-暑さで体を壊さないように-
2013年08月19日第五回・7月原稿・詳細偏
平成25年8月1日毎日新聞掲載
『オットー博士のなるほど!東洋医学』第五回
-暑さで体を壊さないように-
*本文は、より詳細によりわかりやすくするために、上記掲載文を加筆したものである。
猛暑到来。“夏月もっとも保養すべし”。有名な貝原益軒の『養生訓』の言葉である。夏は健康に最も注意が必要な季節というわけだ。①暑さ、②湿気による病気、更に③胃腸の病気が特に夏に多いとされるからだ(注)。そして、これらの治療方剤が考え出されてきた。
夏の語源は「アツ」だという。暑さの病気の代表と言えば熱中症。一見東洋医学の病名のようだが、熱にやられたのなら、中熱症としないと漢文の語法的にはおかしい。西洋医学者がつけた名称であろう。熱中とは本来夢中になる事である。
東洋医学では、中暑と呼ぶ。中とはダメージを与えるという意味。中毒や脳卒中の中である。つまり暑さに中(あた)る病気という訳だ。また暍(えつ)ともいう。暍とは太陽(日)の暑さのために、口渇が起こる病気という意味である。
熱中症の治療には白虎加人参湯という漢方薬がよく使われる。白虎とは秋をもたらす神の名である。この漢方薬には、鉱物の石膏が使用され重要な役割りをはたす。ギブスや石膏像でおなじみの白色の石膏で、体にこもった熱を冷ます働きがある。有名な詩人北原白秋の名前のように、白色は秋を象徴する色となる。白虎加人参湯は秋をイメージし象徴した薬なのである。
つまり暑さのために火照った体を、秋の涼しさのようにさわやかにする働きからの命名である。体の熱感やホテリ、発汗、口の渇き、頭痛といつた熱中症特有の症状が出現した時に使用される。これのみならず、ペットボトルなどに溶かして少しづつ飲用すると熱中症の予防にもなる。本年の猛暑で熱中症が多発しているという。漢方薬をうまく活用する事で、熱中症の発生は抑えられるだろう。
食中毒や食あたりによる下痢もまた夏に多い。東洋医学では、水分が下る所より、下痢は湿気のために起こると考えられている。夏は湿気が強い季節でもあり、外の湿気もまた体に影響を及ぼす。
下痢の治療には、五苓散(ごれいさん)がよく使用される。茯苓(ぶくりょう)、猪苓(ちょれい)など五つの生薬より構成される事から命名された。これらの薬で体の湿気を吸収して下痢を止めるのである。
五苓散は、『旅行用心集』という旅の心得を書き記した江戸時代の書物にも、持参すべき漢方薬として記載されている。五苓散は江戸時代の旅にもよく持参された代表的な下痢止だ。夏は水によくあたるから、五苓散とともに水を飲むとよいとも書かれている。おかしいと思ったら、事前に漢方薬を服用するのも、大切な心得である。
暑さのダメージが続けば、夏ばて、夏やせが起こってくる。体は熱を持ちほてり、ノドが乾き発汗し、胃腸は弱まり食欲不振や下痢となり、体は脱水となりやがて衰弱し痩せてくる。胃腸が弱い人や虚弱者はよりこの病気となりやすい。
東洋医学では、疰夏〈しゅか〉という。主とは本来ローソクの意味で、体が熱くなり汗がでてやせ衰えていく所がローソクのようだという連想からの名称であろう。疰夏とは、夏季の季節に特有の総合的な病気といえる。夏ばてのための専用方剤が、清暑益気湯だ。夏の暑さを、清水のように体をさわやかに冷やし、元気を付ける(益気)薬である。
人は自然の影響から逃れる事はできない。養生訓には、“内湿にやぶられ”、“(夏は)食物の消化する事おそし”とある。下痢や夏ばてなどは胃腸が弱い人やお年寄りに起こり易いのは容易に想像できる。病気の原因を人体側にも求めている所が東洋医学的考え方である。影響をどう受けるかは、体の状態にもよるわけだ。とすれば、自然を知り、己を知る事で、自然との共存をはかる。これが東洋医学の教える所であろう。体に働きかける漢方薬をうまく利用したいものだ。
もう一つ、現代特有の夏季の病気がある。クーラーによる冷えだ。体が夏向きになっているため、冷え性の人などは余計に冷え過ぎてしまうのだ。人を守るべき科学技術が、逆に人に被害を及ぼしている訳である。温経湯(うんけいとう)、当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)など体を温める漢方薬を使用する事で予防できる事も多い。「暑いときこそ温めよ」という訳で、まさに逆説的治療である。
(注)貝原益軒の『養生訓』巻六・慎病には以下のように書かれている。
“夏月、冷水を多くのみ、冷麺をしばしば食すれば、必ず内湿にやぶられ、痰瘧・泄痢をうれふ。つつしむべし”
“夏は発生の気、いよいよさかんにして、汗もれ、人の肌膚、大いに開き故、外邪入りやすし”
“(夏は)食物の消化する事おそし。多く飲食すべからず”
東邦大客員教授 三浦於菟
投稿者:三浦於菟
カテゴリー:東洋医学の話