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日本の土壌と文化へのルーツ⑩ 植物分類学と東洋医学
東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎
現代の植物分類学と東洋医学
植物分類学は肉眼的な形態分類法に始まり、現在ではゲノム解析を基にした分類法で再編成がなされている。一方、東洋医学の生薬は効能により分類されている。お互いの分類法に相関関係はあるのであろうか?
形態やゲノムによる分類法は、ある特徴をもった類縁種を集めたもので、各分類が個性を有している。その各集団のもつ個性は、薬効と非常に深い関係がある。また、伝統医学の世界では、各植物がもつ、香、色、形態などが、薬効に関係していると考えられており、その特徴をもとに植物を探索し、分類していった。東洋医学の生薬は効能分類ではあるが、その多くは各植物のもつ香、色、形態などを基にしている。そのため、東洋医学の生薬分類を理解した上で、現代の植物分類学を学ぶと、地球上の植物が、全体の中でどのように、位置づけられてきたかが、薬効面から眺めることが出来るのである。
シソ科

東洋に限らず、西洋で伝統的にハーブなどでも使用されてきた植物群である。シソ科の植物は清涼な香りを有し、香りの多くは葉の裏に含まれている。
植物の香りは、人間の目には近く出来ないが、大気中に淡く広がり、嗅覚では感知する事が出来る。東洋医学では、眼に見えないが身体の代謝を支えている生命力を“気”と呼んでいる。植物の香りは植物の気の一つである。

東洋医学ではシソ科の多くは、解表、去風湿、理気、活血という薬効群に分類されている。多様な薬効の様に見えるが、共通点がある。それは身体の“気”と“血”の動きを鼓舞して円滑に巡らせることである。解表薬は、発汗作用を有し、主に感冒治療に用いられている。感冒の症状の中に、背部のぞくぞくするような悪寒、筋緊張がある。解表薬は、体表部の“気”の流れを強めて発汗させる。適度な発汗が、感冒時の悪寒、筋緊張を改善し、感冒の治療につながることが2000年前には知られていた。解表薬は単なる対症療法薬ではなく、実際に抗ウィルス作用を有しているものも多い。東洋医学ではウィルスの除去よりも、身体の反応性を緩和することで治療につなげていった。去風湿とは、手足の筋の“気”の流れを強めて痛みを取る生薬群で、関節痛、痺れ、脱力などに用いられてきた。
シソ科の形態は直立な支柱に規則正しく、四方向に葉を出す。形態的に秩序立った植物である。理気という薬効は、身体内のエネルギーの流れを停滞されることなく、円滑に巡らせることをいう。理とは、あるべき姿に秩序つける、交通整理の理である。身体内の気が滞ることを気滞という。胸、腹部の痞えや張り感、嘔気のような身体症状や表出しきれない亢進した怒りや鬱した感情が生じやすくなる。
東洋医学では、“気”以外に“血”という重要な概念がある。眼に見えないが身体の代謝を支えている生命力を“気”とすると、身体の代謝を支えている滋養成分を“血”という。血とは血液に象徴されるが、より広い概念である。血中を流れる栄養素や、ホルモンなどの内分泌代謝に関係する因子も含めていると考えられる。シソ科は末梢循環を改善させる活血という働きをもつものがある。
シソ科は清涼な香りを有し、身体の“気”と“血”の動きを鼓舞して円滑に巡らせる植物群である。
セリ科

セリ科もシソ科と同様に芳香を有する植物群である。植物の地上部もよく香るが、東洋医学では、セリ科でも根にまで芳香があるものを選んで使用している。セリ科も身体の“気”と“血”の動きを鼓舞して円滑に巡らせる力を有しており、シソ科と併せて用いられることが多い。理気、活血と呼ばれる薬効群に分類されている。

芳香療法は東アジアでは貴族中心の媚薬として発展したが、医療の分野では生薬中の芳香を薬効の一つとして注目しており、シソ科、セリ科を使用する時は、煎じずに、粉末にして内服する方法もとられていた。当帰芍薬散の散とは、粉末という意味である。
東洋医学における“血”とは、血中を流れる栄養素や、ホルモンなどの内分泌代謝に関係する因子も含めていると考えられ、月経、排卵、出産、更年期の諸症状を調整する生薬がある。その代表は、非常に甘い芳香を有するセリ科の当帰、川キュウである。詳細な作用機序は研究途上であるが、エストロゲンに作用するようである。
マメ科
マメ科の植物は、他の植物にない補給路を有し、貧しい土地にも積極的に参入し、土壌を肥沃にしていく力がある。それは大気中の窒素を用いてタンパク質を合成出来ることにある。大気中に最も多く含まれる窒素を人は利用する事が出来ない。マメ科植物の根には、根粒菌が共生し、窒素を合成する。植物は菌に酸素を供給することで互いに利点がある。
