:Weston Price: Nutrition and physical degeneration, the Price-Pottenger Nutrition Foundation, 1939)
  2. Sir William Arbuthnot Lane: MAORI HISTORY; MAORI SYMBOLISM. Being an Account of the Origin, Migration and Culture of the New Zealand Maori as Recorded in Certain Sacred Legends. Report Made by Ettie A. Rout. From the Evidence of Hohepa Te Rutka. Prefuce. 322 pp. New York: Harcourt, Brace & Co., Inc.

    アレクシ・カレル著,桜沢如一訳:人間、この未知なるもの,岩波書店、1938年。
  3. 縄文時代の人々の寿命について
    https://www.city.chino.lg.jp/site/togariishi/jomonlifespan.html#:~:text=%E5%88%86%E6%9E%90%E3%81%AF%E3%80%81%E7%B8%84%E6%96%87%E6%99%82%E4%BB%A3%E5%89%8D%E6%9C%9F,%E3%81%A7%E6%AD%BB%E4%BA%A1%EF%BC%89%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82
    茅野市縄文尖石縄文博物館
  4. アーネスト シートン著, 近藤 千雄 訳:レッドマンのこころ: 動物記のシートンが集めた北米インディアンの魂の教え,北沢図書出版,1993
  5. https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/9285/
  6. アン・チャプマン 著,大川豪司 訳:ハイン 地の果ての祭典 南米フエゴ諸島先住民セルクナムの生と死,新評論,2017
  7. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%B3%E6%97%8F#:~:text=%E3%83%A4%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%B3%E6%97%8F%EF%BC%88%E3%83%A4%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%81%9E%E3%81%8F,%E3%81%99%E3%82%8B%E6%B0%91%E6%97%8F%E3%81%A8%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%80%82
  8. 冨原真弓:シモーヌ・ヴェイユ,岩波書店,2024
  9. https://blog-jp.learningcycle.co/2024/12/12/closing-the-health-gap-for-arctic-sami-people/
  10. Dryer T. F. :Dental caries in prehisutoric South Africans,Nature, 136:302, 1935
  11. Hooton E.A.: Apes, Men and Morons. New York Putnam, 1937

投稿者:田中耕一郎

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