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日本の土壌と文化へのルーツ⑦ 竜眼肉 荔枝(ライチ)

 

東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎

樹木とは?

生薬となる植物は、樹木になるものと、草のままのものがある。両者は潜在的にもっている力も目標も異なる。樹木には、建設的、計画的で長期的に自らを形作る力がある。

幹を硬化(収斂)させ、十分な滋養分を形態的な成長に充て、年々自身の形態を大きくしていく力があり、地上部に堅い支柱を持ち、季節変化を乗り切る力がある。

この背景には、十分な陽気、肥沃な土壌から、十分な津液(有効に利用できる水分)、滋養成分の蓄積をしていく必要がある。

今回は、樹木の中でも熱帯植物の果実の、特に温室では果実をつけようとしない竜眼肉、ライチという個性的な面々について述べてみたい。

“ドライフルーツ”の中の漢方薬

樹木をつける果実を乾燥した“ドライフルーツ”もまた、漢方薬として多く用いられている。代表的なものに竜眼(リュウガン)、荔枝(ライチ)のような熱帯植物、大棗(ナツメの果実)、枸杞(クコ)、山茱萸(サンシュユ)などがある。

樹木における果実とは、次世代を残すための生命(種子)と滋養成分(果肉)を濃縮したものである。東洋医学において、種子は生命たらしめる力を内在し、果肉は、身体の代謝活動を行う気・血を補う作用を有していると考えられてきた。種のことを、核、仁、子と、果肉は肉と呼ばれている。

生薬としての竜眼は、竜眼肉(リュウガンの果肉)を、荔枝(ライチ)は、果肉ではなく、荔枝の種子(荔枝核)を特定の目的のために敢えて用いている。

ムクロジ科 ~熱帯の高温多湿を好み、耐寒性に弱い~

竜眼肉、荔枝核(ライチの種子)は共にムクロジ科に属する。

ムクロジ科とは、主に熱帯に生息し、ブドウの房のように豊富な果実をつける樹木が多い。東南アジアを原産地とする竜眼、荔枝、ランブータンは、いずれも白色で、多汁質で、甘味の豊富な果実をつける。これらの果実は、東南アジアの国々では、フルーツとして日常的に食されている。

中南米を原産地とするムクロジ科に、ガラナ(ブラジル)、アキ—(ジャマイカ)、ピトンバ(ブラジル)、マモンジーニョ(コロンビア)などがある。ガラナはカフェイン、タンニンを多く含み、強壮作用として用いられている。ジャマイカでは、アキ—の果肉と塩漬けのタラを炒めたアキ—・アンド・アオウトフィッシュという国民食がある。アキ—はフツールのような甘味はないが、脂肪分を多く含む。ピトンバ、マモンジーニョは、共にブドウの房のような甘味と酸味を有した果実をつける。

これらの植物は、いずれも熱帯果樹であり、耐寒性が非常に弱い。そのため、温帯での栽培が難しい。

南国の漢方薬 ~竜眼肉、荔枝核~

竜眼、荔枝の樹木そのものは、都内の植物園の温室で普通に見ることができるのだが、温度を工夫しようとも開花、結実しない。この理由は明らかではない。

熱帯と温帯での異なる日照時間と、根を養う土壌の温度が温室では上がらないことが考えられている。竜眼、荔枝は非常に環境に対して繊細な植物であることがわかる。強い日差しと湿気、一年中安定した熱気が甘味の豊富な果実をつける力を蓄えるのに不可欠なのである。

九州の鹿児島県は、二本足のような二つの半島が南方へ向かい、その間が鹿児島湾で、その中に浮かぶ巨大な島が桜島である。二本足の半島の右足が薩摩半島、左足が大隅半島で、つま先に当たるのが九州最南端の佐多岬である。半島の南端はソテツの群生地があり、景色、体感温度、湿度ともすでに亜熱帯である。

また、沖縄の歌で有名なデイゴもよく見ることが出来る。東洋医学では、デイゴの樹皮を海桐皮(カイトウヒ)と呼び、手足のしびれ、関節痛、湿疹に用いている。熱帯樹木には、高温多湿の気候を生きているために、人体に用いると余分な湿気を取り除く作用があるのである。