黄耆(オウギ)、甘草(カンゾウ)、葛根(クズ)は栄養面を後ろ盾に脅威的な成長力を有する。黄耆(オウギ)、甘草(カンゾウ)は、補気薬に属する。補気とは身体の“気”を補い、増加させる作用をいう。倦怠感、疲労に伴う諸症状によく用いられる。
黄耆(オウギ)は、黄土高原や砂漠に近い土地に生育し、土壌を肥沃にしながら、辺り一面を草原にしてしまう。この成長力が“補気”作用の源泉である。朝鮮人参とともに、代表的な“補気”薬であるが、アストラガルスという名でサプリメントとしても世界的に販売されるようになってきている。貴重な薬用資源であり、身体の状態に応じて適切に用いられる必要がある。
マメ科は夜間に葉を折りたたむという就眠運動や、赤血球凝集素を有し、より動物に近い植物である。マメ科植物には、動物の血液によく作用する生薬群もある。槐花(カイカ:エンジュの花・花蕾)、槐角(カイカク:エンジュの成熟果実)は止血薬であり、蘇木(ソボク:赤色の染料)、皂角(サイカチの種子)は活血薬(末梢循環改善)である。
キク科
キク科の植物は生殖方法を効率化した植物群である。数十個の花の一つ一つの形態を単純化、縮小化し、一箇所に集中させる。菊の一つに見える花は、数十個の花の集合体であり、美しい花を咲かせることで、幅広い昆虫を受け入れ、同時に数十個の授粉が行われる。また開花の時期も長く、他の科の追随を許さない繁栄の力となっている。適応力にも長けて、熱帯以外のあらゆる環境に適応して生きていくことが出来る。この適応性を利用して、身体の環境調整に多岐に用いられている。東洋医学では、体内の余分な水分(湿)や未消化物を処理したり、熱邪とされる代謝亢進、炎症状態を鎮静するものがある。
薊(アザミ)の類は止血剤として用いられている。
ユリ科
根茎という茎・葉が肥大して根のようになったものを用いる。玉ねぎやユリ根は根茎を食している。根茎の“芯”の部分は、もともとは茎であり、芯の周りに層をなして包み込んでいる鱗状の片は、滋養分を含んだもともと葉であった部分である。葉は植物の呼吸器である。そのため、伝統的に植物の葉を敢えて用いる時は、肺に作用させたいときである。“滋養分を含んだ葉”を含む百合の根茎は、非常に発達しており、肺を滋潤する作用がある。東洋医学では“肺の渇いた”状態、乾性咳嗽によく用いられる。
他のユリ科の麦門冬(ジャノヒゲの肥大根)、天門冬も、肺を潤す薬の代表であり、ユリ科はこの種の薬効を持つものが多い。
ウリ科
ウリ科の津液を豊富に含んだ果実は、“瓜”たる所以の特徴である。特に夏に収穫される苦瓜(ゴーヤ)、冬瓜、西瓜、絲瓜絡、甜瓜、胡瓜(キュウリ)の果実は清熱作用と水分を補う作用を合わせもつために、清暑(熱疲労や暑気あたりの防止)の作用を有する。特に西瓜は食材としても夏の健康を守る力があるが、生薬で使用する時は西瓜の皮を使う。
東洋医学では種子は、(トウガンの種)を局所化膿性炎症に用いている。冬瓜子は、排膿作用、滋潤作用(新しい皮膚再生のための環境作り)の二面性を有している。
バラ科
東洋医学でいう“血”に働くものが多い。いわゆるバラの花のイメージに近いものは、ハマナスの変異種である玫塊花(マイカイカ)である。バラの花は芳香、精油が多く含まれ、身体の“気”と“血”の巡りを円滑にする力を有する。“気”と“血”の巡りは感情と非常に密接な関係がある。気”と“血”の巡りが滞ると、身体症状では、胸、腹部の痞えや張り感、嘔気、精神症状としては亢進した怒りや鬱した感情が生じやすい。玫塊花(マイカイカ)は身体、精神症状のいずれも使用する事が出来る。
バラ科の植物は豊富な果実を付ける。中でも多汁質の桃、枇杷、杏、サクランボ(桜桃)、林檎などは食用にも用いられ、身体の滋養成分を補う。特に肺と“腎”の機能を高める作用がある。東洋医学の“腎”とは、尿をつくり水分代謝を調整するだけでなく、神経内分泌、生殖発達機能に大きく関わる。解剖学的には腎臓、副腎、生殖器系統を広く含む概念である。そのため、東洋医学で、“腎”とは、アンチエイジングの臓と考えられている。
ショウガ科
もともと熱帯を原産地とし、温暖湿潤な気候に適応している。陽気を一身に受けて濃縮し、辛味を有する。辛味は人体の熱を高める作用がある。そのため、身体が冷えを自覚したり、代謝が低下しているような状態に用いる。生姜の身体を温める力は、体表部に働けば、発汗し、悪寒を取る感冒治療薬となり、消化器系統に働けば、消化力を高め、胃腸を整える生薬となる。また、ショウガ科植物は、身体の湿気を取り除く力がある。
ショウガ科以外でも、多くの熱帯のスパイス群は、身体を温め、代謝を高めるために、東洋医学では、使用されている。
キンポウゲ科
キンポウゲ科には、東洋医学でも用いられる植物や、その類縁が含まれている。白頭翁(ヒロハオキナグサ)に類縁にあたるのが、西洋ではセイヨウオキナグサで、升麻(サラシナショウマ)はブラックコホッシュ、附子(ヤマトリカブト、カラトリカブト)は、ヨウシュトリカブトが用いられている。類縁とはいえ、東西で、期待される薬効や使用方法は異なる。