鹿児島県の大隅半島の佐多岬に向かう途中に、佐多薬草園がある。ここは薩摩藩の薬草園であったところで、竜眼肉、荔枝核が開花、結実する日本での最北端である。

鹿児島から車で、佐多町に向かう。鹿児島湾を、桜島を内に見ながら、時計回りして、大隅半島に向かう。半島と桜島がつながっている近くの垂水から、根占にかけては枇杷の産地であり、至るところで溢れんばかりに売られている。人手が足りず、取り切れずに腐らせてしまう場合もあるようだ。枇杷もまた甘味のある果実である。この辺りでは枇杷の種子を焼酎につけて薬用酒として飲まれている。また、葉を枇杷茶として売り出している。東洋医学では、果実ではなく、枇杷の葉を、肺の炎症を取り除き(清熱)、咳嗽を止めるのによく用いている。葉は植物の呼吸器である。そのため、東洋医学では、葉は肺の疾患に用いられる時が多い。

南大隅町の佐多に入ると、案内板を注意深く見ていても、通り過ぎてしまうような交差点の端に樹木に囲まれた公園が小さく現れる。入口に石碑がなければ、何度も往復して探すことになるかもしれない。ここが佐多旧薬園である。

簡素な石碑と案内板に、竜眼、荔枝、マンゴー、オオバゴムノキなどの熱帯の樹木の位置と薬園の成り立ちが示されている。観光客はいないが、貴重な樹木群の宝庫である。こっそりと入り、カメラとスケッチブックをもって、じっくりと観察に入る。

竜眼の甘味と精神安定作用

竜眼は、もともとインド、マレーシアなどの原産であるが、台湾でも野生林があり、果実をつける。1687年に薩摩藩に献上された竜眼が植えられたのが、佐多旧薬園の始まりで、現在では30本以上を園内に見ることが出来る。その当時、竜眼は、琉球から、薩摩藩へと移入されたものと考えられている。竜眼を野外で、しかも7メートルにも生き生きと育ち、果実を、20粒ほどをブドウの房にして、たわわに実らした竜眼を見ることが出来るのは、日本ではここぐらいであろうか。

雨が降ってくると、初夏の湿気はさらに強くなり、霧のように樹木に囲まれた林下は湿気で満ち満ちる。

濡れるのも構わず、折り畳み傘片手に詳細を見て回ると、はがれやすい樹皮に苔がむしている。すると、その樹皮の間から気根が垂れ下がっているがわかる。気根とは、本来地中にある根が、空気中にむき出しになったものである。熱帯には湿が多い。土壌から水分を吸収するのもよいが、幹から、降る雨水や、空気中の湿気を直接吸収するのも効率が良い。また、幹も“多湿の空気水”につかっているようなものなので、気根のようなもので周囲の水を吸収しないと、幹が湿にやられてしまう。苔もまた樹皮の湿を取り去るのに一役かっているのである。

竜眼は桂圓とも呼ばれ、果実としても実に甘くおいしい。熱帯の陽光、水分、土壌の滋養成分に恵まれた環境の中にあってこそ、それらを蓄積して糖度の高い果実をつくる。この良質な糖質は非常に甘味が強く、東洋医学における血(滋養成分を含んだ液体成分)を特に心にもたらし、意識、感情を安定させる(安神)ために用いられてきた。

荔枝 ~楊貴妃と薬効~

6月では荔枝が開花後、まだ青く小さいが果実をつけ始めている。果皮はまだ凹凸はあるものの豆状の果実が左右対称に並んでおり、成熟して赤くごつごつとした球状になるのはまだ先の事である。

若く赤い茎が樹木より勢いよく分かれ、左右対称に青々とした葉をつけている。茎が赤いのはまだ成長の途上にあるためである。

中国の中原でも、歴史上、竜眼、荔枝の栽培が試みられたが失敗に終わっている。荔枝は、唐代の楊貴妃が非常に好んだ果実で、以下のような詩が創られている。

唐 杜牧
過華清宮絶句
長安回望繍成堆,
山頂千門次第開。
一騎紅塵妃子笑,
無人知是茘枝來。
試訳
 長安の方をふり返って眺めると、錦を刺繍したように美しい山並みの起伏がうずたかくつもり重なっている。
 山頂の幾重にも奥深く重ねられている門が次つぎと開かれていく
 一騎の馬が赤い土煙(浮き世の埃)を巻き上げながらやってくるのを、妃(きさき)は笑顔で(迎える)
 誰も知らないだろうが(実は、楊貴妃の好物である)茘枝が届いたのだ。

唐の玄宋皇帝がその妃、楊貴妃の機嫌をとり結ぶために、長安から嶺南までの数千百里を8日8晩でレイシを伝送し、そのために多くの人馬が犠牲になった。樹上になっているときは果皮が鮮赤色をしているが、収穫して1日もすれば色があせてきて茶色になってしまう。それほど、当時レイシは非常に鮮度保持が難しい果樹であった。

東洋医学では、気というエネルギーが、外は、体表部を覆って身体を守り、内ではあらゆる代謝活動の根源となっていると考えている。その気の流れは、感情、食事、環境変化により滞る。茘枝は、気の巡りを整える(理気)作用を有する。茘枝の果肉を使用すると血(滋養成分を含んだ液体成分)を養うが、茘枝核(種子)が用いられる。茘枝核は、乳房、睾丸など生殖、性に関係する部分によく働く。そのため、乳腺炎、睾丸炎の特効薬である。楊貴妃は美味を楽しむだけではなく、意識していなかったかもしれないが、自身の健康のためにも用いていたのかもしれない。

結語

竜眼、荔枝の栽培は、日本では薩摩藩で試み、成功している。このように非常な貴重な薬草園なのだが、役所にいってもほとんど資料はなく、見過ごされているのは非常に残念に思った。薩摩の時代も、今のように簡素な公園のようなものだったであろうか。

佐多岬まで足を延ばすと、車内から降り立った途端、亜熱帯の湿気が皮膚に感じられる。 竜眼、荔枝は、この強い陽光、水分、土壌の滋養成分に恵まれた環境の中にあってのみ、それらを蓄積して糖度の高い果実をつくる。東洋医学における血(滋養成分を含んだ液体成分)を特に心にもたらし、意識、感情を安定させる(安神)。これらは熱帯の自然からの恵みである。茘枝は、また、気の巡りを整える(理気)作用も有する。茘枝の果肉を使用すると血を養うが、漢方薬としては、茘枝核(種子)がよく用いられる。茘枝核は、乳房、睾丸など生殖、性に関係する部分によく働き、女性の美しさを守るためにも非常に大切な漢方薬であり続けてきたのである。

参考文献

1)田中耕一郎、三浦於菟:植物分類学より見た、生薬についての考察~ムクロジ科・樹木にいる養心安神作用、東静漢方研究室,35-5:24-29,2012.09

Abstract

Japanese Traditional Herbal Medicines (Kampo) and Everyday Plants: Roots in Japanese Soil and Culture. vol.7;

Koichiro Tanaka, Toho University School of Medicine, department of Traditional Medicine
2014

Clinical & Functional Nutriology 2014; ()
[200 words/ Word limits: 200 words]

In traditional Eastern medicine (Kampo), tree fruits are life and nutrition concentrate produced from natural nutrients trees absorb and store. Tropical rich nature endows tropical fruits with the exotic sweet flavors.

Longan (Dimocarpus longan) and litchi (Litchi chinensis), tropical fruits, grow also in Japanese subtropical areas. Only under purely natural conditions: intense heat and humidity and fertile soil, can longan and litchi trees fruit. Longan’s rich sweetness guides the flow of blood, simply a nutrient fluid in Kampo practice, to the mind to sooth the aggravated nerves and emotions.

Litchi, which enthralled Yang Guifei, a Chinese legendary beauty, with its luscious sweetness, regulates Qi flow. Qi, vital energy, externally covers and protects our body from “evil” environmental stimuli, and internally, is a source of physical and psychological activity. The flesh nourishes blood, but more frequently used as a Kampo medicine is the seed (Lizhihe). Lizhihe acts on sexual and reproductive organs, including breast and testicles, and preserves feminine beauty from within.

In a Japanese region where these fruits grow, tropical plants flourishes and warm humid air strokes the skin. Longan and litchi are gifts from the nature to savor the fragrant sweet flavors and our beautiful healthy life.