セイヨウオキナグサは生殖器疾患に用いられていたが、現在では眼病(特に白内障、緑内障)の内服に用いられている。ブラックコホッシュはエストロゲン受容体に作用するとされ、月経前症候群、月経困難症、更年期症状などに用いられる。ヨウシュトリカブトは鎮痛剤として、神経痛(三叉神経痛、肋間神経痛)に用いられる。2)
キンポウゲ科には強心作用を有するものが多く、毒性と表裏一体である。クリスマスローズの根茎は、ジギタリス類似の強心配糖体を有し、附子(トリカブト)、フクジュソウについても同様である。
結語
参考文献
2)Volker Fintelmenn, Rudolf Fritz Weiss,三浦於菟,林真一郎,ケニークフタ,田中耕一郎(分担)ドイツ植物療法,362-407. 産調出版,東京 2012
Abstract
Japanese Traditional Herbal Medicines (Kampo) and Everyday Plants: Roots in Japanese Soil and Culture. vol;
Koichiro Tanaka, Toho University School of Medicine, department of Traditional Medicine 2014
Clinical & Functional Nutriology 2014; ()
Traditional Eastern Medicine (Kampo) practice has classified herbal medicines by their remedial effects. Current plant taxonomy, in contrast, classifies plants by form and genome which are, nevertheless, closely connected with the therapeutic effects in Kampo practice.
Lamiaceae, Umbelliferae, and Rosaceae, for example, share a common feature: scent, the plant’s Qi, a vital energy. In Kampo, these families also share remedial effects to invigorate the flow and circulation of our blood and Qi. Leguminosae is characterized by a unique nutrition supply route and boosts and supplies Qi. Asteraceae or Compositae is highly adaptable to the natural environment and coordinates with our internal environment. Liliaceae with highly developed rhizome of outer layers originally of leaves, a plant’s respiratory system, moistens our lungs. Abundant body fluids in the Cucurbitaceae fruit clears heat and supplies water. Zingiberaceae’s pungent flavor, endowed by the warmth of the sun, renders a warming effect.
Remedial effects and biological features are inseparably bound. Although branching into their own directions, both Kampo and taxonomy share their roots of classification by plant’s characteristics. Cultivating a better understanding of both classifications may provide a bird’s view of the plants in terms of therapeutic effects.
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